
2025年12月9日、タクシー配車アプリを展開する「S.RIDE」は、自社の屋外広告を取り下げ、掲出を終了したことを発表した。忘年会シーズンに合わせて展開された広告コピーが問題視されたためだ。「忘年会、幹事だけポイント貯まるのずるくない!?」という一文が、多くの人々の反感を買った。
同社には、この表現に対して「幹事への配慮に欠ける」などの指摘が数多く寄せられたという。これを受け、S.RIDEは社内で協議を行い、当該広告が忘年会などの幹事が担う重い責任や負担に対する想像力を欠いた不適切なものであったと判断した。同社は公式に謝罪し、今後は広告表現の確認体制を抜本的に見直すと表明している。
S.RIDEは、2019年4月16日にキャッシュレスで降車できるタクシー配車アプリとしてサービスが始まった。ソニーのAI技術を駆使し、独自のデータ活用による需要予測など、最適な配車ロジックを日々改善している。運営会社もサービス名と同じS.RIDEだ。配車サービスだけでなく、タクシーサイネージメディア「GROWTH」や車窓メディア「Canvas」など、移動空間をメディア化する事業も手広く展開しており、データの活用やスマートインフラの構築にも力を入れているテクノロジー企業だ。
●S.RIDEの広告は何がまずかった? 「幹事の苦役」に焦点
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S.RIDEの広告は、幹事が支払いをまとめることでポイントを得ることを「役得」あるいは「不公平」なものとして表現されていたが、実際の幹事経験者の感覚はそれとは全く異なるものだった。
SNS上では、幹事という役割の割に合わなさにフォーカスした意見が目立つ。店選びから日程調整、メンバーの好き嫌いの把握、集金、当日の進行に至るまで、その業務は多岐にわたる。ある経験者は、新人の頃に上司と相談して店を選んだにもかかわらず、先輩から酒の種類やコース内容について叱責された過去を語っている。
別の意見によると、当日になって欠席する参加者に限って「参加していないから払わない」と主張するケースがあり、幹事が自腹を切るか、参加者全員に頭を下げて追加徴収をするという精神的苦痛を伴う事態も珍しくないそうだ。
こうしたリスクと労力を背負っている幹事に対し、広告で「ポイントが貯まってずるい」という言葉を投げかけること自体が、火に油を注ぐような表現にほかならなかった。
●ポイントは「対価」ですらないという認識も
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幹事の苦労を知る人々にとっては、ポイント還元やクレジットカードのポイント付与は、膨大な手間に対するささやかな「慰め」や「おまけ」程度にしか認識されていないようだ。ある投稿者は、「場所や料金、席次、二次会の手配など気に病む要素が多すぎる」と指摘し、否定的な言葉を1つ投げかけられるだけで疲弊してしまうと吐露している。
また、得があまりない幹事の気持ちを代弁するような意見も目立ち、中には感謝を述べる投稿も見られた。
・幹事を経験した身からすれば本当に面倒ですし、ポイントがたまるくらいで「ずるい」という感情にはなりません。割に合っていません。
・ポイントでは報われないくらい幹事は大変ですし、もっと感謝の気持ちがあっても良いはずです。忘年会の幹事割引タクシーなどを作ればいいのにと思います。景品やグッズを持ち運ぶ幹事もいますし、忘年会が増えればタクシーの需要も増えるでしょう。
・幹事を経験しておくと、その大変さが身に染みて理解できるため、やってくれた方に文句を言おうとは思わなくなりますよね。そうした大変さを知るという意味でも、一度は経験してみるのも良いことです。そして、感謝を伝えましょう。
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・幹事は本当に面倒です。担当してくれた方への感謝の気持ちは大切ですよね。
つまり、広告が前提としていた「幹事は得をしている」という認識自体が、実態にそぐわない表現だったのだ。SNS上の声を見る限りは、実際に「ポイント目当てで幹事をやる」という人は極めてまれであり、多くの場合は持ち回りで押し付けられるか、断りきれずに引き受けているといえそうだ。
●広告の出稿や掲示において重要になりそうなこと
S.RIDEは、LiDARやイメージセンサーを用いた自動運転用学習データの取得、ベクトルグループとの連携による新しいアドテクノロジーの開発など、さまざまな視点で事業を展開している。タクシーの空車時間を活用した車窓メディア「Canvas」では、「東京の街をギャラリーに変える」というコンセプトを掲げ、都市の景観に新たな価値を付加しようと試みている。
しかし、どれほど高度なデータ分析やテクノロジーを持っていたとしても、大変な思いをしている人の感情を読み違えれば、広告を見た人やサービス利用者からの信頼を失うことになる。ゆえに、今回の「屋外広告」における失敗が招いた代償は大きいといえる。加えて、炎上したタイミングが忘年会シーズンという最も需要が高まる時期だったこともダメージとなった。タクシー配車サービスの主要顧客であるビジネスパーソンの心情を逆なでしてしまったためだ。
S.RIDEは、今後、広告表現の確認体制を見直すとしているが、単なるチェック体制の強化だけでなく、ユーザーのインサイト(深層心理)をどれだけ正確に把握できるかが重要になりそうだ。忘年会シーズンの夜、タクシーを呼ぶ手元のアプリを選ぶ際、ユーザーの脳裏には「あの広告」への不快感が少なからず残ることになるだろう。
配車サービスや技術でユーザーの心をつかむ一方で、彼らの心情に対する感性も磨かなければならない。S.RIDEが今後、どのような広告を出稿し、展開していくのか見物だ。
●おことわり
SNS上の意見は、文脈の変わらない範囲で体裁を整えています。
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