
米Micron Technologyが12月3日(現地時間)、消費者向けの事業部門であるCrucialブランドの事業廃止をアナウンスした話はすでにITmedia NEWSでも報じている通りだ。背景にあるのは11月に入り、突然に発生した先端プロセスを利用するDRAMの品不足である。
このDRAMの品不足に関して、製造業向けの専門媒体「TechFactory」及びエレクトロニクス業界誌「EE Times Japan」(どちらも内容は同一)で簡単な考察を既に示しているが、業界向け記事ということでいくつか説明をすっ飛ばしているところがあるので、もう少し分かりやすく紹介したい。
●原因は長期契約における“狼狽買い”?
「この状況がなぜ起こったのか」というと、筆者は基本的に、DRAMの長期的な取引形態におけるPanic Buy、つまり“狼狽買い”が原因と考えている。
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まず大前提として、DRAMベンダーにおける製品の作り方を簡単に説明したい。以下の画像は、2025年2月に行われたMicronの1γnmプロセスに関する説明会で示されたロードマップだ。最近DRAMベンダーはプロセスを示すのに数字ではなく記号を使うようになっている。
Micronの場合、17年中旬に「1xnm」、18年後半に「1ynm」、19年末に「1znm」という具合に少しづつ微細化を進めている。25年2月時点では「1αnm」を経て「1βnmプロセス」がメインだが、ロードマップはこれに続く「1γnm」プロセスのサンプル出荷も開始した、という話である。
このDRAMの技術そのものは、Micronが提供している全てのDRAM製品(DDR4/5、LPDDR5/5X/6、HBM2/2e/3/3e/4、GDDR6/7)で共通しているが、あくまで技術が共通しているだけで製品としてはそれぞれ異なる訳だ。
というのはDDRとLPDDR、HBM、GDDRでは動作周波数も電圧もI/Fも内部のセルの構成(セルそのものは同じだが、そのセルがどういう形でI/Fからアクセスできるかという部分が異なる)も違うので、作り分けが必要になる。
Micronは自社で複数のFab(製造拠点)を保有しているが、DRAMに関しては米アイダホ州ボイズのFab 4(R&D)と台湾桃園市のFab 11、Fab A3、広島のFab 15、台湾台中市のFab 16がある。この中で1γnmプロセスに必要なEUV(極端紫外線露光装置)を導入しているのはFab A3だけ。実際1γnmプロセスのサンプル品の生産は桃園市のFab A3と広島のFab 15の協業(EUVを使う処理はFab A3で実施し、それ以外はFab 15で実施)という話だった。
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もちろんこれはサンプル品だからこんな悠長な処理が取れる訳であって、量産には向かないのだが、これはこの際置いておく。現実問題としてMicronのDRAMの生産はほぼ米国外で行われており、これを米国内に戻すべく25年6月に米国内に合計2000億ドルを投資して製造設備を新設する計画を発表している。
話を戻すと、このFab 11/15/16/A3の全てで先端(1βnm)プロセスが使える訳でもないので、先端プロセスのラインは製品群での奪い合いになる。これはMicronだけでなくどこのメモリメーカーも同じで、例えば生産量の20%をHBM、50%をDRAM、30%をLPDDRといった具合に作り分けることになる。
こう書くと簡単そうに見えるが、ラインに流す製品を切り替えるのに相応の時間がかかるので、なるべく切り替えを減らせるようにする必要がある。加えて、需要が発生してから生産能力を増強しても数カ月単位のラグが生まれるので、メモリメーカーは慎重に需要を先読みして生産計画を決めることになる。
●「Contract」と「Spot」、2つの取引形態
この生産計画に大きな影響を与えるのが、「Contract」と「Spot」という2つの取引形態だ。Contractというのはメモリベンダーと顧客(サーバやスマートフォン、グラフィックボードなどのベンダー)との間で、提供期間と数量、価格を事前交渉の上で決める。通常は1四半期〜1年位の期間の間、毎月一定量を定められた価格で納入するという形だ。実のところサーバ用メモリやLPDDR、GDDR/HBMなどほとんどのメモリは、例外はあるもののほぼこのContractの形態で取引される。
