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やっと、本当にやっと日本の政治界のトップに「女性」が就任しました。
「組織を変えたきゃ、若者、よそ者、ばか者を入れよ」と言われますが、高市早苗首相は「よそ者であり、ばか者」として、「オールド・ボーイズ・ネットワーク」による前例主義、教条主義がはびこる政治の世界に、風穴を開ける存在となるのでしょうか。それとも「オールド・ボーイズ」以上のボーイになってしまうのか。個人的には期待感を持つ半面、少々冷めた懸念も抱いています。
●見落としている「数」の力
懸念を抱く象徴的な出来事が12年前、2013年にありました。当時、自民党は「2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%以上にする」という数値目標を掲げ、政調会長に高市氏、総務会長に野田聖子氏が就任。女性を要職につけることで、「女性活躍」を印象付ける人事をしたのです。
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しかし、両者が報道番組に出演した際、その数値目標に関して「女のバトル」と揶揄(やゆ)された議論が起こります。
野田氏が「強制的に枠を作らないと女性が活躍する場所が生まれてこない。まずは数を確保すること」と訴え、韓国の女性大統領誕生を例に「数」を掲げる施策の重要性を説いたのに対し、高市氏は異議を唱えました。
「女性に下駄を履かせて結果平等を作り、法的拘束力を持たせ数値目標を実行するのはあくまでも過渡期的な施策であるべき。社会で活躍する女性の絶対数を増やせば、自然と管理職も増える。法的拘束力を持たせれば、女性の絶対数が少ないので人事に無理が出る」と「数」を掲げる施策に反対の立場を取りました。
その主張は一貫して変わらず、2021年に自民党総裁選に出馬した際に掲げた“サナエノミクス”には「育児や介護をしながら働く人たちをサポート」という項目はありましたが、記者会見で「自民党総裁選に出馬した史上2人目の女性候補」であることについて問われ、「若いことと女性であるということがハンディだった時代はあったが、女性が国政・地方政界で働くことに対する理解も30年前とは全然違うくらい変わってきているので、これから増えていくと思っている」と答えるにとどまりました(ハフポスト「高市早苗氏が立候補表明。「サナエノミクス」を掲げ、女性初の首相めざす【自民党総裁選】」 2021年09月08日)。
●想像以上に大きい「数」の力
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高市氏の言葉の裏に、どのような感情があるのかは定かではありません。数値目標を掲げたところで、「男性優位の社会構造は変わらない」というある種の諦念の表れかもしれないし、「女であることを言い訳にすべきではない」という女性側の問題と考えていたからかもしれません。
しかし、「数」の力は大きい。想像以上に大きい。人は置かれた環境次第で、意識も言動も変わります。その真理を、5年にわたるエスノグラフィー調査で明かした組織心理学者のR.M.カンターが主張したのが、トークン(珍しい存在)としての女性が及ばす影響です。
○=女性、●=男性 とし、視覚化して見てみましょう。
○○●●○●○●○ だと「○」は目立たないけど、
●●●●○●●●● だと目立ちます。
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このように目に見える情報、すなわち○=女性が「目立つこと」は、単なる視覚的な現象だけではなく、組織の構成員一人一人の心理や認識を変化させる影響力をもっていたのです。これは「0より1の功罪」と呼ばれています。
女性がゼロで男性だけの集団と、1人でも女性がいる集団を比べると(トークンの占める割合が10%未満も同様)、後者の方が「女性が聞くにたえない話題を話す」頻度が増える傾向が認められました。
例えば、女性の前で「あのときのラウンドは……」とゴルフの話題を多くするようになったり、女性がいるにもかかわらず「だから女は……」と陰口をたたくようになったりと、集団の多数派(男性)は、自己の立場を維持しようと同質性を強調したのです。
