
日本のタイヤ市場はこの10年ほどで大きく変化してきた。新車販売台数が減少し、新車装着用タイヤの販売が伸び悩む中、保有台数の増加を背景に、補修用タイヤは堅調な増加を示している。
しかし、日本のタイヤメーカーが置かれている状況は決して易しいものではない。欧米のタイヤメーカーに加え、最近は新興国の新興タイヤメーカー、いわゆるアジアンタイヤが台頭している。
アジアンタイヤの武器はやはり低価格だ。グリップ性能と価格だけのコストパフォーマンスでは、ユーザーの目にはかなり割安に映る。特にクルマを日常的に使い、走行性能などをあまり気にしないドライバーなら、タイヤ代などの維持費は安いに越したことはなく、価格を優先して商品選びをする傾向も強い。
だが、タイヤメーカーは価格競争に巻き込まれると収益性が大きく下がってしまう。自動化にも限界があるタイヤ製造では、生産国によって人件費に差が出る。
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それでなくても原料を輸入に頼っている日本では、放っておけば不利になるばかりの環境である。日本のタイヤメーカーは、安価な商品との価格差をユーザーに納得してもらえるような差別化が必須なのだ。
●日本のタイヤメーカーの強みは何か
日本のタイヤメーカーの強みは、まずは品質の高さであろう。そして性能と品質は表裏一体だ。なぜなら、グリップ性能だけが良くても品質が高くなければ、個体差が大きくなり、耐久性や信頼性が低下してしまう。
技術にも生産技術と製造技術があり、製品開発には材料と構造の両面から技術力が要求される。その開発競争も熾烈(しれつ)だ。ミシュラン、コンチネンタル、グッドイヤーといった屈指のブランドは、歴史も性能も文句の付け所がない。そんな強豪たちと北米や欧州の市場でしのぎを削るのが日本のタイヤメーカーなのである。
日本のブリヂストンは世界第2位の生産量を誇る世界屈指のタイヤメーカーだ。創業以来、将来性のあるタイヤに着目し、日本ならではの勤勉で新しいものをどんどん取り入れる姿勢で、品質に磨きをかけた。
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品質の高さで知られるようになっても、性能では欧米ブランドに太刀打ちできなかった1970年代までは「大衆車のためのタイヤ」というイメージだった。それを払拭すべく1980年代半ばからはモータースポーツのブランド「POTENZA(ポテンザ)」を立ち上げ、高性能タイヤの開発と認知に力を注いできた。
クルマを走らせるだけで満足していた時代から、より高い性能をクルマに求めるようになり、日本のドライバーの要求に応える高性能タイヤ作りが進んだのだ。
●ブリヂストンはエアレスタイヤの開発でも先行
そんなブリヂストンは、業界でも屈指のタイヤ製造要素技術の保有数を誇る。その最新技術が「ENLITEN(エンライテン)」だ。といっても、具体的な技術ではなく、設計理論のようなものだ。
車両の運動性能、タイヤの摩耗性能を維持しながら、タイヤ重量を軽量化することで、転がり抵抗を大幅に低減できる商品設計基盤技術だという。
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具体的には、パターンブロック挙動最適化、最新シミュレーション技術を活用した接地形状の最適化などにより、従来の運動性能やタイヤライフを維持しながら、使用する部材を削減。従来に比べて約20%軽量化し、転がり抵抗を約30%低減できるという。
BCMA(Bridgestone Commonality Modularity Architecture)という、タイヤの構造を3つに分け、それを異なるブランドや商品で共通化してコストダウンにつなげる技術も含まれる。このような技術力をアピールすることが差別化につながる。
また、エアレスタイヤの開発でも先行している。すでに構造的には「10年10万キロ」の耐久性を確保している。トレッド面を張り替えることで1、2回は再利用できるという点も、環境性能として注目される。
ジャパンモビリティショー2025では、グリーンスローモビリティ(EVの小型バス)が同社のブースに展示され、かなりの存在感を示していた。
さらに、ブリヂストンはNASA(米航空宇宙局)の月面探査プログラム「アルテミス計画」に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を通じて参画。トヨタが開発する月面探査車のタイヤ開発を担っている。このタイヤにもエアレスタイヤの技術が用いられている。
