
スーパーで日常的に購入する家庭用料理酒。そのトップクラスのシェアを誇るメーカーが、キング醸造(兵庫県稲美町)という会社であることはあまり知られていない。そして、同社が肝いりで送り出した女性向けリキュール「女王様のお気に入り」が、わずか1年で販売終了に追い込まれた“大失敗”は、さらに知られていないだろう。
【画像】今では買えない「女王様のお気に入りシリーズ」商品写真(4枚)
「買ってくれるお客さまを見ていませんでした」。同商品の開発に携わった、キング醸造マーケティング本部の竹山慎一郎氏はこう振り返る。2011年にマーケティング本部が設された当初は、専門的な知識もないまま、新商品開発を手探りで進めていたのだ。
だが今、同社はフルーツリキュール「シャインマスカットのお酒」で大ヒットを飛ばしている。どのような試行錯誤の末に、人気ブランドの確立までこぎつけたのか。そこには手痛い失敗から得た「顧客視点」があった。
●老舗料理酒メーカーの挑戦
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キング醸造は「日の出みりん」というブランドを展開する、基礎調味料を主力としてきた老舗メーカーだ。その同社が酒類市場に本格的に進出した背景には、小売市場の大きな変化があった。
昭和後期から平成にかけて、酒の販売チャネルが酒屋からスーパーへと大きく移行する。キング醸造は既にスーパーへの販売ルートを持っていたため、その強みを生かして、平成初期に紙パックの経済酒(低価格帯の日本酒)に参入し、一定の成功を収めた。スーパーで酒を買う主婦層が重要視する「価格」や「重さ」を意識した商品展開が功を奏した結果だ。
この酒類事業をさらに拡大するため、同社は次の注力分野にリキュールを選んだ。リキュールは日本酒で獲得した売り場の近くで展開でき、充填設備などは既存の設備が使えるなど、短期間で商品化できる点が大きな魅力だったからだ。発酵などが不要で製造スパンが短いことも、トライアルアンドエラーを素早く回せる利点があった。
こうしてリキュール商品である「ゆず酒」「梅酒」などを投入していき、これらの商品も徐々に人気を獲得していった。そして迎えた2011年ごろ、同社の社長交代を機に、トップダウン型の経営からボトムアップ型へ転換することになる。
社内の新商品開発体制を強化すべく、マーケティング部署が新設されることになった。このとき、竹山氏が総務からマーケティング本部のマネジャーに抜てきされたというわけだ。
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●「女王様のお気に入り」、まさかの大失敗
マーケティング本部の新設に当たり、竹山氏らは外部から招いたスペシャリストの指導の下、新商品開発に本腰を入れる。ユーザー調査も検討したが「早く商品を出さなければ」というプレッシャーが強かった。そこで「自分たちもユーザーの一人である」として、開発メンバーに多かった女性の意見を基に商品開発が進められた。
こうして生まれたのが、カップ入りリキュール「女王様のお気に入り」(2013年発売)である。自社の社名に由来する遊び心を持たせたネーミングや、銀色が主流だったキャップをカラーキャップにするなど、女性の目に留まるような挑戦的なパッケージで売り場に投入した。
しかし、結果は惨たんたるものだった。「全く売れませんでした」と竹山氏が苦笑するように、発売後たった1年で終売となってしまった。販売実績は、従来品の「ゆず酒」「梅酒」を合わせた6割程度にとどまり、撤退を躊躇(ちゅうちょ)している状況ではなかった。
竹山氏は、売れなかった理由を多角的に分析し、次のような悪循環があったことに気付く。
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1つ目は、売り場のミスマッチだ。「女王様のお気に入り」は常温売り場に置かれていたが、この売り場は女性があまり足を踏み入れない場所だった。
2つ目は、従来品として一定の人気があった「ゆず酒」「梅酒」を売り場から下げ、「女王様」に完全に切り替えたことだ。
「女王様のお気に入り」が女性向けを前面に押し出したパッケージであるため、これまで従来品を購入していた既存の男性客が置き去りになり、客離れを招いてしまったのである。「新商品の発売なんだから、従来品から少しずつ切り替えるのではなく大々的に売り場に並べるべきだろう」という社内の声に押された結果である。
竹山氏は「お客さまがどういう気持ちで商品を発見し、購入するのか、考えられていませんでした」と振り返る。
パッケージへのこだわりが誤った方向に向き、社内から飛んでくるさまざまな意見に流され、会社本位のエゴを優先した商品開発になってしまった。これが最大の敗因だと竹山氏は振り返る。
しかし、キング醸造には「失敗をさせてくれる会社」という土壌があるという。竹山氏らは「だめだったらすぐにやめて次へ」を徹底するチャレンジ文化の下、方針転換を図った。
●起死回生の一打となった「清見みかん酒」
「女王様」の失敗から挽回するため、竹山氏は季節限定商品を年2回のペースで投入していく方針に切り替えた。実は、「女王様」の味自体の評判は上々だった。この評判に自信をつけたこともあり、価格よりも品質で選んでもらうための商品開発を続けたかったのだ。
高価格への納得感をもたせるため、年2回のペースで限定商品を展開し、顧客の反応を見ていくことにした。
このトライアルを続けた結果、最も顧客の反応が良かったのが「清見みかん酒」だ。秋冬限定で発売したところ、女王様シリーズの年間売り上げの2倍を記録するヒット商品となった。当時、売れ残っていた「女王様」に使うはずだったオレンジ色のキャップを流用できたという裏話もある。
さらに、同商品について「みかんないの?」「もっと大きな容量が欲しい」という顧客の声が多数寄せられる。この要望に応え、180ミリリットルから900ミリリットルに大容量化を決断する。
この大容量化とレギュラー販売によって、清見みかん酒は従来の年間売り上げの3倍を実現し、同社のリキュール事業におけるターニングポイントとなった。
●驚異の264%伸長! 大ヒットした「シャインマスカットのお酒」
清見みかん酒の成功を足掛かりに、キング醸造はブランドを再構築する。リキュール商品のブランド名として、「HiNODE」を立ち上げ、プレミアム路線への転換を明確に打ち出した。
そして2023年、梅酒やゆず酒が中心だったリキュール売り場に「シャインマスカットのお酒」を投入したところ、決定的なヒットとなった。「シャインマスカットは高くて買えないが、お酒なら買える」というプチぜいたくのニーズを捉え、発売初年度の販売数は計画比264%、2年目は前年の販売実績からさらに231%を記録した。
品質面へのこだわりも継続している。長野県産シャインマスカットを100%使用し、産地を限定。有名ブランド果実にこだわり、品質を高めたことで、選ばれるブランドに育っていった。これは生産ロット規模の大きい大手では難しい、小規模ならではの強みだという。
キング醸造は、今後もリキュール事業で新たなトライアルを続けていく方針だ。1つは「食中酒」だ。フルーツリキュールで獲得した女性客に対し、甘くない酒である「サワーの素」シリーズで、食中酒としてのリキュールの可能性を拡大している。
2つ目は海外市場だ。韓国、台湾などアジア圏内への海外展開も積極的に進めており、サワーの素については既に、韓国で日本国内を上回る販売量を達成しているという。
「女王様」の失敗を分析し、顧客視点での商品開発を続けるキング醸造。今後の商品にも注目したい。
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