
10年来の友人である漫画研究者・トミヤマユキコさんと、電子コミック書店『めちゃコミック』(以下、『めちゃコミ』)編集者・牧野早菜生さんが、3つのテーマをもとに今年面白かった漫画、気になった漫画を語りつくす年末企画。
ミックスルーツ、SNSの友情、小さな善行、フェミニズム漫画の成熟ーー。漫画から浮かび上がってきた今年らしさとは? フェミニズム表現の現在地とは? 2人が気になる作品から読み解きます。
1つ目のテーマは「2025年らしい漫画」。いまの世の中の雰囲気や課題、人々の気持ちを、軽やかにかつ面白く描いた作品をそれぞれ選出してくださいました。SNSのなかの友情、ミックスルーツ、小さな善行ーー漫画から見えてきた今年らしいテーマとは?
―今年を代表する作品として『半分姉弟』をあげていますね。まずはこの作品からスタートできればと思います。
トミヤマユキコ(以下、トミヤマ):『半分姉弟』は、ミックスルーツを持つ若者たちの物語です。「ハーフ」という言葉をあえて使いつつ、彼ら自身や彼らを取り巻く人々のことを描いています。社会的な問題を描いているんですけど、まず、漫画としてもめちゃくちゃ面白い!
牧野早菜生(以下、牧野):普通の日常を描いているところがいいよね。ミックスルーツの友達だけで「マッドミックス怒りのデスロード」というLINEグループをつくって、ミックスゆえの日頃のモヤモヤを語っていたりとか。でもそういうモヤモヤがあったとしても、いつも真面目に話してるわけじゃなくて「マッドミックス」みたいにちょっとふざけたりもする。
トミヤマ:ユーモアによって自分の心を守っている、ということがわかる描写がリアルですごいよね。
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トミヤマ:あからさまな差別をしてる人ってじつはそんなにいなくて、悪気なく言った一言が……みたいなことは往々にしてあるよね。
藤見よいこさんみたいな方が出てきてくださると、エンタメと社会問題がうまく接続するなと思います。後続の漫画家たちも「こういうものがテーマにできるんだ」とか「こういうふうに面白く描くことができるんだ」とわかると思うので。藤見さんとは『THE BIG ISSUE JAPAN』で対談したことがあるんですけど、そのときも「若い人にいろいろ背負わせて申し訳ないけど、本当に今後も期待してます」と伝えました。
―『友達だった人』も2025年らしい作品としてあげられていますね。
トミヤマ:SNSで他者とつながることは、もはや若い人たちにとっては当たり前の日常だけど、つながった後の人生を描ける人が出てきたんだなと思うと感慨深いよね。しかも絹田みやさん、これがデビュー作ですよ。
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SNSだと非常にわかりやすく交友関係や人格の切り分けが行われるけど、実生活のなかでも分けたりするじゃないですか。この話はこの人にはできるけど、この話はできないなとか。リアルかSNSかで優劣はないし、切り分けた複数の人付き合いも等しく尊いのだということを描いていて、本当にいまっぽいと思いました。
トミヤマ:大学で学生たちの話を聞いていると、1個のSNSアカウントだけで生活している人ってほぼ存在しなくて。趣味のアカウント、大学の友達とつながる用のアカウント、そのほかにもう何個か持っているのがスタンダード。
彼らはそうやって人格を分けて、相手とうまく重なりそうなところを探りながら人付き合いをしているんですよね。逆に言うと自分の人格を丸ごと全部ぶつけるのは怖い、コストがかかりすぎると考える学生が多いみたいなんです。
ーかなり器用なことをしているなぁという印象です。
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牧野:2025年らしくてSNSでバズっていた作品で言うと、『生活マン』もそうだね。もともと『ジャンプルーキー』に掲載されていたのだけど、いまは『ジャンプ+』で作画にあやきさんを迎え入れて連載されている作品です。