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理由は簡単で、これらを必要とするユーザーは一般の消費者では無いからだ。例えばHBMであれば、現在はAIチップないしサーバ向けGPUに実装される形で出荷されるので、各メーカーは自社の製品計画に基づいてメモリメーカーにHBMを発注し、組み立て工場(OSAT:Outsourced Semiconductor Assembly and Testと呼ばれる半導体の後工程を担う企業のFab)に納入してもらってチップを完成させる。
これはスマートフォン向けのLPDDRやコンシューマー向けのグラフィックボードでも同じだ。このContractは、メモリメーカーにとっては発注量が確定するので生産計画を立てやすいというメリットがある。DDRについても、サーバあるいはメーカー製PCなどの生産量が確定しているものは、Contractの形でメモリメーカーから直接仕入れるのが一般的だ。
もう1つがSpotだ。即時取引と言えば分かりやすいだろうか? メーカーとは別に、商社や代理店などによって形成されるDRAMマーケットというものが存在する。メーカーはここに、Contractによらない製品(例えば生産の関係で作りすぎてしまったもの)や、場合によっては正常に動作はするがテストに落ちたもの、相性の問題などでそもそも正常に動作しないものを非常に安い値段で卸す事がある。不良品として捨てるより、わずかでも売り上げにつながれば有難いからだ。
秋葉原の店頭で並んでいるDRAMは、このSpotマーケットで流れているものが非常に多い。もちろんメモリメーカーによっては、製造工程側の都合である程度このSpotに流すことを前提に生産する場合もある。
また、Contractは最初に金額を決めての取引になるので、市場でDRAM価格が高騰してもメモリメーカーにはうま味が無い。ところがSpotだと即時取引なのでDRAM価格の高騰に応じて売上が伸びる。逆に下落時は売り上げが下がる訳だが。
現状発生しているのは、Spot価格の高騰だ。下記は「DRAMExchange」という、DRAMの価格を追跡している情報サイトの12月10日付のデータだ。
右側を見るとDDR5の8GB SO-DIMMのContract価格は平均33.50ドルほど。8GBのSO-DIMMは、16GbitのDDR5チップ×4で構成できる訳だが、そのDDR5 16Gbitチップの単価は左側を見ると26.267ドル。つまりSpot市場でDDR5チップを仕入れて8GB SO-DIMMを構成しようとするとDDR5チップの価格だけで105ドルを超えるわけだ。このSpot市場の高騰が、11月に入って突如発生したメモリの品薄・高騰の直接的な要因である。
ではなぜSpot市場が価格高騰しているかといえば、恐らくContract市場に異常が発生しているからだ。具体的に言えば、恐らくメモリメーカーに対してDDR5チップの生産能力を超える量のContractの要求が殺到。当然全部の要求は受け入れられないので、一部契約に関しては納期の遅延が発生する。
するとどうなるかと言えば、もちろん遅延した納期を待ってなんぞいられないので、Spot市場でDDR5チップをあさるしかない。先ほども説明したがSpot市場といっても品質は玉石混交である。ただメモリメーカーが生産調整などの都合で放出する分についていえば、品質はContractのものと変わらないから、代理店やその上流のDRAM商社などから直接そうしたものを(恐らく多少のプレミアを付けて)買いあさらざるを得ない。こうなるとSpot市場でDDR5が更に高騰するのは避けられない。
ではなぜContract市場に異常が起きたのか? あるいは、なぜサーバメーカーその他はContractを通常より増やさざるを得ないのか? という話になるが、筆者は基本的にはPanic Buy、つまり“狼狽買い”と考えている。
コロナの時のマスク不足を思い出していただければ分かりやすい。EE Times/TechFactoryの記事執筆時点では「Panic Buyのきっかけは何か?」は不明だったので、例としてGPUメーカーがちょっとだけ増産を仄めかし、それにサーバメーカーが過剰反応を示したというシナリオを提示した。ただ、原稿執筆後に伝わってきた話では韓国Samsung及び韓国SK Hynixが米OpenAIと結んだ契約がきっかけではないか?というシナリオが現在は有力視されている。
●「OpenAI買い占め説」の妥当性は?
