「老いるとは、今を楽しむ特権を得ること」若者には不可能な老後の“幸せな生き方”とは

0

2025年12月22日 09:00  日刊SPA!

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

日刊SPA!

※画像はイメージです(以下同)
「老いること」を過剰にマイナスに捉えていないだろうか。体力は落ち、できないことも増えていく…。
 そんな常識に対し、生物学者・池田清彦氏は『「老いる」とは、「今」を楽しむ特権を得ることだ』と異を唱える。

 どうすれば幸せに老いていくことができるのか? その本質を教えてもらった。

※本記事は、池田清彦氏著『老いと死の流儀』(扶桑社新書)をもとに再構成したものです

◆「老いる」とは「今」を楽しむ特権を得ること

 若いころと同じではない体と、できる範囲の対処をしつつうまく折り合いをつけながら付き合っていく。そして、社会が強いてくる老いのプレッシャーは、適当に受け流す。

 これが、幸せに老いるための基本姿勢だと私は思っています。

 そして、私が考えるもう一つの大事な心がけは、「先のことはあまり考えず、今を楽しんで生きる」ということです。

 考えてもみてください。ある程度の年齢になって、未来が楽しみだという人はあまりいないんじゃないでしょうか?

 年を取ると「孫の成長だけが楽しみ」という言葉が口癖になる人が多いのも、自分自身の10年後、20年後が待ちきれない、という人なんていないからです。

 肉体的な側面から言えば、今より老いていることは確実ですし、死んでいる可能性だってあるのですから、言ってみればお先は真っ暗なんですよ。

 だから私は先のことはあまり考えません。死ぬのは別に怖くはないですが、楽しくもないことをわざわざ考える必要はないからです。

◆未来を憂うメリットがあるのは若者だけ

 先のことを考えない、というのは、当然リスクもあります。

 たとえば若い人たちが、今が楽しければいいやと思って遊んでばかりいれば、進学や就職に支障が出るかもしれないし、その先の人生でも苦労することになるかもしれません。

 だから、先が長い人ほど、未来のことを考える必要はあるし、時には「今」を犠牲にしなければならないこともあります。

 もちろん、そんなことは気にせずに好きに生きたって別にいいのですが、そのぶんリスクを背負うことになるのは覚悟しなければならないでしょう。

 けれども年を取ってからの未来のリスクなんてせいぜい死ぬことくらいしかありませんし、それはどうあがいたって絶対に避けられない、確実に訪れるリスクです。だからあれこれ心配したって仕方がありません。

 つまり、未来を心配することにメリットがあるのは若い人だけで、嫌なことや意に沿わないことをやらざるを得なかったり、我慢したり、努力したりするのは、その先に長い未来があるからこそなのです。

 逆に言えば、リスクを無視して「今を楽しく過ごす」ことができるのは、年を重ねたからこそ得られる特権でもあるんですよ。

◆老後にする勉強がいちばん楽しい

「明日も楽しければいいな」くらいのことは考えるにしても、あんまり先のことは気にしないで、今、やりたいと思うことを自由にやる。

 そんなふうに過ごす毎日が楽しくないはずがありません。だから、老いた毎日だってなかなか捨てたもんじゃないですよ。

 私がいちばん多くの時間を割いている楽しみは、まあ言ってみれば「勉強」です。

 本とか雑誌はもちろんのこと、ネット記事やSNSなども、日々片っ端から読んでいて、そこで「これは面白いな」と気になったことは、もっと詳しく調べたりします。

 もっともSNSは、正しい情報とあり得ないくらい間違っている情報が入り交じっていますから、そこは注意が必要なのですが、そんなことをしているうちに、また別の面白そうなことに出合うので、こういう勉強には終わりがありません。

 最近面白かったのはメチル化(※)が老化と関係しているという文脈で、成長ホルモンと抗糖尿病薬を同時に投与すると胸腺が若返るという研究ですね。生物学的年齢が2.5年若返ったというデータにはびっくりしました。

※メチル化とは、DNAの特定部位に「メチル基」という小さな化学物質が付加される現象。通常は遺伝子にメチル化が生じると、遺伝子は機能しなくなる。

◆老いたからこそ知的好奇心の赴くままに勉強できる

 もちろん私の場合は、本とかメールマガジンを書くためのネタ探し的な意味合いもありますが、それがないとしても、勉強はやめないと思います。知らなかったことを知って、自分の世界が広がっていくのは、本当に楽しいですからね。

 勉強というのは本来そういうものなのですが、若いうちはなかなかそんな余裕が持てません。

 テストでいい点数を取るためだとか、受験のためだとか、いい就職をするため、昇進するため、あるいは誰かと話を合わせるためなど、とにかく何かしらの目的のためにしなければならないものになりがちです。