牧野:主人公は仕事でも結構ミスをするし、ピザをうまくシェアできなかったとか小さなことでくよくよして眠れなくなるし、本来ヒーローには成り得ない存在――小市民をヒーロー「生活マン」として描いているのが、すごくいまっぽいなって思っていて。『路傍のフジイ〜偉大なる凡人からの便り〜』とも近しいものを感じました。
『路傍のフジイ』は主人公が派遣社員で、慎ましやかに暮らしている中年男性なんだけれど、「足るを知る」みたいな感じで、他人からの評価に振り回されずに生きてる様子に、周りが「彼みたいになりたい」って憧れるんだよね。
トミヤマ:たしかに、どちらも普通だったり平凡だったりすることの素晴らしさや豊かさを描いてる作品だね。
牧野:『生活マン』は見た目もヒーローにしちゃったのが、漫画ならではで面白いなと。
トミヤマ:頭にLIFEの「L」って書いてるんだよね(笑)。
牧野:実写だと難しそう……いや、逆に名作になるかも(笑)。
ートミヤマさんは『壇蜜』もピックアップしてくださっていますが、こちらを選ばれた理由もお聞きしたいです。どういうところが今年っぽいのかなと気になりました。
トミヤマ:これは今年っぽいというか、とにかく面白かったので入れました。というのも『アフター6ジャンクション2』の「アトロクマンガ部プレゼンツ!このマンガがすごい面白い大賞 2025!」にゲスト出演した際、みんなそれぞれ面白い漫画を持ち寄ったんですけど、『壇蜜』は誰かしら選ぶだろうと全員が考えて遠慮し合った結果、誰も選ばなかったっていうことがありまして(笑)。なのでこちらではちゃんと選出しなければと!
牧野:言ってみれば身の回りに起こってることを描いているだけの生活漫画なんだけど、めちゃくちゃ面白いよね。
トミヤマ:妻が壇蜜ってだけで、こんなに面白くなるのはもうずるいよ(笑)。
牧野:清野とおるさんは『東京都北区赤羽』をはじめとして、ちょっと変な出来事とか不思議な人を見つけては面白く描いてきたわけだけど、すべては『壇蜜』を描くためだったのでは? と思っちゃうほど(笑)。ひとつの到達点みたいな作品だと思います。
2つ目のテーマは、いまお二人が注目する「フェミニズムを描いた漫画」。現代の漫画家たちはフェミニズムをどうやって描いているのか? 何を描いているのか? 作品から見えてきた「フェミニズムの現在地と成熟」についてお話しいただきました。
牧野:『恋じゃねえから』、本当にすごい作品でした。
主人公・茜と、中学生時代に塾の先生と「恋愛」関係にあった友人・紫。彫刻家に転身した先生は、四半世紀近く経ってかつての紫の裸体写真をもとに、無許可で彫刻作品を制作して発表するんです。当時14歳だった女性の裸体を無断で公表するという暴力が許されるわけないし、そもそも対等な「恋愛」だったとも思えない。
茜と紫は作品の取り下げを求めて戦うなかで、ある行動に出るんだけど、それが本当にかっこよかった。でも、彼女たちの戦いは立場が違う人にとってはある種の暴力と捉えられてしまう。
あざなえる縄のような被害と加害、それぞれの立場を非常に丁寧に描いているーーその手腕が凄まじくて。
トミヤマ:いままでは、被害者に寄り添って、その被害にどう報いていくかを作劇する流れがあったよね。もちろん、それはそれでいまも大事なことなんだけど、やっぱり1人の人間の中にもレイヤーというものがある。
パーフェクトな人間はいないし、かといって「完璧じゃないんで」と開き直ってもしょうがないし。悪人だと言われた人が、ただ社会から放逐されればいいのかというと、そういうことでもない……。
さまざまな要素を持った人間がこの社会でどうやって共生していくべきかを、ペコさんが考えるとこうなるんだなと思って。元々複雑な人間関係を描くのが得意な作家さんじゃないですか。『1122』も大好きな作品ですけど、ああいうものを描く力量があるからこそ、この作品が生まれたんだなという気がします。
