※画像はイメージです―[佐藤優のインテリジェンス人生相談]―
人生にはさまざまな山があり谷がある。今回届いたハガキの主は不登校の学生時代を過ごし、精神科病棟に入院。その後就労支援を受けながら資格を取得してタレント業を営んでいた男性。しかし、事務所が倒産し、仕事が途絶えてしまったという。悩める相談者に“外務省のラスプーチン”と呼ばれた諜報・外交のプロ・佐藤優が、その経験をもとに、ひとつの解を導き出す!
◆精神疾患を抱える私はどう生きていけばいいのか
★相談者★不屈(ペンネーム) 俳優 40歳 男性
私は子供の頃から内向的で、中学・高校と不登校になり、一時、精神科病棟へも入院しました。20代は障害者の就労支援事業所に通所し就職を目指し、30代には司書補資格を取ったりしましたが、働き始めると体調を崩しうまくいきませんでした。
転機は34歳のときで、普通の仕事を諦めた私は映画オーデションに応募し合格。映画デビューをして、地方の事務所に所属。ナレーション、イベントの司会の仕事をもらい、舞台にも立ちました。しかし近年、事務所が諸事情で消滅し仕事が途絶えてしまいました。
できた時間を生かして英語の勉強をし、英検準1級を取りましたが、私は俳優をやめて英語力などを生せるキャリアへ転換を図るべきでしょうか。
◆佐藤優の回答
現代の社会は複雑です。近代社会は啓蒙的理性、すなわち合理性を基本に組み立てられています。合理性を基本にするならば、未来を予測することも可能なはずです。しかし、それがなかなか難しいのです。ロシアの作家ミハイル・ブルガーコフの代表作に1930年代、スターリン独裁体制下のモスクワに悪魔が現れる『巨匠とマルガリータ』という作品があります。この小説の中で悪魔の頭目のヴォラントがこんなことを述べています。
〈管理するためには、なにはともあれ、ある一定の期間を見通した、それもかなりの長期間を見通した正確なプランが必要です。人間は笑止千万なほど短い時間、たとえばまあ一〇〇〇年としておきましょう、わずか一〇〇〇年先を見通したプランを作れないどころか、みずからの明日のことにすら責任がとれないのですよ。それなのに、どうやって管理できるというのでしょうか。〉(『巨匠とマルガリータ』27頁)
あなたの場合も、「できた時間を生かして英語の勉強をし、英検準1級を取りましたが、私は俳優をやめて英語力などを生せるキャリアへ転換を図る」という合理的計画を立てても、それが思いどおりに進む可能性はほぼないと思います。
精神科病棟に入院されていたということですから、精神障害者手帳を持っていることと思います。手帳の交付を受けていないならば、申請することをお勧めします。あなたは、ナレーションや司会の仕事をしてきたのですから、極力、同じ仕事を続けるのがいいと思います。今の会社が解散したならば、別の会社を探すといいでしょう。あるいは、あなた自身の体調の事情もあって、以前と同じように働けないということならば、障害者雇用の可能性を探ってみるといいと思います。
社会には、さまざまな人がいます。足が速い人もいれば、遅い人もいます。お金儲けが上手な人もいれば、なかなかお金が貯まらない人もいます。障害がある人もそうでない人もいます。人間の社会は、さまざまな人々によって構成される有機体で、個々人の生命に優劣はありません。あなたがいろいろ探しても、自分に合う職業が見つけられないならば、生活保護を受けるのも一案と思います。生活保護を受けて体と心の調子を整え、十分エネルギーが蓄えられたところで再び働くことを考えるのです。日本の社会には、さまざまな障害を抱えた人々を支える余力が十分にあります。必要なときは我慢せず、他人や制度の力を借りて生きていくという決断をしましょう。その後、必ず道が開けます。
★今週の教訓……社会はさまざまな人で構成される有機体です
※今週の参考文献『巨匠とマルガリータ』(ミハイル・ブルガーコフ〔石井信介訳〕 新潮文庫)
―[佐藤優のインテリジェンス人生相談]―
【佐藤優】
’60年生まれ。’85年に同志社大学大学院神学研究科を修了し、外務省入省。在英、在ロ大使館に勤務後、本省国際情報局分析第一課で主任分析官として活躍。’02年に背任容疑で逮捕。『国家の罠』『「ズルさ」のすすめ』『人生の極意』など著書多数