このシナリオは米メディア「Moore's Law Is Dead」による11月24日の記事で語られている。シナリオそのものは当該サイトを見て頂くのが良いのでここでは割愛するが、契約では将来的に両社合わせて月当たり90万枚のDRAMウェハをOpenAIに納入することになるという。これはおおむね「現在の」DRAM生産能力の40%に相当する。これにより、Panic Buyが11月から始まった、というのもちょっと不思議な話ではあるが、あえてこれが正しいとするとこんな具合だ。
1. 今回の契約により、Samsung及びSK Hynixは自社のDRAM製造ラインの中で、HBM向けの割り当てを増やすことを検討せざるをえなくなった。これは当然その他(DDR/GDDR/LPDDR)の割り当てに影響を及ぼすことになる。韓国の韓経ドットコムは11月21日の記事で、SK Hynixが26年にはDRAM生産量を現在の8倍に増やす計画であると報じたが、これが間に合うとしてもしばらくの間はDRAM供給が足りない可能性は否定できない。
2. 結果として、SK Hynix及びSamsung相手のContractは今後は良くて納期遅延、下手をすると契約キャンセルすら視野に入る事を考慮する必要性が出てくる。こうなると代替策はMicronとContractを結ぶしかなく、今度はMicronのContractがオーバーキャパシティーになって、やはり破綻する。
3. こうなると、大口契約を結んでいる顧客はともかく小口の顧客に対してはどうしてもContractが結べなくなる、もしくは納期が長くなる・納入量が減るといった対応になるのは避けられない。ではそうした小口の顧客はどうするか?というと、Spotマーケットで買いあさるしかない。
(1)→(2)への移行に1カ月ほど掛かった結果が11月に突然発生したメモリ高騰と品不足、という風に考えれば納得できなくもない。ただ、実は若干このシナリオにも違和感はある。
そもそも、OpenAIが必要とするのはHBMなのは明白だ。用途は同社が進めているStargateプロジェクトと、10月に発表された米AMDとの6GW級データセンター分の契約向けと考えられる。またOpenAIは現在自前でAIプロセッサを開発する事を発表しているが、恐らく27年以降の投入になるだろうから、25〜26年分についてはAMD及び米NVIDIAのGPU向けの分を自前で確保したという事だ。
つまりこれまでAMDやNVIDIAがSamsung/SK HynixとContractを結んで調達していたHBM3e/HBM4が、OpenAI納入分に関して言えばOpenAI経由で提供されるという話になるので、新規に需要が発生する訳ではない。AMD/NVIDIAのGPUのOpenAI以外への供給は、HBM不足で遅れる可能性は存在するが、そもそもAMD/NVIDIA共にボトルネックはHBMよりもGPUのチップそのものであって、こちらはTSMCの供給能力が限界だから、実はHBM不足が起きる可能性は低いと思われる。
もう1つは、AI向けは本来HBMだけで他のメモリは不足する可能性は低い点だ。DDR5はまだしもLPDDRまで不足するとなると、これはもう正常な市場原理ではなく、Panic Buyの可能性が非常に高い。
その辺りを鑑みると、ありそうなシナリオは「メモリトップ2社がHBMに傾斜生産を掛けた場合、自社分を調達できなくなる可能性がある」と感じたサーバメーカーなどが、DDR5のContractを本来の必要分より多めに発注。これはGPUメーカーのGDDR、スマートフォンメーカーのLPDDRなども同じで、結果各メーカーへのContractの要求が生産量を超え、今回の事態につながったというあたりが妥当かもしれない。
●なぜCrucialは休止でなく終了になったのか