牧野:『復讐が足りない』は、『恋じゃねえから』とつながる作品だと思う。これも性加害をひとつのテーマとした話だよね。
トミヤマ:そうだね。この作品は主人公が第三者なのがいいなと思いました。性被害に関しては当事者じゃないし、何ならその被害が起こったときに自分はその部署にいなかったから、知らないふりもできなくないんだけど、自分で考えて「やっぱり加害者がおかしい」と思い行動していくところがね。
被害・加害をたまたま知ってしまった第三者としてはかなり面白い動きをしていると思う。被害者に寄り添うとか、加害者をいさめるとかとはまた違う、第3のルートを冬野さんは示したかったのかなって。
牧野:加害者に対して登場人物たちが「あいつなんて死んじゃえばいいのに」って思う描写は、フェミニズム漫画では結構あるけれど、冬野先生の場合は加害者が本当に死んでしまうっていう。そして被害者側に立っていたはずだった主人公が、加害側というかもはや犯罪者になるっていう展開がもう……。
しかもこの主人公は、ちょっと利己的に描かれているのも面白いんだよね。自分の生活がうまくいかずくすぶっているものがあって、最終的に加害者が犬を飼っているのをみて、「こんな可愛い大型犬を飼っているなんて許せない」って怒りが最高潮に達していて。最後の最後は私憤でキレている部分もある
最新話では、「よかった ちゃんと育った 嬉しい!」とかいって爽やかに大麻を育ててるんだよ。もう海外ドラマみたいな展開になってきてるのが本当に面白い(笑)。
トミヤマ:冬野先生は日常のあるあるとか、女性の抱えるしんどさとか、そういうものを高解像度で描いてきた人だけど、『スルーロマンス』あたりからフェーズが変わってNetflixドラマにできるようなものを描き始めたなっていう感じがして、すごく面白いです。
トミヤマ:『恋じゃねえから』『復讐が足りない』の流れで、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』も取りあげたいです。全部タイトルがかっこいい。
牧野:どのタイトルも、キレてることが前面に出てるよね(笑)。
トミヤマ:シンプルでいいね(笑)。
谷口菜津子さんが描くフェミニズムは、ジャッジメンタルでないことが特徴としてあると思っています。片方が正解で、もう片方が不正解、こいつはダメ人間だから叩いてヨシ、という話には絶対にしない人なので。
牧野:この作品でも、勝男が1話目にして爆速で今までの自分をかえりみて『俺は変わりたい』ってなるのがすごかったし、エンタメとしての面白さにつながっていたよね。現実はもっとややこしいし、勝男の変わり様はある種のファンタジーとも思えるんだけど、それをちゃんとエンタメとして描ききっていたのがすばらしかった。
トミヤマ:あと、物語の軸に料理があるのもとってもいい。こういうことを言われた・されたっていう話じゃなくて、料理が真ん中につねにあって、料理を通してコミュニケーションを取っていくつくりなのがよかったなぁ。
牧野:「めんつゆで料理するなんて邪道」みたいな、SNSでは馴染み深いトピックを起点にしているからこそ、こんなふうにみんなが読みやすいものになっているのが本当にすごい。
今回はドラマの効果もあって、男性もドラマをきっかけに漫画を読んで、「勝男は俺だ〜!」と面白がっているのもよかったなと思いました。男性を断罪するだけでなく、その先を描いているからこその反応だなあと。
トミヤマ:口当たりをマイルドにしながら面白くできるのが、谷口作品のすごさだよね。
私はずいぶん前から谷口作品をあらゆるところでおすすめしていて、この作品も連載当初から「絶対ドラマになりますよ」と言っていたんですよ。だから漫画研究者としても、谷口ファンとしても作品のヒットは本当に嬉しかったし、研究者冥利につきる感じがありましたね。
―ここまでフェミニズム漫画についてお話しいただきましたが、最近の傾向や潮流などはあると思いますか?
