
筆者が画像の「真正性」という言葉を初めて知ったのは、2023年のことだった。当時は生成AIが登場したことで、写真の信ぴょう性が疑われる事態となったことから、本当にカメラで撮影されたという証明や、逆にAIで作成したという証明機能が注目された。
【写真を見る】世界で初めて動画の真正情報に対応したソニーのカメラ(計5枚)
記事執筆時にはまだ対応カメラがなかったので、「Photoshop」でコンテンツ認証情報をつけて動作を検証したが、現在はソニー、ニコン、独Leicaから対応カメラが出ている。
当時は生成AIによる動画はまだ未成熟で、生成時間も短く、よく見ると足が3本あったりするようなレベルだったので、動画の真正性についてはまだ先の話であった。
しかし今年になって生成AIの動画対応が急速に進み、ほとんど実写と見分けが付かないレベルとなっているのは皆さんもご承知の通りである。25年9月に蘭アムステルダムで開催された国際放送コンベンション「IBC 2025」では、「動画の真正性」が大きく注目された。
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放送向けカメラを多数手掛けるソニーでは、25年9月に世界で初めて動画の真正情報を付加できるカメラ、「PXW-Z300」を発売した。また10月末には、「α1 II」「α9 III 」「FX3」「FX30」での対応を追加、また「α1」「α7R V」「α7 IV」「α7S III」での対応予定計画を発表した。
11月に開催された「Inter BEE 2025」のソニーブースでも、報道ソリューションの一環としてこの真正性の対応は大きくフィーチャーされていた。今回は、カメラから放送制作ソリューションを手掛けるソニーと、編集ソリューションを手掛ける米Adobeの2社に取材した。動画における真正性はどう動くのかについてまとめてみたい。
●カメラから伝送までの真正性
まず真正性に関わる用語を整理したい。以前からAdobeの取材でたびたび出てきている「コンテンツクレデンシャル」(Content Credentials)とは、Adobeが具体的に実装している機能の名称である。
一方「CAI」(Content Authenticity Initiative)は、Adobeを中心に立ちあがったイニシアチブで、真正情報の普及や研究、業界連携を行うための団体である。
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「C2PA」(Coalition for Content Provenance and Authenticity)は、その真正情報の技術仕様を策定する団体である。ソニーはC2PAのメンバーとして技術仕様策定に寄与しているが、CAIのメンバーではない。
よってこの関係をまとめると、C2PAが策定した規格をCAIが普及させ、それが具体的に実装された形がAdobeのコンテンツクレデンシャル機能、という関係になる。
では真正性を表す情報をなんと呼ぶのが妥当か、という事になるが、上記の関係を考えると、「C2PA情報」と呼ぶのが妥当であろう。ただ真正情報のプロモーションを担当するのがCAIなので、活動の表に出てくる名前はCAIになる。よって「CAI情報」と呼ばれるケースもある。
まず情報のスタート地点となるカメラだが、カメラ内にC2PA用証明書をロードする機能がある。つまりC2PA用証明書は、カメラメーカーからライセンスを購入して、カメラ内に取り込む必要がある。ライセンス期間は1年間に設定されている。
現時点で真正性情報の埋め込みに対応しているのは、「MP4」に限られる。ここのヘッダや各フレームに情報が埋め込まれ、途中でファイルを切っても情報が残る仕組みになっている。実はこれがかなり重い処理になるので、カメラ内には専用処理回路が必要になる。よってある程度新しいアーキテクチャのカメラなら対応できるが、古いカメラはファームアップで対応できるとは限らない。
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ソニーが推進する「XAVC」はラッパーなので、内部のMP4に真正情報を入れることは、技術的には可能である。また業界内でよく使用される「MXF」については、現在対応を検討中であるという。
記録したファイルをそのまま持ち帰るだけなら、真正情報はそのままファイルにくっついた状態なので何も問題はない。課題は、現場からプロキシをストリーミング伝送する際にどうするかである。
ライブストリーミングでは真正情報が欠落する可能性もあるので、ソニーでは以前から紹介している「ニアライブ」の技術を使って処理する。