ここで冒頭のCrucialの話に戻る。MicronはCrucialブランドを29年に渡って維持してきた。Micronの中でCrucialブランドは「MCBU」(Mobile and Client Business Unit)という部門の管轄となる。MCBUの売上にはCrucial以外にスマートフォン向けのメモリやFlashも含まれているから、MCBUの売上>Crucialブランドの売上になるわけだが、MCBUの25年度(〜25年8月28日)の売上は118億5900万ドルで、Micronの売上の32%ほどを占める。
24年度に比べると2%程の増加で、成長率そのものはそれほど大きくないが、金額としては無視できない比率だ。何より25年度の決算報告書を見る限り、Crucialブランドを廃止する話はかけらも無く、つまり9月から現在までの間に急転直下で廃止が決まったとみられる。
理由として考えられるのは、Contractが積みあがってしまい、Crucial向けに生産能力を割く余地が無くなり、しかもそれが短期的に解決するめどが立たないから──という事情だろう。
CrucialはMicronの品質を保った消費者向けブランドという位置付けなので、先に出てきたSpot向けの低品質品などを充てる訳にはいかない。ただし社内ブランドのため、そうそう過大な利益を載せるのも難しい。
ところがContractが殺到している現在では、契約条件は限りなくSpotに近い相場まで高騰している可能性が高い。つまりビジネス的にはCrucial向けを犠牲にしてでもContract向けを優先する方がもうけがでる。そして恐らく最低でも1年程度はこの状況が続くと判断したのだろう。
最近ではSSDやHDDまで高騰しているが、これはもうHBMも何も関係ない、完全なるPanic Buyである。逆にそうした状況が続いている限りは、Crucialブランドそのものを維持するのが困難である、と判断したと想像される。
●落ち着くのは2027年以降?
この状況がいつ終わるかというと、筆者の予想は2027年以降である。なぜかというと、恐らくContractの期間が1年程度が多い(もっと長いかもしれない)と考えられるからだ。
1四半期程度だったら、Crucialブランドを一時的に休眠状態にするという選択肢もあった。そうしなかったのは、つまり1四半期では収まらないくらい長期化すると予測したためと思われる。そのためメモリメーカーは、今後1年はContractを優先する形でDRAMを供給するだろう。DDR5については、消費者向けのUnbuffered DIMMではなく、サーバ向けのRegistered ECC DIMMの形での供給がメインとなると想像される。
ところが、実際にはDDR5をそこまで使うほどの実需は存在しない。結果、26年に入ると各メーカーにはRegistered ECC DIMMの在庫が次第に積みあがり始めるだろう。何年か積んでおけばそのうち消費しきるかもしれないが、上場企業ではそうした不良在庫を抱え続けるのは許されにくい。
恐らくは26年の決算くらいのタイミングで、損切りの形でそうした在庫を市場に放出を始めるだろう。ただ厄介なのは、放出されるのはサーバ向けのRegistered ECC DIMMということで、通常のPCでは利用ができない。恐らく現在のContract期間が過ぎたあたりでメモリメーカーの生産量の分配比率が改めて見直され、そこから潤沢にDDR5のSpot市場への供給が始まるだろうが、ただそれが市場に届くのは27年になってからと思われる。
コロナのマスク騒動をもう一度思い出してほしいのだが、結局Panic Buyが収まったのは市場に潤沢にマスクが出回るようになったからだ。あと1年はその状況になりそうにない、というのが現在のDRAMの状況であり、Crucialもこの流れに巻き込まれることになってしまったのは不幸としか言いようがない。27年あたりにまた復活してほしいものだが、果たしてどうだろう?
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