スマホはディズニーの”魔法”を壊すのか? 没入感を生むUXと削るUX

0

2025年12月23日 10:20  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

東京ディズニーリゾートを含む世界各地のパークで公式アプリの導入が増えている

●連載:グッドパッチとUXの話をしようか


【考察】スマホはディズニーの”魔法”を壊すのか?


「あの商品はどうして人気?」「あのブームはなぜ起きた?」その裏側にはユーザーの心を掴む仕掛けがある──。この連載では、アプリやサービスのユーザー体験(UX)を考える専門家、グッドパッチのUXデザイナーが今話題のサービスやプロダクトをUXの視点で解説。マーケティングにも生きる、UXの心得をお届けします。


 「ゲストがスマートフォンの画面を見るたびに、パークの“魔法”が壊れてしまう」――ついに、ディズニーリゾートの体験設計を担う、ウォルト・ディズニー・イマジニアリングのチーフ・クリエイティブ・オフィサーがこの旨の発言を公表しました。


 東京ディズニーリゾートを含む世界各地のパークでは、ここ数年で公式アプリやデジタルチケット、プレミアアクセス、モバイルオーダーなど、スマホを前提とした仕組みが一気に増えました。


 その結果、SNSや口コミには「事前に情報をインプットしておかないと、パークを十分に楽しめない」「情報をうまく扱える人だけが得をしている」といった声が多くみられるようになりました。


 パーク側は、待ち時間の短縮やスムーズな動線づくりなど、“体験の最大化”を目指して、スマホというテクノロジーを導入しています。ゲスト側も「限られた1日をできるだけ無駄なく楽しみたい」という思いから、攻略情報や最適ルートを追いかけるようになっているはずなのに……。


 なぜ「スマホ依存」「情報を知らないと楽しめない」という感覚が、これほどまで広がっているのでしょうか。


 今回は、東京ディズニーランド/シーでの体験を題材に、「パークを最大限楽しむ」という満足感はどうすればつくれるのかを、ユーザー体験の本質に立ち戻りながら探索していきます。


●スマホ前提になった“今のパーク体験”


 まずは、ディズニーの体験がどのように変化してきたのかを簡単に振り返ってみましょう。少し前までのディズニーリゾートでは、紙のチケットとマップが基本でした。パークに着いたらゲートでチケットを見せ、入り口でもらったマップを片手に、目の前に見えるアトラクションやショーを「その場で決めながら」回っていく。


 無料のファストパスはありましたが、対応しているアトラクションは限られており、「取りたい人が、対象のアトラクションまで走って取りに行く」ものでした。待ち時間はアトラクションの入り口付近にあるボードに表示されていました。


 ディズニーの公式アプリでチケットが購入できるようになった2018年以降も、プレゼントとしての購入や、思い出に残しておきたいという需要から紙のチケットもしばらく人気だったと記憶しています。


 つまり当時のディズニーでは、情報は「現地で目に入るもの」が中心で、プランは「なんとなく歩きながら、その場で決める」という、かなり“アナログ寄り”のUXでした。


 現在では、チケットは事前にオンライン購入し、待ち時間やショーのスケジュールは公式アプリで確認できます。ディズニー・プレミアアクセス(対象施設の体験時間や入場時刻を指定して予約できる有料サービス、以下DPA)や、スタンバイパス(時間指定の整理券)で事前にアトラクションの時間を押さえ、レストランは事前予約やモバイルオーダーが前提です。


 「スマホとアプリがなければ、パークの全体像が見えない」ほどに、デジタルが前提の設計に変わったといっても過言ではありません。結果として、ディズニーの1日は「なんとなく来て、目の前のものを楽しむ」体験から「アプリと一緒に1日の予定を“設計”する」という体験へと、静かにシフトしました。


 もちろん、これは悪い変化ばかりではありません。後述するように、スマホ前提の仕組みは「待ち時間の短縮」や「食事する席や場所を確保できない『食事難民』対策」といった意味で、時間の使い方を大きく改善しています。


 筆者が公式アプリを通じて体験したディズニーの「魔法」は、ピーターパンのアトラクションで起こりました。アトラクションのDPAを取得していたものの、システム障害によりアトラクションが運休に。本来であれば、時間指定のそのDPAは無効になるはずでした。


 ところが、スマホの中のDPAは、アプリ上で瞬時に内容が書き換えられ、「特定のアトラクション専用」から「全てのアトラクション・全ての時間帯で使える"魔法のDPA"」へと変わりました。


 乗りたかったアトラクションに乗れない……というガッカリ体験が一転しました。争奪戦で取得を諦めていたアトラクション『アナとエルサのフローズンジャーニー』のDPAとして使うことができ、むしろ「本来なら乗れなかったはずのアトラクションに乗れてしまった」という、まさに魔法のような体験へと変わったのです。


