
対照的な子どもたち
電車内で見かけた母娘の光景を話してくれたのはアリサさん(35歳)だ。「つい先日、昼間のあまり混んでない電車内で、二組の親子連れを見かけたんです。どちらも小学校低学年の女の子とお母さん。私の斜め前方に座っていた母娘は、母親が娘にスマホを見せながらいろいろ話していました。どうやら親戚の集まりで撮った写真らしく、娘は『○○おばちゃんのいとこって何?』と親戚関係を勉強している様子でした。子どもにはなかなか関係性が分からないですもんね。そのうち二人は、別の写真を見ながらクスクス笑ったり『ママはすぐそういうこと言うんだから』と娘に諭されたり、見ていてもとても楽しそうで、こちらもほんわかしました」
一方、アリサさんの目の前に座っていた、同世代の母娘は、母がずっと厳しい顔をしてテキストを見ていた。そのうち娘に耳打ち。娘は少し考えてから答えを言う。すると母は首を横に振って「よく考えて」とクールに一言。
電車内で真剣に勉強する様子に
「どうやら口頭でテストをしていたようです。母も娘も真っすぐ前を向いたままで、娘はめがねをかけ、にこりともしない。母は短い言葉で『違う』『前にも似たような問題、やったでしょ』『まだ分からないの』と冷たい口調でした。電車内でもあんな真剣に勉強しなければいけないのは、なんだかかわいそうでしたね。それぞれの家庭の事情があるだろうから、軽々しくは言えないけど、それでもやっぱり小学校低学年の子が電車内で母親から厳しくテストをされている光景は、あまり楽しいものではなかった」アリサさんがその年齢のころは、母と出掛けるのが楽しくて、電車内ではずっと学校の話などを母にしていた記憶があるという。彼女の母はふだん仕事をしていて忙しかったから、二人きりで電車に乗って出掛けることは少なかった。だからこそ楽しかったのかもしれないが、今でも大事な思い出になっているという。
塾に行く子ども
「私が見たのは、おそらく塾に行くんでしょう。電車の中で大きめのリュックをしょった子とお母さん。お母さんがお弁当箱を開けて子どもに渡し、子どもは一心不乱に食べていました。休日の午後だったから、どこか地方から塾のために東京に来ている親子かもしれません」サクラさん(34歳)は、そう説明する。都内の地下鉄内は休日とはいえ、空いているわけではなかった。仕事にレジャーにと移動する人々で、つり革が半分は埋まっている感じだったという。
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それは午後のそこそこ混んでいる電車内では、あまり愉快な香りではなかった。そこここで「なんか匂わない?」という声が行き交っていた。
電車内に漂う「弁当のにおい」
「座ってお弁当を食べている子どもが見えない人たちもいるから、電車に乗ってくるなり『なにこのにおい』という声も聞こえました。でもお母さんには届いてないんでしょうね。せっせと子どもに食べさせながら、『早くして。降りる駅が近いから』と急かしていました。昼食なのか早すぎる夕食なのか分かりませんが、電車の中でせわしなく食べているのがなんだか不憫でしたね」いろいろ事情があるのだろうが、子どもにとって大事な食事をそういう形でしかとらせることしかできないのはやはり少し気の毒だ。
「知人に聞いたら、やはり都心の塾に通わせるために土日はお弁当持参で、母子で上京しているそうです。外食よりはお弁当がいいだろうと手作りするけど、食べさせる場所も時間もない。だから電車の中か、多少時間があれば駅のホームのベンチで食べさせるそうです。中学受験をさせるためには小学校低学年の今からがんばらないと、ということでしたね」
子どもが自ら望んだことなら仕方がないが、電車内の「弁当のにおい」についてはやはり不快に感じる人も多いのではないだろうか。
(文:亀山 早苗(フリーライター))