やがて紅一点の女性は、排除されるか、同化するか。はたまた、屈辱的な扱いをされることに耐えるかという究極の選択を、結託した男性たちに迫られました。男性たちは女性が入ったことで、自分たちが“男性”という同質な集団だったことに気付き、その一枚岩を「壊したくない」「壊されたくない」という意識が無意識に働いた結果だと考えられています。
少々古い話になりますが、小泉内閣のときに田中眞紀子氏が「自由にやれというから動こうとしたら、誰かがスカートの裾を踏んでいて前に動けない。振り向けば、進めと言った本人のような思いがした」と語っていました。この状態こそが「0より1の功罪」です。
●小池都知事が実践した「女性の数を増やすこと」
同じく「女性初のリーダー」が就任した組織の事例でいうと、291万2628票という圧倒的な勝利で、女性初の東京都知事に就任した小池百合子氏です。小池氏が精力的に取り組んだのが「女性の数を増やすこと」でした。
2016年、東京都知事に就任した当時、女性都議は25人(定数127)でわずか19%しかいませんでした。そこで小池氏は、都民ファーストの会を発足させ「希望の塾」を開催。2017年の都議選では塾生などを積極的に擁立し、女性都議は3割一歩手前の36人まで増えました。
2021年7月に行われた都議選では、当選者のうち女性が占める割合は32%とついに3割越えを達成します。政党ごとの当選者に占める女性の割合は東京・生活者ネットワークが100%(当選1人)、共産74%、都民ファースト39%、立民27%だったのに対し、政権与党の自民はわずか12%、公明党も13%といずれも2割にも達していませんでした。
多くの調査で、集団に占める女性の割合が40%になるとバランスが均衡することが確認されています。バランスの均衡とは、機会の平等であり、個人の資質や能力が正当に評価される組織です。小池氏が女性だったからこそ「6:4」という男女の分け隔てが消え、男女にとらわれない、真の機会の平等が達成したといえます。
それだけではありません。東京都は女性が働きやすい環境づくりに向けて「女性活躍に関する条例」の制定に動いています。都は、2000年制定の「東京都男女平等参画基本条例」に基づき施策を進めてきました。雇用・就業分野において女性の就業者数は増えたものの、非正規雇用が多く、管理職の割合は低い水準にとどまってます。アンコンシャスバイアスによって、女性の進学や職業選択などに影響を及ぼしていることの是正と解消に取り組んでいくそうです。
●企業が持つべき柔軟さ
これだけ「育児と仕事」を両立する人が増え、育児をする男性も増え、さらに超高齢社会で70歳まで働く人が増えているのに、「働き方のスタンダード」が昭和のままなのはおかしい。男女共同参画白書によると、2024年の民間企業における管理職女性の比率は、係長級でこそ24.4%と3割までもう少しですが、課長級では15.9%、部長級はわずか9.8%です。
企業はこの少なさを、現状を、もっと深刻に受けて止めて「なぜ、我が社には女性管理職が少ないのか?」を徹底的に考えた方がいい。まずは入社した際の男女比がどのように変化していくのか? その「数」を把握してほしいです。
ある中小企業の社長さんが面白い話をしてくれたことがあります。
「うちの会社はね、育児休暇から復帰したらリーダーに昇格する。だってリーダーに求められるのは、限られた時間と予算で、目標を達成するためのタイムマネジメント力、予測不能な事態に対処するスキル、決して思い通りにならないメンバーをなんとかして動かす人間力だろ? 育児って、それを実践しているわけよ。子どもは予測不能だし、旦那はちっとも分かってくれない。それでもちゃんとやり遂げるスキルを、育児期間中に身に付けていくわけだ。そのスキルを無駄にするのはもったいない」
「仕事はね、周りの力を借りながらやっていけばいい。ちゃんと学ぶ気持ちがあれば、3カ月もすればなんとかなる。だからね、うちの会社は産休・育休に入る社員も、送り出す社員も、戻って来るときが楽しみなんだよ」
こんな頭の柔らかさを、企業にはぜひ持ってもらいたい。そのやわらない思考が、「働き方のスタンダード」を変えるきっかけになるはずです。
著者:河合薫
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。
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