
『007』のジェームス・ボンドのように殺しのライセンスを持った対外情報庁職員が、スパイ天国の日本にいるスパイを徹底的にやっつけるのか?(写真:AF Archive/Mgm/Ua Hom/Mary Evans Picture Library/共同通信イメージズ)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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首相就任から間もない10月末は外交続きだった高市早苗首相。トランプ王とは共同声明も共同記者会見もなく、戦わずにして勝利(?)した。
中国の習近平主席からは譲歩を引き出したものの、翌日にはXにて台湾代表と会談したことを吐露してしまい自爆。日中の外交チャンネルがフリーズしているために、売り言葉に買い言葉となり、解決不能の紛争に陥っている。
さらに11月7日の国会では台湾有事に関する答弁で、現在は存在しない「戦艦」発言まで飛び出した。
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日本を救うべく出撃した「脳内戦艦サナエ」。しかし、その最大の敵は「内なる敵」だった......。
――自民党と連立している日本維新の会は、政府のインテリジェンス能力を確立するために「国家情報局」と米中央情報局(CIA)のような「対外情報庁」の創設を要求しています。これは可能なのでしょうか?
佐藤 対外情報庁は無理ですよ。
――維新の会はなぜこれを言い出して、要求しているのですか?
佐藤 対外インテリジェンスの実情を知らないからですよ、その組織を作れば何が起きるかを。もし対外情報機関を本格的に作るなら、スパイ防止法の制定を後回しにしないとダメです。
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――どの報道でも、まず第一にスパイ防止法の制定からやる、と言っていますが?
佐藤 スパイ防止法を作ったのに、もし警察が一件も摘発しなかったらどうなると思います?
――そりゃ、まずいです。
佐藤 はい。だから法律ができて2〜3年以内に、絶対に事件を立件します。そのとき、誰が捕まると思います?
――日本国内に潜入した外国スパイですか?
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佐藤 いえ、違います。秘密を持っている日本の公務員ですよ。ロシアや北朝鮮、中国、イランといった懸念国を担当している公務員を警察は捕まえるわけです。
――やりやすいところから逮捕して成果を作ると。
佐藤 そうです。すると、対象は外務省もしくは新たに作る対外情報庁の人間になる可能性が高いじゃないですか。もしくは防衛省の職員です。当然、捕まえて厳罰化するから、懲役15〜20年になるでしょうね。そんなことをしたら、対外情報庁で働く人間が出てきますか?
――出ないでしょうね。皆、刑務所の中に入ってしまいますから。また、そんな事をすれば日本のインテリジェンス能力がガタ落ちではないですか?
佐藤 当然、そうなります。それからもうひとつ、本丸はスパイ防止法ではないんですよ。
――007のように、対外情報庁職員が殺しのライセンスをもらえる怖い法律ですか?
佐藤 違います。本丸は、通信傍受法の改正です。いまの通信傍受法の適用範囲は、ヤクザとテロリストだけです。
しかし、そのような国際犯罪だけでもその都度、裁判所の令状を取らないといけません。そんな状態でスパイを摘発できますか?
――裁判所にも某国のスパイか情報提供者が潜んでいます。だから、令状を申請した時点で国外逃亡ですね。
佐藤 そうです。だから、いまも裁判所に外国のスパイはいません。そんなことをしても利益が見込まれませんから。ところで、行政傍受が認められたら、警察の判断で誰の通信でも傍受できるようになります。この通信傍受は合法なので証拠能力を持ちます。
通信傍受法が改正され、行政傍受が認められるようになると、電話の話の内容、メールのやり取りだけをベースにして、刑事責任を追及できるような国になるわけですよ。
――それって日本が北朝鮮に追いつくというか、その北を越えていませんか?
佐藤 その可能性もあります。フルスペックのスパイ防止法を制定するのであれば、通信傍受法の改正は必ず出てきます。そして、そこには行政傍受が入ってきます。
――そういう世界を維新の会は望んでいるのですか? それとも、スパイ防止法による公務員の逮捕や行政傍受について、そうなる事を知らず、カッコ良さそうだから言っているだけですか?
佐藤 よくわかりません。もしかすると維新の会の人たちは、そういう引き締まった社会を望んでいるのかもしれません。スパイは絶対に悪いのだから、それを取り締まってやろうぜ、と。こっちも体を張っていることをみせないとならないから、スパイ防止法やインテリジェンス組織を作ってバシバシいこうぜ、というくらいの考えだと思います。
――大衆居酒屋で酒を飲みながらクダを巻いているオッサンたちの話の内容じゃないですか!?
