Kazuki Okamoto/Fergus マドリード市内から南西へ約11キロ。レンフェ(国鉄)ローカル線で20分ほどの距離にあるベッドタウン、レガネス。
かつて、レアル・マドリードのラ・ファブリカ(下部組織)で「ピピ」の愛称で親しまれ、その将来を嘱望された中井卓大は今、この街のクラブ、CDレガネスのBチーム(スペイン5部)で新たな戦いに挑んでいる。
9月中旬、レガネスBのホームゲーム取材に行ってきた。市内から少し離れた場所にあるトレーニング・センター内のミニスタジアムにて、トップチーム昇格を目指す若者たちがしのぎを削る戦いに挑んでいた。
21歳になった中井卓大は、スペイン5部のピッチに立っていた。
取材・文=小澤一郎
写真=Kazuki Okamoto/Fergus
泥臭く、逞しく。今の「中井卓大」
この日、レガネスBは開幕3戦目で待望の初勝利を挙げた。中井は先発出場を果たしたものの、前半のうちにイエローカードを提示された影響もあり、ハーフタイムでベンチへと退いた。前半で退くほど悪いプレーパフォーマンスではなかったが、イエローカードを受けた後も不用意なファールを犯すシーンがあり、監督の判断は妥当と言わざるを得ない。
また、中盤で推進力を出してダイナミックにボールを持ち運ぶシーンもあるにはあったが、逆に判断ミスから不用意にボールを失うシーンもあり、まだ心身両面でのコンディションが万全とは言い難いプレーぶりだった。試合後、取材に応じてくれた中井は、チームの勝利を素直に喜びつつも、自身のプレーについては冷静に振り返った。
「今日は初勝利で嬉しいという気持ちはあります。個人的には前半にイエローをもらって交代しましたが、チームの勝利は嬉しいです。後半、相手が1人少なくなったこともあり、チームとしては良かったと思います」
以前よりも一回り、いや二回りほど体が大きくなったように見える。その変化を問うと、中井は充実した表情でこう答えた。
「この夏でだいぶ体がごつくなりましたね。トレーニングの方法も変えましたし、膝の怪我もありましたが、今は全く問題なく、痛みなくプレーできています」
かつての線の細いテクニシャンというイメージは、もう過去のものだ。スペインの屈強な男たちと渡り合うための鎧を、彼は着実に身に纏っている。昨シーズン抱えていたひざの不安も解消され、コンディションは「上がってきている」と語るその口調からは、フィジカル面での手応えがはっきりと感じられた。
「8番」への回帰と、数字へのこだわり
今シーズン、中井に求められている役割は明確だ。昨シーズン、ローン先のアモレビエタなどでプレーした際は、中盤の底である「アンカー」や守備的なタスクを任されることが多かった。しかし、レガネスBでは違う。
「ダブルボランチでゲームを作ることを求められていますけど、今日は相手のプレッシャーもそこまで高くなかったので、もうちょっと高い位置、アシストやゴールを狙える位置でプレーしようと思っていました」
彼が口にしたのは、かつてレアル・マドリードのカンテラ(下部組織)で長く主戦場としていた「8番」のポジション、すなわちインサイドハーフとしての攻撃的な役割への回帰だ。守備に奔走するのではなく、ボールを持ち、前を向き、決定的な仕事をする。それが本来の中井卓大の輝きであり、彼自身もそこを強く意識している。
「去年はアンカーでプレーしていましたが、今シーズンは8番、レアルでずっとやっていたポジションに戻ったので。そういう面では、アシスト、シュート、ゴールを決めるというのは、今シーズンの目標ではあります」
10月には22歳となり、日本で言えば大学4年生、大学卒業を間近に控えた年齢だ。スペインでも22歳という年齢は若くない。中井は自らに「数字」というシビアな課題を課している。「動きが良かった」「惜しいチャンスがあった」だけでは評価されない世界であることを、誰よりも理解している。
葛藤の末の選択。「これも一つのチャンス」
レアル・マドリードという世界最高のクラブの下部組織で育った経歴は、時に重圧となり、時に周囲の目をおろそかにさせるかもしれない。しかし、中井は自身の現状を極めて客観的に、そして厳しく見つめている。
「まだ自分が描いている像には、全然たどり着けていません」
そう語る表情には、隠しきれない悔しさと、現状を打破しようとする強い意志が滲んでいた。今夏の移籍市場、彼にはスペイン国内外のクラブに移籍する複数の選択肢があったという。しかし、様々な事情や巡り合わせの中で、レガネスBという場所に行き着いた。
「今回の移籍も、他のオプションもあったんですけど……。色々あってレガネスに来ないといけない形になった。でも、これも一つのチャンスやと思って。トップチームでデビューできる、試合に出れるチャンスを待って、今シーズン頑張っていきたいなと思っています」
トップチームは現在、ラ・リーガ2部に所属している。Bチームで圧倒的な結果を残せば、トップチームへの招集、そしてプロリーグデビューへの道は確実に開かれている。
「来ないといけない形になった」という言葉の裏には、理想通りには進まないキャリアへの葛藤があったかもしれない。だが、彼はすぐに「チャンス」という言葉でそれを上書きした。置かれた場所で咲くのではなく、置かれた場所から這い上がる。そのハングリー精神こそが、今の彼を支えている。
揺るがない夢。チャンピオンズリーグ、そしてW杯へ
インタビューの最後、改めて「プレイヤーとしての夢」を尋ねると、中井は迷うことなく、少年の頃から変わらない目標を口にした。
「もう昔から変わらないんですけど、どこのチームに行ってもやることは一緒です。一つの目標はやっぱり、チャンピオンズリーグに出ること。もちろんワールドカップに日本代表として出るのも一つの目標です」
そして、こう付け加えた。
「一番の目標は、本当にチャンピオンズリーグに出て、MOM(マン・オブ・ザ・マッチ)を取ることが、僕の一つの目標、夢なので。そこに行けるように頑張っていきたいです」
スペインの3部、4部のリーグで揉まれ、怪我に苦しみ、今季は5部へと辿り着いた。理想と現実のギャップに悩みながらも、彼の視線は決して足元だけを見ているわけではない。その瞳は、はるか先の欧州最高峰の舞台を見据えている。
「サッカー選手でやっている限り、そのチャンスっていうのはあると思う」
インタビュアーの言葉に頷いたその横顔は、かつてのあどけない少年のものではなく、一人の逞しいプロフットボーラーの顔だった。マドリードの片隅で、泥にまみれながら再起を誓う中井卓大。遠回りに見えるこの道が、いつか「ベルナベウ」や「チャンピオンズリーグ」へと続く最短ルートだったと証明される日が来ることを願ってやまない。
かつての神童は今、大人の選手へと脱皮し、本当の意味での「飛躍」の時を静かに、しかし力強く待っている。
【動画レポート】レガネスBで奮闘中の中井卓大を直撃取材!