
「改悪だ」「終わった」「もう解約する」――。
2025年末、SNSのポイ活界隈が騒がしい。三井住友カードと楽天、日本のキャッシュレス決済を代表する2社が、相次いでポイントプログラムの条件変更を発表したからだ。
SNSは阿鼻叫喚だった。「100万円修行が無意味に」「高還元ルートが死んだ」。YouTubeでは「【悲報】大改悪」と銘打った動画が次々とアップされ、再生回数を伸ばしている。まるで大事件が起きたかのような騒ぎである。
いったい何が起きたのか。
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●「100万円修行」のゴールが遠のいた
まずは三井住友カードの話から始めよう。
同社の「三井住友カード ゴールド(NL)」は、ポイ活界隈で絶大な人気を誇るカードだ。理由はシンプル。年間100万円以上使えば、翌年以降の年会費5500円が「永年無料」になる。さらに達成時には、1万ポイントを付与する。基本還元率0.5%と合わせると、実質還元率は1.5%に跳ね上がる計算だ。
この「年間100万円」を達成するための努力が、通称「100万円修行」である。
ただ、真正直に日常の買い物だけで100万円を使うのは簡単ではない。そこでポイ活ユーザーは知恵を絞った。クレジットカードから「Kyash」や「au PAY」といったプリペイドカードにチャージすれば、その金額も「利用額」としてカウントされる。実際に買い物をしなくても、チャージを繰り返せば100万円に届く。しかもau PAYなら、そのまま税金の支払いにも使える。「固定資産税で修行を達成」という離れ業も可能だった。
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ところが2025年末、三井住友カードはこのルートを塞(ふさ)いだ。Kyash、au PAY、JAL Pay、バンドルカードなどへのチャージを2026年3月1日から「年間利用額の集計対象外」にすると発表したのだ。
SNSには悲鳴があふれた。「税金で修行してたのに」「これじゃ100万円届かない」。あるYouTuberは「釣った魚に餌をやらなくなるのは、まぁいつものこと」と皮肉を込めてコメントしている。
●1万円が9700円になる日
同時期に楽天も「改悪」を行った。
コンビニで売られている「楽天ギフトカード(楽天POSAカード)」。楽天の電子マネーである「楽天キャッシュ」をチャージできるカードだ。ポイ活界隈では、このカードを経由する「楽天ルート」が定番の高還元テクニックとして知られていた。
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仕組みはこうだ。まず高還元のクレジットカードから「FamiPay」や「WAON」といったコンビニ系電子マネーにチャージする。ここでクレカ側のポイントが貯まる。次に、その電子マネーでコンビニのレジで楽天POSAカードを買う。電子マネー側でもポイントが付与される。最後に楽天キャッシュにチャージして楽天ペイで使えば、さらに楽天ポイントが貯まる。決済のたびにポイントが発生する「多重取り」である。
このルートの肝は、POSAカードが「1万円で1万円分」という等価交換だったことだ。途中でポイントを稼いでも、最終的に届く金額が目減りしなければ、獲得したポイント分がそのまま利益になる。
だが楽天は、この「等価交換」を覆した。購入額の約3%を手数料として差し引くと発表したのである。12月15日から販売が始まる新カードでは、1万円のカードを購入しても、実際にチャージされるのは9700円にとどまる。
ポイ活の世界では、どんなに頑張っても還元率は2〜3%が限界だ。入り口で3%取られたら、ほぼ全てのルートが「逆ザヤ」に転落する。ポイント獲得のために現金の持ち出しが発生するので、本末転倒である。
誤解のないように言えば、楽天キャッシュ自体が使えなくなるわけではない。楽天カードから直接チャージすれば、手数料はかからない。ただ、それでは「多重取り」ができない。あくまで「抜け道」の一つが塞がれただけだが、ポイ活ユーザーにとっては大きな痛手だった。SNSでは「楽天ルート終了」の声が相次いだ。
これらは企業とユーザーの対立――。そう見えるが、果たして本当にそうだろうか。
●「改悪」を叫ぶのは誰か
こうして見ると、企業とユーザーは完全に対立しているように見える。企業が条件を絞り、ユーザーが怒り、離反する。よくある対立の構図だ。
だが、待ってほしい。
そもそも、なぜポイントプログラムには「抜け道」が存在するのか。企業がその気になれば、こうした“抜け道”は最初から塞げる。チャージを集計対象外にする、還元率に上限を設ける、対象店舗を絞る。技術的には難しくない。
だが、それを徹底すると話題性が生まれない。
SNSでバズるのは「こんな裏技がある」「このルートで還元率3%」といった情報だ。ポイ活インフルエンサーたちは、こうした「攻略法」を発信することで再生回数を稼ぐ。その情報が拡散されるたびに、企業のサービスは無料で宣伝される。企業は、ある程度の「穴」を意図的に残している。ギリギリのラインを攻めているのだ。
では、ポイントだけ取って去っていく層はどうか。サービスを継続利用する気などさらさらなく、キャンペーンの旨味だけ吸い取る。企業にとって迷惑な存在に見える。
だが、彼らはSNSで情報を拡散する。「今なら◯◯カードで1万ポイント」「このルートがアツい」。その投稿を見た一般ユーザーが、サービスに興味を持つ。企業が本当に取り込みたいのは、ポイ活マニアではなく、その先にいる「普通の利用者層」である。いわば無料の広告塔である。企業もそれは承知で、キャンペーンを設計している。
この構造を最もうまく使っているのが楽天だろう。まず分かる人だけが分かる方法を用意して話題を作り、ユーザーを集める。SNSが盛り上がり、新規会員が増える。そして、これ以上の新規獲得が見込めなくなったタイミングで、条件を絞る。
「改悪だ!」と叫ぶ声が上がる。だが、叫んでいるのは誰か。多くはポイントだけ取りたいマニア層だ。彼らが離れても、楽天市場で普通に買い物をする一般ユーザーは残る。むしろ、採算の悪い「ポイント泥棒」が去ってくれるなら、企業としては願ったりかなったりである。
●対立ではなく「プロレス」に近い
こう考えると、ポイ活をめぐる企業とユーザーの関係は、対立というより「プロレス」に近い。
企業は「お得なキャンペーン」というエサをまく。ポイ活ユーザーが飛びつき、SNSで拡散する。一般ユーザーが流入する。頃合いを見て企業が条件を絞る。ポイ活ユーザーが「改悪だ!」と叫ぶ。その声もまた拡散され、話題になる。
叫ぶ側も、叫ばれる側も、実はお互いの役割を分かっている。激しくぶつかっているように見えて、どこかで利害が一致している。観客(一般ユーザー)を楽しませ、巻き込むための興行。それがポイ活という名のプロレスだ。
もちろん、度が過ぎればケガをする。PayPayの100億円キャンペーンでは不正利用が横行し、企業側が痛い目を見た。ユーザー側も、改悪が続けば本当に離れていく。このプロレスにも限度がある。
だが、少なくとも今のところ、この興行は続いている。次に「改悪だ!」という声が聞こえてきたら、少し冷静な目で見てみるといい。リングの上で関節技をかけ合う両者は、実は控え室で談笑しているのかもしれない。
(斎藤健二、金融・Fintechジャーナリスト)
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