牧野:少し前までは真正面からフェミニズムというテーマと向き合って描かれている作品が多かった印象なのだけど、今はキャラの強さやエンタメ感をより意識したかたちでフェミニズムが描かれるようになってきた気がします。
トミヤマ:パイオニア的な作家が荒地を切り開いてくれたおかげで、「ここで新しい作物を作ってみようかな」と思えるようになったのかも。日本のフェミニズム漫画的には成熟期って感じがします。
だっていまの時点で、1人の人間の中に加害と被害のレイヤーがあることを描けるところまできているわけでしょう。
牧野:作家の皆さんが、当たり前にそれを描いているのがすごいよね。
トミヤマ:うん。すごいし頼もしいよ。女性漫画と呼ばれるジャンルにおいて、フェミニズムの多様性と成熟は、いまかなりいい感じです。ジェンダーギャップ指数が底辺な国で、漫画だけが急成長を遂げていると言うこともできなくはない。
―たしかに……。
牧野:あと「ざまぁ系」とか「スカッと系」とか言われる、SNS広告によく出てくるような漫画も、やっぱりフェミニズムのコンテクストがあって。
例えば、日々ひどいことを言ってきたり、ろくでもない浮気を繰り返す夫に復讐するような漫画は定番型としてたくさんありますよね。漫画ほど極端じゃないにしても、夫からの抑圧に耐えたり受け流したりしながら日々を過ごしている多くの女性の小さな救いになっているというか、よくよく考えたらフェミニズムの非常に最初の部分を描いているんだなと思って。なので、明確にフェミニズムをテーマにしているとわかる作品だけがフェミニズム漫画ではないんだなぁと最近改めて思いました。
トミヤマ:進化とともに多様化もしてるよね。
最後のテーマは、今年連載が終了 / 開始した作品たち。漫画のプロであり、たくさんの作品を日々チェックしているお二人が気になった作品、長年ともに歩んできて思い入れのある作品、意欲的な漫画サイトなどを選出してくださいました。皆さんの来年の漫画ライフの手引書としてどうぞ!
―『後ハッピーマニア』はお二人とも選出されています。
トミヤマ:私は『ハッピー・マニア』がきっかけで漫画研究者を目指したので、かなり思い入れがあります。座右の書と言っても過言ではない。
牧野:『後ハッピーマニア』、6年も連載してたんだ。安野モヨコ先生は「シゲタさんの話は続けようと思ったらいくらでも続けられてしまうのでひとまずここで」とおっしゃっていたので、一旦区切りをつけた感じなんでしょうね。続編を描いてくださったことにただただ感謝という気持ちです。
トミヤマ:私たちも気づいたらシゲカヨの年齢に近づいてしまったというね。時の流れを感じます。
『ハッピー・マニア』のときシゲカヨは「恋の暴走機関車」と呼ばれていて、ラブコメの中にだけ存在するの人という感じが強かったけど、ここまで長く人生をともに歩んでいると「シゲカヨ」って人物がとてもリアルに感じられるよ。
牧野:シゲカヨが探偵になったの、突拍子もないようでリアルというか「わかる! シゲカヨは絶対探偵向いてる!」ってなったもんね。あと人間はそう簡単に変わらないよな、とか。タカハシも思い込みで恋しちゃうところとか全然変わってないんだよ。
『ハッピー・マニア』から18年間が空いているにもかかわらず、キャラクター全員が前作にきちんと接続していて、かついまの私たちに向けた物語になっていて、安野先生マジですごいです。神。
トミヤマ:本当にね、違和感がないよね。
牧野:あとラストがとにかくよかった。まだ読んでない方もいると思うのでちらっとだけお話しさせていただくと、シゲカヨとフクちゃんが「久々にパーッと海でも行きたいね」と言って実際行くんです。到着したら潮風と日光がすごくて「帰ろか」ってなって……でも、苦労や厄介事もたくさんあるけど、来てみないとわからない豊かさもあることに気づく。それは結婚も人生も同じで。二人の会話が素晴らしすぎて、「中年、いろいろ大変だけど生きていこう」って思いました。
単行本派の方は2月を楽しみにしてほしい!