 これはDPAがアプリ内にあるからこそできる「体験のアップデート」で、残念体験が感動体験に変わった瞬間といえます。


●「全部知っていないと楽しめない」という感覚の正体


 ディズニー内でアプリが使用されるようになってから、攻略サイトやYouTubeでの解説、最新の混雑予想カレンダーのチェック、SNSで共有される「勝ちパターン」のスケジュールといった情報を事前に収集し、当日に備える人が増えました。


 高騰するチケット代やパーク内での課金に加え、遠方からの宿泊前提の来園者もいます。「できることなら、無駄なく、たくさんの楽しい体験を詰め込みたい」と最大限の楽しみを求めるのは自然なことです。


 結果的に、情報や事前準備に乗り遅れると、「人気アトラクションにほとんど乗れない」「レストランも行列続きで落ち着いて食事ができない」といった体験になりやすく、「ちゃんと調べてこなかった自分が悪い」と感じてしまう構造も同時につくられてしまいました。


 これは「情報をうまく整理して活用できる人」「情報が多すぎて処理しきれない人」の間で、体験の差が”楽しさの差”として錯覚させられているとも考えられます。


 「全部知っていないと楽しめない」というのは、情報社会特有の“感覚格差”が、テーマパークという限られた1日であったり、スマホと睨めっこする他の来園者が見えたりしてしまうことにより、分かりやすく表面化している状態ともいえます。


●「最大限楽しむ」はみんな同じ体験なのか?


 ここで重要なのは、そもそも「最大限楽しむ」という言葉の中身が、人によって全く異なるはず、ということです。例えば、同じ1日でもパーク内での過ごし方には以下のようにバリエーションがあります。


・絶叫アトラクションをできるだけ多く制覇したい学生グループ


・小さな子どもと一緒に、無理せずゆっくり回りたい家族


・パレードやショーを中心に、写真や映像を撮りたいディズニー好きカップル


・久しぶりに集まった友人と、のんびり歩きながら話す時間を大切にしたいグループ


 同じ「最大限楽しむ」でも、重要な指標が「アトラクションの数」「子どもの機嫌」「パレードの位置取り」「風景を楽しむ余白」のどれなのかによって、最適な1日の形は全く変わるはずです。これこそ「その人の、その時のシチュエーションに合わせて変わる」というユーザー体験の本質なのではないでしょうか。


 しかし、現在の公式アプリやネット上に公開されている多くの攻略情報は「できるだけ多くアトラクションに乗る」「人気アトラクションを取りこぼさない」といった“効率重視モード”に寄りがちです。


 その結果「そういう楽しみ方が合う人」にとっては心強い一方で、そこにフィットしない人にとっては「このテンションについていけない自分は、うまく楽しめていないのかもしれない」という息苦しさにつながっているのかもしれません。


 ディズニー側も、魔法を支えるテクノロジーが魔法を削るテクノロジーになっている、この“息苦しさ”に気付き始めています。冒頭で触れた、イマジニアリングのチーフ・クリエイティブ・オフィサーの「ゲストがスマホに視線を落とす瞬間、パークの魔法が途切れてしまう」という発言はこれらの問題意識から出てきたものです。


 パークは、建築や音楽、香り、光、キャストとのやりとり、たまたま目に入った風景やショーなど、「スクリーンの外側の情報」が連続している空間です。そこに「画面を更新する」「抽選結果を確認する」「空き枠を探す」といった行為が入り込むと、どうしても「目の前の世界」より「手の中の世界」を優先してしまう瞬間が増えます。


●「その人の最大限」を支えるナビゲーション


 では、この状況をどう捉え直せばいいのでしょうか。アプリの存在を前提とした現在の問題は、来園者のニーズに応じたカスタム仕様ができない、画一的な情報提供とナビゲーションが設計されてしまっていることではないかと思います。


 例えば、チケット購入のタイミングで「その日は、どんな一日にしたいですか?」という問いをアプリから投げかけられたとしたら?


