ファイターズファンはなぜこんなに熱狂する? その裏にある“緻密なデータ戦略”

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2025年12月04日 17:11  ITmedia ビジネスオンライン

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ファイターズ スポーツ&エンターテイメント コンシューマー統括部 マーケティング部 部長の田邊朋哉氏(提供:Braze)

 2023年3月に誕生した、「北海道ボールパークFビレッジ」(以下、Fビレッジ)。約32ヘクタールの敷地に、プロ野球、北海道日本ハムファイターズ(以下、ファイターズ)の新しい本拠地である「エスコンフィールドHOKKAIDO」を中心に、子どもの遊び場やキャンプ場にドッグラン、天然温泉・サウナやレストランなど、多種多様な商業・エンターテインメント施設が立ち並ぶ。野球ファンのみならず、誰もが一日中楽しめる場所だ。


【画像で確認】顧客データを活用した1to1のコミュニケーションの施策例


 ファイターズ スポーツ&エンターテイメントはFビレッジの来場者向けに「北海道ボールパーク Fビレッジ公式アプリ」を提供。顧客データの活用で、さらなる来場者増、ファン獲得に励んでいる。


 同アプリには、広大な敷地をスムーズに探索するための「エリアマップ」、試合のチケットの購入や宿泊先や駐車場の予約ができる「本日の予約/チケット」、Fビレッジ内の施設利用や飲食でたまる「Fマイル」や「クーポン」の獲得・利用、試合結果やキャンプの予定、選手の誕生日などをチェックできる「カレンダー」、来場特典などを受け取れる「チェックインチャレンジ」といった機能がある。


 しかし、単に充実した機能だけがFビレッジ公式アプリの魅力ではない。顧客エンゲージメントプラットフォーム「Braze」と裏側で連携し、一人一人に最適な顧客体験を、リアルタイムで提供しているのだ。


 同社はどんな思いで、どのような施策を打ち、何を届けることで、ファンを熱狂させているのか。ファンダムマーケティングの神髄に迫る。


この記事は、Braze社のグローバルイベント「Braze City x City Tokyo 〜デジタル・ボディランゲージ x AI で実現する次世代CX〜」のセッションをもとに紹介する。


●ファイターズファンはなぜこんなに熱狂? 背景にある“緻密なデータ戦略”


 ファイターズが大切にしているのは、「顧客に正対すること」。逃げたりはぐらかしたりせずに、真正面から顧客と真摯(しんし)に向き合う。


 来場者に対して運営側のルールを一方的に押し付けるのではなく、まずは顧客の声に耳を傾け、変えるべきところは柔軟に変えていく。「この信念がなければ、どんなに優れたシステムを導入しても宝の持ち腐れとなり、決してファンのエンゲージメントを高めることはできない」と強調するのは、Fビレッジの仕掛け人であり、ファイターズ スポーツ&エンターテイメント(以下、FSE)常務取締役 開発本部長の前沢賢氏だ。


 この思想は、今年の組織改変で設立された「顧客マーケティンググループ」の名にも表れている。同じマーケティング組織でも、新規顧客獲得を目的とした広告出稿などの施策を担う「プロモーショングループ」とは明確に切り分けられ、「顧客マーケティンググループ」では顧客との長期的な関係構築のためにCRMやアプリなどを用いたファンダムマーケティングを担う。


 同グループでは、2023年にBrazeを導入。Fビレッジ公式アプリから取得した顧客情報をマルチチャネルで生かしながら、さまざまな1to1コミュニケーションを実現している。FSE コンシューマー統括部 マーケティング部 部長の田邊朋哉氏は、実例として次の4つを紹介した。


1.顧客の趣味・嗜好を反映したパーソナルな情報配信


 Fビレッジアプリの会員登録時に、応援している球団を尋ねるアンケートを実施。「F VILLAGE アカウント」(独自ID)ごとに趣味・嗜好に関する属性データを取得している。


 例えば、そこでA球団の名を挙げた人には、「次のA球団との交流試合は◯月△日、すぐにチケットを購入できます」と案内を送信。一方で、応援球団の属性データと過去の来場履歴のデータを掛け合わせ、たまたまA球団の試合を観戦しただけだと判断できるファイターズファンには、A球団をフックとした案内を送らないよう配慮している。


2.来場を検知したエンゲージメント施策


 「チェックインチャレンジ」(来場登録)ボタンも搭載する。球場を訪れた際にチェックインすると、毎月抽選で景品が当たるほか、過去の来場履歴を振り返ることもできる。2025年には過去最高記録となる1試合あたり約1万4000回のチェックインを達成した。


3.来場中のエンゲージメント


 チェックインチャレンジに参加すると、ホーム戦勝利後に限定販売されるファイターズの公式キャラクター「VICTORYしゃけまる」のぬいぐるみか、サブレの購入クーポンが当たる抽選に応募することができる。Brazeによって「応募受付→自動抽選→当選通知」までアプリ内で完結しており、来場中の顧客体験向上施策にも力を入れる。