空気入りタイヤの場合、真空かつ無重力の空間では、膨張を抑える工夫が必要なだけでなく、宇宙放射線の影響や温度変化の大きさなど、地球上にはない環境の厳しさがある。こうした環境下でも使えるエアレスタイヤができれば、未来のタイヤは大きく進歩するかもしれない。
最近はアジアンメイドの商品も日本で販売中だ。新興国にあるブリヂストンの工場で生産されるタイヤを輸入している。輸入コストはかかるものの、ブリヂストンの品質を備えたアジアンメイドのタイヤとして、売り上げを伸ばしている。
●老舗ダンロップが革新的技術の導入に目覚めた
ダンロップブランドを展開する住友ゴム工業は、日本で初めてタイヤ製造を行った英ダンロップの神戸工場をルーツに持つ。そのためか、どちらかというと堅実なタイヤ作りを続けてきたイメージがある。特出した性能や機能よりも、天候や走行条件によるグリップ性能の変化が少ない安定したタイヤを作るのがうまい。
それでも近年では、タイヤの内側に吸音スポンジを取り付けて静粛性を高めたほか、シミュレーションでタイヤ設計を効率化する「デジタイヤ」という技術をアピールしてきた。
しかし、設計技術や後付けの消音効果で解決できる問題ばかりではない。そこで2000年頃から、タイヤの省燃費技術を根本から引き上げるための基礎研究を始めた。通常の電子顕微鏡などではできないゴム分子の解析を、放射光を使って行うことにした。放射光とはレントゲンなどで使われるX線の仲間で、非常に短い波長で強い光が特徴だ。
通常の可視光線や電子顕微鏡では、どんなに拡大しても分子間の結びつきや原子レベルの分析はできない。X線の中でも特に波長の短い放射光を使うことで、原子レベルでの違いや状態を把握できるのだという。
形状は同じでも、また、新品では大差なくても、経年劣化などで差が付く材料や商品は、こうした研究開発や品質管理の違いが大きい。
そうした解析によって、ゴムが紫外線によって劣化したのか、オゾンによって劣化したのか、再架橋(ゴム分子がつながりを強固にして硬化する現象)によるものなのか、判別が可能になった。
ちなみに、こうしたゴム分子の放射光による解析はブリヂストンも行っている。日本は、大型の分析施設をいくつも保有する世界有数の国であり、こうした解析技術によって材料の進化を加速させている。
●新発想の技術で革新的なオールシーズンタイヤを投入
住友ゴム工業は先ごろ、最先端の分析施設「ナノテラス」で研究しているゴム分子の解析成果を、施設とともに公開した。
近年、住友ゴムは水を徹底的に研究している。その過程で生まれたのが「アクティブトレッド」という技術だ。従来、夏タイヤと冬タイヤ、エコタイヤとスポーツタイヤといったように目的別に特性を最適化したゴムを配合して対応していたが、この技術では完成されたタイヤの特性を状況に応じて変化できる。
その第1弾となる製品が、2024年に発売されたオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」だ。
オールシーズンタイヤは1年を通じて変化する気象条件や路面に対応するため、幅広く平均的な性能を確保するのが通例だった。しかしシンクロウェザーは、温度変化に強く、水を検知すると柔らかくなるゴムの開発により、スタッドレスタイヤに近い冬道性能と、従来のタイヤでは実現不可能なウエット性能を両立することに成功した。
これにより、スタッドレスタイヤを購入してもほとんど出番がなく劣化してしまう地域のユーザーに対してアピールできる。アクティブトレッドの技術はタイヤの目的に合わせて応用できるため、今後の新商品にも大いに期待できそうだ。
世界中で乗用車用タイヤの需要が拡大し、新興国でもタイヤメーカーが乱立している。中国や韓国のメーカーの攻勢も激しさを増していくことが予想される。
横浜ゴムもトーヨータイヤも、日本メーカーとしての高い品質や環境への配慮など、先端分野に対する投資は積極的だ。一時的に低価格志向が続いても、いずれ「タイヤは安心を買うもの」として、品質とのバランスが自然と重視されるようになるだろう。
そして、大型分析施設の利用によるゴム分子の詳細な分析は、今後の日本のタイヤメーカーにとって大きな武器になる。分析によるデータに基づいて、精密なゴムの設計や製造ができることが日本の強みであるからだ。
(高根英幸)
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