裕木奈江とデイヴィッド・リンチ監督 2025年1月15日、78歳で逝去した映画監督デイヴィッド・リンチ。デビュー作『イレイザーヘッド』(1977年)以来、“カルトの帝王”の異名を取り、唯一無二の映像世界で世界中の映画人と観客を魅了し続けた。長編映画はわずか10本。その最後の長編映画となった『インランド・エンパイア』(2006年)が、リンチ監督自身の監修による4Kリマスター版『インランド・エンパイア 4K』として、2026年1月9日より新宿ピカデリーほか全国順次公開されることが決定した。
【画像】『インランド・エンパイア 4K』裕木奈江の出演シーン写真 本作は、監督・脚本・撮影・音楽・編集までリンチ自らが手がけた最も濃密な一作。主演を務めたのはローラ・ダーン。映画の主演に抜てきされた女優が、現実と虚構の境界を失っていくさまを描く悪悪夢のような不条理劇。リンチは内容を「トラブルに陥った女の話(about a woman in trouble)」とだけ説明している。公開当時から賛否を巻き起こし、現在も伝説的作品として語り継がれている。
制作の発端は、近所に引っ越してきたローラ・ダーンとリンチの偶然の再会だった。リンチはダーンのために14項のモノローグ台本を用意し、全体の脚本を完成させないまま、各現場でひらめいた場面を次々と撮影。完成形がどのような作品になるのか、監督自身も撮影中は分からなかったという。
さらに、全編をデジタルビデオカメラ「SONY PD-150」で撮影し、日本の俳優・裕木奈江も出演していることでも話題となった。当初はロサンゼルスでのエキストラ参加だったが、現場での存在感を見たリンチがせりふ付きの“Street Woman”役に起用。「英語を学び始めたばかりで無理だと思ったが、『アクセントが面白いから』と背中を押された」と当時を回想し、完成作が約3時間の長編として劇場公開されたことにも驚いたという。今回の4K版公開にあわせ、裕木はリンチ監督との忘れがたい出会いを振り返ったコメントを寄せている(下段に全文)。
あわせて、日本版メインビジュアルも完成した。判別不能な文字列が刻まれた壁と、恐怖と混乱に満ちた主人公ニッキーの表情、そして「悪夢は終わらない」のコピーが、不穏で闇深い迷宮へと誘う本作の世界観を鮮烈に象徴している。
リンチ没後1年、そして初公開から20年という二つの節目が重なる2026年1月。悪夢の傑作が、最高の映像クオリティでスクリーンに甦る。
■裕木奈江のコメント(全文)
この度、リンチ監督の『Inland Empire』が再上映されること、心よりお祝い申し上げます。
私にとってこの作品はとても思い出深く、特別なものです。
リンチ監督のファンだった私はロサンゼルスでエキストラ募集があると聞き、撮影現場へ向かいました。現場は熱気と活気に満ちていて、本当にエキサイティングな体験でした。
撮影終了後、監督にごあいさつに伺ったところ、「また別の役があったらやってみたい?」と声をかけていただき、驚きと興奮で「もちろん!」と即答したのを覚えています。それからしばらくご連絡をいただけなかったのでもう撮影は終わったものと思っていましたが、ある日連絡が入り、ファックスで長い英語のせりふが送られてきました。
当時の私はまだ英語の勉強を始めたばかりでしたので、「私には無理だと思う」とお伝えしたのですが、監督は「アクセントが面白いからやってやしい。とにかく全部覚えて一生懸命しゃべってみて」と。巨匠に言われては仕方がないので、あの摩訶不思議なせりふを黙々と覚えました。
当時、スタッフさんからは「Web公開用の短編になる予定です」と伺っていたので、まさか3時間もの長編大作として劇場公開された時には心底驚きました。
劇場で鑑賞してさらに驚いたのは、エキストラとして参加したシーンに、一瞬ですが映り込んでいたことです。よかったら探してみてください。
日本での再上映、本当にうれしいです。
これからも監督の作品が愛され、語り継がれていくことを願っております。