 来園者はアプリ上で「できるだけ多くのアトラクションに乗りたい」「子どもと一緒に、無理なく楽しみたい」「パレードやショー、雰囲気を中心に楽しみたい」「パークをのんびり散歩するように過ごしたい」といった選択肢から当日の理想的な過ごし方を選択します。


 そして、その選択に応じて、アプリ上のおすすめ表示や優先的に案内する機能を変えていくのです。「アトラクション多め」を選んだ人には、混雑状況やパス取得のタイミング、効率的な回り方を積極的に提案する。


 「子どもと無理なく」を選んだ人には、ベビーカー置き場情報、休憩しやすいスポット、子ども向けアトラクションやショーの時間帯を中心にしたナビゲーションを用意します。「雰囲気重視」を選んだ人には、景観のいいスポット、音楽や建築の見どころ、パレードの雰囲気を楽しみやすい場所といった情報を届ける設計も考えられます。


 さらに、チケットの買い方に応じてサポートのモードを変えるのも有効かもしれません。デジタルチケットを選んだ人には、アプリでのきめ細かなナビゲーションを。窓口で紙チケットを選んだ人には、プリセットされたおすすめルート付きの紙マップ、入口や要所での分かりやすいサイン掲示、キャストによる口頭での案内といった「アナログな導線設計」を強めるなども有効でしょう。


 デジタルが得意な人だけを前提にせず、アナログ派にも、その人なりの最大限に近づく道を用意することが必要です。それは、情報の量を増やすことではなく、「その人が受け取りやすい形にまで情報を加工すること」だといえるでしょう。


●ディズニーに学ぶ、サービス設計の3つの問い


 ここまで見てきたことは、そのまま他のサービスやプロダクトにも当てはまります。例えば、ディズニーの事例から引き出せる問いを、3つに整理してみます。


1. 「最大限の価値」を、勝手に1つに決めつけていないか?


 「この機能を一番使いこなせる人」が前提になっていたり、「ヘビーユーザーの理想形」だけを基準にしていないでしょうか。ユーザーによって「最大限」の定義は異なります。


 ディズニーでいう「アトラクション数」「子どもの機嫌」「雰囲気や思い出」のように、自社のサービスでも「何を大事にする人がいるか」をあらためて棚卸ししてみる必要があるかもしれません。


2. 情報や機能の出し方が「情報疲れ」や「自己責任感」を生んでいないか?


 アプリ上にたくさんの機能を搭載することが、必ずしもユーザー体験の向上につながるとは限りません。サービスの多機能化が進むことで、特定の機能が埋もれてしまい、熟練者しか見つけられない状態になっていないか。利便性向上のための機能がサービスを必要以上に複雑にしていないか。


 ディズニーのように「攻略できる人」と「できない人」の差が、そのまま「楽しさの差」に見えてしまうと同様に、アプリを「使いこなせない自分が悪い」という自己責任感を強めてしまう可能性もあります。


3. デジタルとアナログ、どこを切り取っても“良い体験”を用意できているか?


 アプリやWebのUIだけをアップデートして、オフラインの導線を置き去りにしていないでしょうか? 個人的には、日本はまだその逆で、アナログをベースとした体験施設のWebサイトやスマホアプリの作り込まれなさに愕然(がくぜん)とすることが多いのが正直なところです。


 デジタルが苦手な人にも、アプリやスマホで効率的に情報を収集したい人にとっても「自分なりに最大限楽しめた」と思ってもらえる仕組みがあるでしょうか。


自社のサービスでも、Webと店舗、アプリとコールセンター、オンラインと営業現場といった複数の接点のどこを切り取ってもユーザーに最適な体験を提供できているかどうかが問われているのだと思います。


●魔法を壊さない「テクノロジー」の使い方


 東京ディズニーランド/シーは、テクノロジーを駆使した「巨大なサービス」として、これからも進化し続けるでしょう。スマホがその裏側を支える強力な道具であることは、きっと変わりません。ただ、その道具が前に出すぎると、「夢と魔法の国」本来の「魔法」を削ってしまうこともある――。


 繰り返しになりますが、大事なのは一人ひとりの「最大限楽しみたい」という気持ちを尊重しながら、その人、そのシチュエーションに合った「ちょうどいい情報」と「ちょうどいいナビゲーション」を届けることです。


 テーマパークに限らず、あらゆるサービスやプロダクトが、さらに多様化していく世の中と向き合いながら、UXデザインの本質であるこの考え方をどうソリューションに落とし込んでいくのか。その試行錯誤のプロセスを、これからも本連載を通じて、読者のみなさんと一緒に追いかけていきたいと思います。


●著者紹介:秋野比彩美


株式会社グッドパッチ UXデザイナー。ヤフーでUIデザイナーとしてキャリアをスタートし、トップページの事業責任者を経験した後、大手通信企業のグループ会社でUXデザイナー兼組織マネージャーとして、クオリティー管理、UXデザイナーの採用と育成に取り組む。グッドパッチにUXデザイナーとして入社し、ユーザーリサーチ領域をリード。UXデザイナーの育成やビジネスにおけるUXデザインの啓蒙にも携わっている。趣味は飼っているうさぎを愛でながら、ビールを飲むこと。



    ニュース設定