 そのせいで面倒くさくて嫌なものだという印象しか残っていない人も多く、そういう人は「今さら勉強なんて」と考えることでしょう。

 でも、年を取ってからの勉強は、それをどう生かすかなんてことは考えず、純粋に知りたいことを好きに学べばいいだけです。だからこそ楽しいのです。目的なく学ぶことほど楽しいことはありません。

 知識を増やすことや、興味のあることについて詳しくなっていくこと自体を純粋に楽しめるのが、年を取ってからする勉強の最大の利点なんですよ。

◆考え続けていれば新しい発見が必ずある

 いろいろなことを調べたり勉強したりして、日々頭を使っていると、いわゆる「思考実験」のようなことも無意識にできるようになります。

 思考実験というのは、単に空想を楽しむ遊びなどではありません。頭の中で「もしこうだったら?」とシナリオを自由につくり、それを突き詰めていくことです。

 シナリオの設定は完全に自由なので、現実にはあり得ないような状況をあえて想定してみることもできます。

 「もし人間が眠らなくても生きていけるとしたら社会はどう変わるか?」とか、「もしお金という仕組みが存在しなかったら、働くことの意味はどうなるか?」といった、極端な問いを立ててみたっていいんですよ。

 そして、そこから本質的な気づきや発見にたどり着くことは、決して珍しくありません。

 実際、歴史を振り返ると、世紀の大発見の裏側には必ずと言っていいほど思考実験がありました。

 ガリレオは「もし摩擦がまったくない場所で物体を転がしたらどうなるか?」と頭の中で考えることで慣性の法則に近づき、ニュートンも「もし水平に充分遠くに石を投げれば、地球の周りを回るのではないか」と想像することで万有引力の発想に至ったと伝えられています。

 アインシュタインも、若いころに「もし光に限りなく近い速さで走る電車に乗ったら世界はどう見えるだろう?」と考え続けたことが、特殊相対性理論というそれまでの常識を覆す科学的大発見につながったのです。

 つまり、思考実験というのは単なる空想遊びなどではありません。当たり前だと思い込んでいた前提を揺さぶることで、本質を掘り当てるための強力な手段でもあるのです。

◆思考を止めるから日常が色褪せてしまう

 私自身、少し前までは「南海トラフ地震が現実に起こったあとの日本はどうなるのか?」について考え続け、そこから見えてきた対策を本にまとめたばかりなのですが、ここ数か月は「人はなぜ働かなくてもいいのか?」という新たな問いについて、あれこれ考え続けています。

 誰もが当たり前に「働かなくてはならない」と思い込んでいますが、あえて「働かなくてもいい」と仮定して考えてみると、いろいろな矛盾や社会の本質が浮かび上がってきて、働くというのは要するに誰かにピンハネされることだというのが見えてきました。

 そこから「働く必要なんかない」という結論に至りました。それに関しては改めて本にまとめるつもりなのでここではこれ以上詳しくは書きませんが、そういうふうに自由にあれこれ考えを巡らせること自体が私にはとても楽しいのです。

 考えることをやめない限り、人間は年齢にかかわらず新しい世界を発見し続けられます。

 逆に考えることをやめてしまえば、毎日は一気につまらなくなるだけでなく、今理解していることがこの世のすべてだという錯覚に陥りやすくなります。

 そうなると、自分にわからないことは最初から存在しないものとしてリジェクト(拒絶)して、未知の考え方や新しい価値観に出合う機会を自ら閉ざすようになっていきます。

 やがては、自分と違う意見や世代の感覚を受け入れられなくなり、若い人や周囲との会話もどんどんかみ合わなくなっていくでしょう。

 その結果、「最近のことはよくわからない」「理解できないから関わらない」という姿勢になり、気づかぬうちに社会からも取り残されて、孤独感を募らせることにもなりかねません。

 だからこそ、自分の頭で考えることを決して放棄してはいけません。「思考実験」などという言葉を聞くと、難しいことを考えなきゃいけないように感じるかもしれませんが、テーマはなんだっていいんですよ。

 どんな小さなことでも、くだらないと思えることでも、とにかく考え続ける、というのが大事なのです。

〈文/池田清彦〉

【池田清彦】
1947年、東京都生まれ。生物学者。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。生物学分野のほか、科学哲学、環境問題、生き方論など、幅広い分野に関する著書がある。フジテレビ系『ホンマでっか!?TV』などテレビ、新聞、雑誌などでも活躍中。著書に『世間のカラクリ』(新潮文庫)、『自粛バカ リスクゼロ症候群に罹った日本人への処方箋』(宝島社新書)、『したたかでいい加減な生き物たち』(さくら舎)、『騙されない老後 権力に迎合しない不良老人のすすめ』(扶桑社)など多数。Twitter:@IkedaKiyohiko

    アクセス数ランキング

    一覧へ

    前日のランキングへ

    ニュース設定