佐藤 そのレベルのように思えてなりません。
――そもそも、いまある内閣調査室(内調)の分析は、確度が高いんでしょうか?
佐藤 高いです。情報を取ってくるし、私が見る限り、2022年2月のロシア・ウクライナ戦争以後、内調は一度も失敗していません。
――それをなぜ格上げして、国家情報局を創設しないといけないのですか? カッコいいからですか?
佐藤 そう、おそらくカッコいいからです。ただし実際問題として、内閣調査室を格上げすることになるから、それ自体はいいことと思います。初代の国家情報局局長には、内閣情報官の原(和也)さんがなるだけの話です。
――すると、本丸は対外情報庁ですか?
佐藤 はい、そしてそれがヤバいんですよ。
――国民全員を地獄に道連れ、と。
佐藤 その危険があります。
――すると、「脳内戦艦サナエ」はMMT(現代貨幣理論)で金をバラまき、さらにスパイ狩りの対外情報庁を設置しての「乱戦」を始めるのですか?
佐藤 両方の合わせ技で大変なことになりますよ。全部、思い付きで適当なことをやっている、それだけが共通しています。
――「脳内戦艦サナエ」、国内戦で大活躍であります。
佐藤 子供が時計を解体して、いい時計を作ろうと思ったらネジがはまらない、という感じです。実は結局、壊しているだけなんです。
――4〜5歳の子供だったらまだ許せますが、こちらは国家の話です。
佐藤 昔からちゃんと内閣調査室は動いているんです。皆、日本が情報を取れてないと言っていますが、しっかり取れています。しかも、判断も間違えてはいないんです。
――佐藤さんは「維新の会は政党の体(てい)を成してない」と判断していますよね?
佐藤 はい。大阪に自民党は事実上、ないんです。その代わりに維新があるわけです。だから、逆に維新は大阪と兵庫の一部だけで永遠に食っていければいいんですね。全国展開する必要がないんです。崎陽軒の焼売は、コンビニにはないですよね?
――そういえばないですね。スーパーも一部でしか取り扱っていません。
佐藤 それは、全国展開すると価格競争に巻き込まれるから、あえて横浜だけに制限しているんですよ。維新はそれと一緒です。これは生き残り戦略としては正しいんです。
――なるほど。
佐藤 戦線を広げる必要がないから、そこの利権構造だけを維持していればいいわけです。
――それって、日本全国でやられたら大阪以外の人たちは滅亡ということになりませんか?
佐藤 そう、大阪以外のことは考えていません。面白いでしょ(笑)?
――ご当人たちは面白いでしょうが、それ以外の方々にとったら面白くないです。
佐藤 だから最近、政界で増えてきていることがあるんです。それは、当事者にとっては深刻なんだけれども、国民と国家には関係のない問題です。
――それ、国民目線になってないということですか?
佐藤 はい、なっていません。自分のことで精一杯ですから。
――国政を担う者としては「能力のないバカ」、ということではないですか?
佐藤 能力はともかくとして、姿勢は真面目なんですよ。つまり、やる気のある人たちが、集団で勢いに乗って何かをやろうとしている状況です。
――手の付けようがないじゃないですか。それは誰も止められない!!
佐藤 命懸けでやっていますからね。ヒトラーもムッソリーニも、政治に命をかけていましたね。なかなかシビれませんか?
――そうですね......。すると、いまの日本が幸せになるために必要なのは、自民党が間違って衆院選挙をやってくれることになりますかね?
佐藤 それは非常にいいと思いますよ。それで、自民党の石破(茂)さん、鈴木宗男さん、公明党、それから立憲、国民民主、維新の前原(誠司)さんたちが集まった連立政権が生まれると面白いと個人的には思っています。
26年間、与党にいた公明党は、国家の仕組みを分かっています。なので教育、介護、医療に金がかからない国に立て直して基礎体力をつけるんです。
そういう方向にいけば、高市政権ができた意味が生まれますね。
――確かに。「急げ脳内戦艦サナエ、"電撃衆院解散総選挙"で日本を救え!!」というナレーションが聞こえてきます。「脳内戦艦サナエ」はそのために出撃したんですよね?
佐藤 高市さんが日本の国家と国民のために一生懸命なのは間違いないです。しかし、官僚システムが高市さんをきちんと支えていない。これが最大の問題です。
次回へ続く。次回の配信は2025年12月12日(金)予定です。
取材・文/小峯隆生