これは動画を30秒ごとに区切ってファイル化したのち転送するチャンク転送方式で、受け側のサーバでどんどん送られてくるファイルをグローイングファイルとして組み上げる。このように30秒単位でいったんファイルを閉じることで、真正情報を付加しようというわけである。
この伝送のため…だけではないだろうが、ソニーではLiveUと協業して、真正情報を付けたチャンク転送が可能な「LiveU TX1」を開発した。
ただ、その先にまだ課題がある。30秒チャンクを結合して1本のファイルにすることは「改変」に該当するので、元の証明書がそのまま使えず、再証明の必要がある。よってグローイングファイルに再証明書を付加したいわけだが、これはチャンクファイルが全部そろって、全体としてファイルが閉じてからでなければ、再証明ができない。つまり成長している途中では付けられないのだ。
グローイングファイルは、まだ転送が続いていても先の方から編集していけるのがメリットなので、全部そろって真正情報が付くまで待っていたら、そのメリットがなくなる。このため、現時点では30秒チャンクファイルを直接編集ソフトのタイムラインに並べていくという方法で解決するしかないのが現状だ。
ただこれではグローイングファイルの良さも何もないので、現在はグローイングファイルの真正性をどうするべきか、検討が続けられている。
ここまでの話は、プロキシのMP4ファイルの話だ。それと連動するハイレゾのMXFなどのファイルについては、上記のように対応検討中なので、プロキシからハイレゾに差し替えたときの真正性については、まだ証明ができていないというのが現状のステータスである。
●編集時の真正性
動画コンテンツでは、取材した映像を編集するのが常である。では真正情報が付加されたファイルの、編集ソフト側での扱いはどうなるのか。25年10月に米ロサンゼルスで開催された「Adobe MAX 2025」の機会に、AdobeのCAI担当シニアディレクターAndy Parsons氏に、「Adobe Premiere」での動作のお話を伺った。
ソニー「PXW-Z300」とAdobe Premiereの最新βバージョンでサポートする真正情報は、C2PA仕様2.2というものである。
Premiereの現在の実装では、真正情報を含んだファイルは、インスペクタ情報を参照すると確認できるようになっている。ただ、編集時にいちいちインスペクタを開いて確認するわけにもいかないので、次のバージョンではタイムラインにクリップを並べた際に、真正情報アリを示すアイコンが表示されるようになるという。
真正情報があるクリップを分割すると、それぞれに対して真正情報が継承される。これはC2PAのファイル仕様として勝手にそうなるのではなく、現時点ではそうした動きをPremiereがサポートするから実現できる機能だ。
C2PAでは将来的に「Regions of Interest」という機能を準備している。これはタイムコード領域に真正情報を付加するものだ。つまり全体は1つのクリップだが、その中でAIを使っているパートや実際にカメラで撮影されたパートが区別できるようになる。そしてこれを分割すると、片方にはAIパートが含まれるが、もう片方には含まれない、といった判断もできるようになる。
一方で編集の際には、当然真正情報のない動画も使用することになる。これは真正情報がないから悪いということではなく、単に情報がないというだけで、それが別の方法で信用に足ると判断できれば使われることになる。タイムライン上では、真正情報のありなしが区別できるようになる。
では編集後の最終出力はどうなるのか。完成したコンテンツ全体に対して、真正性を示す情報を付加するのは当然である。一方で、各編集素材に付けられた真正情報はどうなるのか。
現時点では、全部の情報を残すこともできるし、残さないこともできるという仕様になっている。また全部の情報を残した場合でも、誰がそれを確認するかによって、フィルタリングしたり、要約したりするという運用が想定されている。
例えばどのカットを何というカメラマンが何というカメラで撮影したのかといった情報は、局内の人間にとっては重要だが、コンテンツを見る視聴者にとっては不要だろう。ただ現時点でのPremiereは、そうした見せ方の調整といった細かい機能は実装されていない。
最終的に視聴者が見ることになるストリーミングフォーマットとしては、「HLS」と「DASH」の2つがある。これらはファイルヘッダに情報の詳細が記されるとともに、2秒ごとに署名データが記録されている。