4.球場の大型ビジョン連動施策


 デーゲームの試合終了後に「しゃけまる放流」という来場者参加型のゲームを実施。LINEのミニアプリと連携しており、利用者はLINE上で画面をタップすると、大型ビジョンにしゃけまるを放流できる仕組み。合計放流数が増えるとプレゼントの当選数も増える。


 「ファンのエンゲージメントを高めるには、球場というリアルの場で体験してもらうことが何よりも大事。エスコンフィールドができる前のわれわれは“野球屋さん”だったが、今は“エンタメ屋さん”だと自負している」(田邊氏)


●重視する2つのKPI チケット購入10%増の施策も


 「顧客と正対する」ファイターズが成果指標としているものは何なのか。「売り上げや来場数といった事業目標を達成するためにKPIとして見ているのは、『滞在時間』と『来場回数』だ」と語る田邊氏。一日中遊べるFビレッジだからこそ、滞在時間が長ければ長いほど、来場回数が多ければ多いほど、顧客を楽しませることができたと見ることができるからだ。


 例えば滞在時間をのばすために、アプリでバスの待ち時間やリアルタイムの運行状況を表示するようにした。Fビレッジの新駅は2028年の夏に開業予定。現在はまだ電車が使えないぶん、バスに利用が集中するため、試合終了後の待ち時間は90〜120分に及ぶこともあるという。


 だが、先に待ち時間が長いと分かっていれば、「長い列に並んでひたすら待つよりも、ちょっとどこかの飲食店に入って、休憩してからゆっくり帰るか」と考える顧客も出てくるだろう。実際、乗車までの目安時間をアプリで表示する前後を比較してみると、2023年には平均滞在時間が2時間58分だったのに対し、今は3時間55分にまで伸びたという。


 もう一つのKPIである来場回数を伸ばす施策の例として、ファイターズではファンクラブ会員限定で、チェックイン回数に応じたプレゼントを渡している。


 試合観戦後、熱狂の余韻が残るタイミングで、次回の観戦に誘導するメッセージを配信。試合直後に「次回の来場回数プレゼントまでもう少し!」というメッセージを目にしたら、思わずチケット購入ボタンを押してしまうのがファン心理だろう。事実、チケット購入が最大10%リフトしたそうだ。


●リアルな体験も重視 試合日は球場をスタッフが視察


 データを活用して直接的な成果が見えやすい施策以外にも、「顧客と正対する」という信念を具現化した、“ファイターズならでは”の施策も展開しているという。Xでは「Fビレッジおじさん」という目安箱のようなアカウントを運営。「#聞いてよFビレッジおじさん」のハッシュタグをつけてポストされたFビレッジ内で感じた困りごとに対し、“中の人”がていねいに対応している。


 そして試合日には、ファイターズの社員が球場内を歩き回り、現場で見つけた良かった点や改善点をレポートにまとめるなど、より良い球場にするための取り組みを重ねている。


 「人々の趣味・嗜好や感情は、刻一刻と変化する。オンラインだけでなくオフラインのデータも集めながら、その時々でベストな施策を模索していきたい」と田邊氏は語った。


●「“借家”ではなく“マイホーム”を」 ファイターズの挑戦


 この先、人口減少が見込まれている日本社会において、球団運営のために、新たなファンを増やし続けるのは容易なことではない。もちろん新規のファンを開拓する努力も必要だが、既存のファンを大切にして“少しでも長く・少しでも深く”つながり続ける努力も、同等もしくはそれ以上に必要になってくるだろう。


 だからこそ、このFビレッジという場所は生まれた。


 「野球の力やエンタメの力を発揮して、自分たちが思い描くビジネスプランを実現するには、札幌ドームという“借家”ではなく、“マイホーム”をつくるしかないと考えた」と、前沢氏は当時の思いを振り返る。


 そしてマイホームが建った今、F VILLAGE アカウントの登録数は100万を超えた。この独自アカウントの数は、“再びこの場所に訪れたい”と考えるリピーターやリピーター予備軍の数であり、ファイターズという球団のみならず、F VILLAGEという場所のファンの数だとも言える。


 2017年6月にボールパーク構想を発表後、2023年3月にプレオープンを迎えた。初年度の年間来場者数は346.4万人。うち北海道外からの来場者は全体の約30%である約100万人だった。


 三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2024年2月に発表したレポートによると、Fビレッジによる北海道への経済効果は年間1000億円超にも及んだという。


 しかし、これでもまだ前沢氏のプランのうち、「約30%しか完成していない」という。2028年に新駅ができるときには、北海道医療大学のキャンパスや高層マンション、高齢者施設にクリニックモールなどもオープンして、さながらエスコンフィールドという城のもとに広がる城下町のようになる予定だ。


 「Fビレッジは、来場者によって三者三様の楽しみができるよう、つくっている。ぜひ一度お越しいただけたら」(前沢氏)



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