牧野:『凪のお暇』もついに連載終了したね。
最後は、凪だけじゃなくて凪のお母さんも救われたり、慎二もゴンも変わったり……一人ひとりの地獄みたいなものと粘り強く丁寧に向き合って、それぞれの出口まで寄り添って、本当にお疲れ様でしたという気持ちです。
トミヤマ:休載も挟みながら最後まで走りきられて。
牧野:ラストは主人公の周辺の環境が劇的によくなるとか社会的に何かステップアップしたとかではなく、自分と向き合って生きていく準備がちゃんとできたんだというかたちで締めくくられていて、非常に地に足のついた、けれど希望あふれるラストだったなぁ。
トミヤマ:『凪のお暇』は、身の丈サイズの幸せを追求していく話で、連載開始したときもその点が注目されていたけど、それが7年経ったいまも有効であることを考えると、我々が以前よりも強く身の丈サイズの幸せを求めるようになっているのかもしれないなぁ。
牧野:今年も気になる作品が続々スタートしたんだけど、私は特に『マスティマ・ガール・コンプレックス』が一押し。イララモモイさんは前作の『付き合えなくていいのに』で大学のバンドサークル内の恋愛模様を描いていて、題材とかストーリーはオーソドックスなんだけど、リアリティとキャラクターの内面描写、そしてギャクのセンスが本当に最高で。
トミヤマ:テンポもいいよね。
牧野:そうそう。今回の作品では、「彼氏の元カノへのコンプレックスが消えない」という生々しい設定は前作と近いんだけど、「橋から落ちて、目が覚めたら7年前にタイムスリップしていた! 元カノより先に彼と付き合ってみせる!」っていうファンタジー要素を入れたことで、また一段面白くなっていて最高です。
タイムスリップしたら大学入学時の芋くさい自分になっていたんだけど、アラサーの美容スキルで速攻垢抜けたり、1回社会人をやっているからこそ大学の講義が面白く感じられて熱心に授業を受けたり……タイムスリップあるあると大学生活が掛け合わさることで、抜群に面白くなっていて。
牧野:すごく生々しい話を描ける漫画家さんに、チート設定を1個だけ入れて、あとはいつも通り話を描いてもらうと爆発的に面白くなるんだなあと、編集者としてもとても勉強になりました。
トミヤマ:みんながわかるお約束を入れておくってことだよね。
牧野:そうそう、起爆剤になるのかな。
設定×リアリティのかけ合わせで面白い話で言うと、『大人大戦』もだと思う。『左ききのエレン』のかっぴーさん原作で、周囲からの評価の数で大人としてのランクが決まる、総監視社会になった世界が舞台なんだけど、漫画っぽいディストピア設定のようでいて、現代の状況と地続きの生々しさがありますよね。
牧野:『ジャンプ+』というおそらくいま日本で一番競争が激しく、評価が可視化される漫画アプリで連載されていて、毎回最後に「面白かったらいいジャンを押してね!」って出てくるのがもう虚実皮膜みたいになってるんですよ。さらに、「いいジャン」ページの前に、漫画のなかに登場する「評価経済社会推進庁」からのお知らせとして、「読者の皆さまへ いいジャンお待ちしております!」みたいな官公庁のポスターっぽい1ページが差し込まれてて……。
トミヤマ:いい仕掛けですね。皮肉が似合う人だからこそという感じもする。
牧野:現実のかっぴーさんはシニカルに俯瞰しているだけじゃなくて、『ジャンプ+』で実際評価にさらされてもがきながらこの漫画を描いているっていうのがカッコいいし胸アツですよね。
ートミヤマさんは、漫画だけじゃなく漫画サイトも選出してくださっていますね。