これらのフォーマットをC2PA対応プレーヤーで再生すると、2秒ごとにリアルタイムで検証され、スクラブバーのところに真正情報の有無がアイコンで表示される。真正情報があるところは青く、何か改変されたところは赤くといった色分けもされるようになる。また最近の議論では、ライブストリーミングに対する情報付加のチームが活性化しており、次期バージョンには何らかの機能が載ることが期待されている。
●動画の真正情報は何を証明するのか
ここまでご紹介したように、動画の真正性についてはまだようやく対応機器と編集ソフトが出たというだけで、全体のワークフローとしてはまだ動いていない。ただ、新しい映像はどんどん撮影されるわけで、撮影においては今のうちから真正情報を付加した素材を作っておくということは、重要である。
なぜならば、真正情報をあとから付与することは妥当なのか、という問題が解決していないからだ。例えば放送局がライブラリとして保有している過去の番組やアーカイブ映像には、真正情報がない。過去の映像における真正性は、誰が保証できるのか。放送局が認めたらそれで真正なのか、という疑問が当然ある。それなら今からでも、カメラメーカー発行の真正情報を付けておくべきだ。今撮った映像が、将来のアーカイブ映像になるからだ。
前段でソニーが発行する証明書の有償ライセンスの話をした。C2PAはロイヤルティーフリーなのではないか、と思われるかもしれないが、不要なのは技術実装のロイヤルティーであり、証明書はまた別、ということである。ライセンス発行は言わば「信頼を貸す」という行為になるため、無料というわけにはいかないだろう。
加えて誰になら証明書を発行できるのか、発行者による一定の審査もあるべきだ。さらに証明書のライセンスはいくらが妥当なのか、また発行するのは誰であるべきなのか、メーカーなのか放送局なのか制作会社なのかカメラマンなのかについては、まだ議論の余地が残されている。
基本的に真正情報は、映像制作のどのステップでも確認できる必要がある。つまりディレクターがプレビューする際にも、編集者が編集する時にも、ミキサーが音声処理する時にも確認できるべきだ。現時点ではまだ、クラウド側の対応も含め、全てのツールで対応が実現されているわけではない。
現在動画の真正情報に対応している編集ツールは、Adobe Premiereのほか、ノルウェーで開発されているiOS向けの編集ツール「CuttingRoom Reporter」の2つだけのようだ。
先日のInter BEEの際に、豪Blackmagic Designの「DaVinci Resolve」の開発者に、真正情報の対応状況を質問した。現時点では必要な書類へのサインは終わって、今後どのように実装するかの検討に入るところということであった。もしかしたら次のバージョン21になるかもしれないが、26年4月には米国でNABショーが開催されるので、その時には何か進展が聞けるかもしれない。
コンテンツを見る視聴者側としては、「Netflix」や「YouTube」などは前述のHLSとDASHの対応プレイヤーが登場することで、真正情報が確認できるようになるだろう。これはアプリやWebブラウザ上のプレーヤーの対応もさることながら、スマートテレビやプロジェクタといったハードウェア側でも実装される可能性がある。
一方で、テレビ放送が真正情報に対応するのかは、正直まだ分からない。そもそも放送波に情報を乗せることができるのか。またチューナー側が対応しない限り情報が解析できないのではないか。テレビを買い替えればできるという話になるのか。あるいはテレビの電波に乗っているものは全て信用できるのだから不要である、という主張もあり得るだろう。
以下のところに、英BBCがIBC2025向けに作成した、真正情報がどのように検証されるのかのデモ映像がある。
この映像では、合成のためにAIを使った場合にはAI動画であるという表示に変わる様子が見て取れる。背景もキャラクターもAIに変わってしまったらそれはAI動画だが、手前は実際の人物で、背景のバーチャルセットがAI画像であったら、それは実写なのかAIなのか。というかその場合、真正性で証明しようとするのは何なのか。その判断を放送局がやったとしても、放送局はわれわれが信頼できる機関なのか。
視聴者に対して、真正情報を使って何が証明できればいいのかについては、まだだいぶ流動的なように思える。一方で、制作ワークフロー内では、真正情報が確認できることは重要だ。AI生成動画だと知らずに本物だとしてニュースで報道してしまうと、大変なことになるからだ。
動画の真正性は、報道機関がAIではなく実写であることを証明したいというところからスタートしているわけだが、実際には報道機関が素材の真正性を確認するというところが、最重要ポイントなのではないかと思われる。
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