【プロ野球】数値が示した逆転のドラフト ソフトバンク2位指名・稲川竜汰、ホップ成分が切り拓いたプロへの道

0

2025年12月05日 10:10  webスポルティーバ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

webスポルティーバ

写真

 今年もさまざまなドラマを生んだドラフト会議。指名された全116人中、支配下に限れば73人。そのうち大学生が40人と半数以上を占め、1位指名は9人(米大学含む)と各球団とも即戦力選手の補強が目立った。

 そのなかで、予想もしなかった上位指名を受けた大学生投手がいた。九州共立大の最速152キロ右腕・稲川竜汰は、ソフトバンクからの2位指名に「名前が呼ばれた時は鳥肌が立ちました」と、興奮気味に振り返った。

【ケガ明けの投球が評価を一変】

 それもそのはず。昨年の春先に右膝半月板を損傷し、1年間をリハビリに費やした。最終学年の今春リーグ戦から復帰し、今秋のラストシーズンは3勝0敗、防御率0.93でMVPと復活を遂げたが、アピールが遅すぎた感も否めず、「指名があるなら下位かなと思っていた」という。

 しかし蓋を開けてみれば、まさかの高評価に当の本人も驚きを隠せない。プロは稲川のどこを評価していたのか。九州共立大の上原忠監督は「彼の魅力はストレートのホップ成分の高さです」と分析する。

「スピードが上がったからといって打たれないかといったらそうでもないと思うんです。見えないところではありますが、ケガをしている時に相当なトレーニングを積んだ結果が、ホップ成分に現れたのではないでしょうか」

 ホップ成分とは、投げたボールが本塁に到達するまでに重力にどれだけ逆らえるかを示す値。直球は縦回転、バックスピンがかかるほど揚力が生まれ、落下しにくいとされる。これまでは質の高いストレートとして表現されてきた感覚的なものを、はっきりと数値で示すことが可能になってきた。

 NPB投手の平均は40センチ台中盤とされるが、稲川はその数値を優に超えてくる。仮に50センチのホップ成分があれば、打者が空振りをする確率が25パーセントまで上昇。球速と回転量が上がれば、その確率はさらにアップという。

 稲川のストレートの最速は152キロ。近年の大学生投手のなかで、突出して速いというわけではない。球種もカーブ、スライダー、フォークの3種類のみだ。

 それなのに、空振りが、そして三振が取れる。1年春の奪三振率は11.48(29イニング37奪三振)。ケガ明けの今春は、イニング数こそ少ないものの、15.30(10イニング17奪三振)をマークした。制球がばらつき、失点こそ重ねたが、地道なリハビリと並行して下半身強化を行なった結果、ホップ成分は以前よりもすごみを増した。

 稲川自身も「自分の強みは伸びのあるストレート。そこでしっかりと勝負していきたい」と長所を自覚している。

【恩師のひと言から始まった投手人生】

 恩師への感謝も忘れることはない。中学時代に在籍した岩国ヤングホープス(山口)では、2年まで捕手や外野をやっていたが、広島や日本ハムで通算88勝を挙げた佐伯和司監督(現・総監督)から「投げ方がきれいだから」と投手挑戦を進言されたことが転機となった。

 そこから頭角を現し、2018年夏に甲子園初出場を果たした折尾愛真(福岡)から誘いを受け、関門海峡を渡ることを決断。

 2年夏には最速145キロをマークする本格派右腕へと成長を遂げるが、同年秋の大会前に左足首を骨折。手術を経て、高校野球を引退するまで、左足にボルトを入れたまま投げ続けた。もし順調に3年間を送ることができていたなら、今頃プロで活躍していたかもしれない。

「違和感はずっとありました。投げ終わったあとにズレるというか、どうしても左足をいい感じに踏み込めずに、自分の本調子に戻ることはありませんでした」

 そして大学でもドラフトイヤーを翌年に控える大切な時期に大ケガを負った。思いどおりにいかない日々。「野球を嫌いになりかけました」と自暴自棄に陥ったこともある。

 それでも、山口にいる両親ら周囲の励ましが大きな支えとなった。父からは「自分の人生だから、野球を続けようが辞めようが、後悔のないようにやってほしい」と言葉をかけられ、「絶対に恩返ししたいという気持ちになった」と再び気持ちを奮い立たせた。

 まずは最終学年で「野球に集中」するため、3年間で授業の単位を全て修得。人事を尽くした結果、不死鳥のように復活を遂げ、プロ入りの夢を叶えることができた。

「今年の春のフォームを見ると、右膝をかばって投げている感じでしたが、秋はそれがだいぶ消えていました。夏に100キロぐらいの重量を挙げるスクワットで追い込んで、気づいたら右膝もそこまで痛みはなくなりました。今では150キロまで挙げることができます」

 目指すは、憧れである伊藤大海(日本ハム)のような、力感のないフォームの習得だ。脱力の状態から、ホップ成分の高いストレートを投げ込めば、「打者は惑わされると思う」と真剣な表情。飽くなき探究心を持ち続けながら、理想を追い求めていく。

「(ソフトバンクは)常勝軍団。(リバン・)モイネロ投手にどうやったらいい投手になれるのか聞いてみたいです。将来的にはホークスのエースになって、球界を代表する選手になりたいです」

 この4年間は、決して遠回りではなかった。色紙には力強く「新人王」の文字をしたためた。大学の先輩である大瀬良大地(広島)が2014年に獲得した勲章獲りに向け、いざプロのスタートラインに立つ。

    ニュース設定