トミヤマ:このサイト、じつは元教え子が編集長をつとめていることもあって、個人的感情もかなり入っているんですが(笑)、本当にいいサイトなんです。SORAJIMAという、縦読み電子コミックを成長させている会社がはじめたサイトで、電子の会社なのに書籍化までしてるんですよ。
牧野:すごいね。電子コミックをメインに漫画を作ってきた人たちが紙にアプローチするのが面白いな。
書店が減っていくとか電子に移行するとかじゃなくて、電子が入口になって紙が売れるーーそういう協業体制がもっと盛んになっていったら書店を支えることにもなるし、いいんじゃないかなって思うな。紙と電子は分断されたものではないよね。
トミヤマ:若い人がこういうことを考えてくれるのは本当にありがたいよね。紙媒体全盛期の人間がやると、ただの懐古趣味に見えちゃう危険性がある。20代30代の人がやってくれると別の意味や文脈が生まれる感じがして、とってもいい!。
―サイトも大手とはちょっと違う、いい意味で雑多感があるつくりですね。
トミヤマ:そうですね。サイトに行くとわかるんですけど、一発でページの隅々までは見れないようにしてあるんですよ。はじっこ、つまり「よすみ」の方は自分でスクロールして見てねと。あと作品に対して即時にリアクションできる、「いいね」みたいな機能はつけてなくて、その代わり、長めのファンレターを送ることができるようになっています。ひとつひとつのギミックにちゃんと意味がある。グッときますね。
牧野:『よすみ』はほかの漫画サイトにはない独自のUI / UXで、雑誌みたいにつくる意気込みをすごく感じる。
トミヤマ:漫画を読むだけじゃなくて漫画について考える批評とかも今後は掲載するみたい。すごくいい活動なのでみなさんにもぜひ応援してほしいなって思います。
―2025年の漫画の傾向をまとめると、どのようになるでしょうか。
トミヤマ:よく「今年の傾向は?」と聞かれるんだけど、発表点数が多すぎて、正直「多種多様です」としか言いようがない(笑)。でも話題になる作品には傾向があるように思いますね。牧野さんはどうですか?
牧野:「小さな利他」みたいな作品が増えてきたなとは感じる。『生活マン』や『路傍のフジイ』にその要素を感じるのだけど、評価に振り回されず自分なりの軸を見つけて生きていくことが、結果的に誰かを助け小さな善行につながっていくみたいなこと。世の中の状況はもう自分では変えられないという絶望があるからこそ、身の回りの小さな行いだけでも頑張りたい……みたいな気持ちが共感を呼ぶのかなぁと。
トミヤマ:その文脈で言うと、『凪のお暇』で話した「身の丈サイズの幸せ」もそうかもね。何か大きな事件が起きるわけではなく、日々の小さな出来事を大事にして、自分なりの着地点を見つけるみたいな。
牧野:たしかに。あとそういう物語に、ライフハック的な知識をうまくリンクさせて面白さをつくっているなとも感じるな。『じゃあ、あんたが作ってみろよ』とか、食系がわかりやすいよね。
トミヤマ:そうだね。話題作は、いくつかの要素を掛け合わせるのが本当に上手だよね。それに、社会的なテーマをエンタメに仕立てる際の底力が上がってきてるとも感じるな。
牧野:今日話した作品も、社会的なテーマは含まれているけど、シンプルに物語として楽しく読める、とにかく面白いものばかりだよね。
トミヤマ:そうだね。だから構えずどんどん読めるようになった。エンタメと社会課題が本格的に、そして無理なく接続されるようなった年なのかもしれないね。
