
冬季五輪シーズンが始まる直前の2025年10月23日、ノルディック複合の渡部暁斗(北野建設)が会見を開き、引退を決意するに至った経緯を語った。
「前シーズンの途中に『徒然草』を手にする機会があり、目に止まったのが『花は盛りに月はくまなきを見るものかは』という一説でした。
それは、満開の桜や満月の瞬間のみを切り取って楽しむのではなく、芽吹いてから散るまで、月の満ち欠けのすべてや、移り変わる情景など、その時々に思い浮かんでくるものを通してこそ、物が持つ本当の美しさや本質が感じられるという説明でした。
その桜の木と自分の競技人生を重ね合わせた時に、競技人生の始まりから終わりまでを心から堪能することができたと素直に思えて、晴れやかな気持ちで引退を決意することができました」
2月のミラノ・コルティナ五輪に向けての決意は、こう続けた。
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「花びらの最後の1枚が散っていくのを寂しく待つつもりはなく、2月のイタリアで季節外れの満開の桜を咲かせて終わりたいなと思っています」
【過去にも引退を考えたことはある】
渡部は、白馬高校3年生だった2006年のトリノ大会以来、2022年北京大会まで5大会連続で五輪に出場し、個人で銀メダル2個、銅メダル1個を獲得。団体では、銅メダル1個を獲得している。
W杯では、2011-2012年は4勝を含む表彰台に9回上がり総合2位。その後10シーズンにわたり総合上位(3位以内は8回)を堅持。2017-2018年には悲願の総合優勝を果たすなど、日本ノルディック複合を牽引し続けてきた。
33歳で出場した2022年の北京五輪では、ラージヒル個人で銅メダル、団体で銅メダルを獲得。当時も辞めることを考えたと言うが、そこでは決断できなかった。
「北京五輪の前も引退を考えていたのですが、当時はコロナ禍で、自分のなかで消化不良というか......。試合の結果だけではなく、生活や目の前すべてのことに対して消化不良の気持ちがあり、なかなか踏み切ることができませんでした。ただ、そこから4年を過ごすなかで、今までとは少し違った感じで競技に取り組んでみたり、(スポーツの)存在意義を考えてみたり。そうして競技の時間を過ごしたことで、頭のなかも整理できて、『もうこれで終わりでもいいんじゃないかな』と思えました」
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【奇跡を信じられる理由】
「もうひと花咲かしたい」とはいえ、全盛期を過ぎたアスリートが最高のパフォーマンスを最後のシーズンに発揮することが、いかに難しいかも渡部は承知している。無謀だからこそ、挑戦する価値があるのではないか。そう思える理由が、2022年北京五輪でメダルを獲得できた経験だ。
五輪前のシーズンは、W杯で優勝1回を含めて7回表彰台に乗り、総合も3位と絶好調だった。しかし、五輪シーズンのスタートは二桁順位。年明けからは、一桁順位を出せるようになったものの、最高5位と表彰台は遠かった。さらに五輪直前には17位、25位と調子を落としていたのだ。
「あれ(北京五輪の銅メダル)も、今思えばかなり奇跡的な出来事だったと思います。あの経験があったからこそ、今は奇跡が起きると信じられる。あれがなければやっぱり、結果は実力がないと勝ち取れないものだと考えてしまったと思う。あの経験があったからこそ、今シーズンも根拠のない自信を持って突き進める感じです」
それとともに、自分だけではない周りの力も感じた瞬間だったという。
「北京五輪の団体戦が一番それを感じられた瞬間というか、1日だったと思います。応援してくれる人たちだけではなく、チームのスタッフの働きや一緒に出場した選手たちの頑張りとか、そういうものに自分も背中を押された『最後のひとつ』があったと思えた瞬間でした」
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その経験があったからこそ、シーズン終了後ではなく始まる前に引退を発表したと言う。
「最後のシーズンは『自分が流した汗で奇跡を起こす』ぐらいの気持ちで臨みたいですが、自分の努力だけでは奇跡を起こすことはできないと思っています。奇跡を信じ、期待してくれるみなさんの力が最後のひと押しになると思っています。
だから、自分もただ『応援してください』と言うだけではなく、応援したくなるような選手であり続けること。そして思わず応援したくなるようなレースを続けること。そんな気持ちを持って最後のシーズンに臨みたい。簡単な道のりではないのは十分承知の上で、奇跡を起こす瞬間を信じて最後の最後まで戦いたいと思っています」
【五輪に対する考えの変化】
これだけ長く競技を続けられたのは奇跡ではなく、多くの努力があった。
「結果だけにとらわれることなく、競技やアスリートの本質を追求することはできたかなと思います。結果が出たからすごいのではなく、そこにある本質を追求し、自分がどんな存在でありたいか、憧れられるアスリートとはどんな存在なのか。その上での結果や勝ち負けについてこだわって、追求する姿勢を崩さずに競技生活を続けてこられたと思っています」
そんな探求を続けるなかで、8勝を含む表彰台14回を記録した2017-2018年シーズンのW杯は、「強さの証」とずっと目標にしてきた総合優勝も手にした。
「アスリートとして競技を追求するだけではなく、より深掘りしていくという探究心を持ち続けられたことが、(W杯総合優勝に)たどり着けた要因のひとつだと思います」
「W杯総合優勝がもっとも尊い」と信じていた渡部は、総合優勝を経て、多くの経験を積み、最後の五輪への意識が変化をしているという。
「本当に独りよがりの競技生活だったと思う。W杯総合優勝を獲得するまでは、実力の証明がすべてだと思っていました。それが2017-2018年の総合優勝で証明できたのは間違いないです。ただ、その時は登山でたとえれば、山頂にはたどり着いたけど誰もいないみたいな感覚があって、『スポーツのよさはそういうところにはないのかな』と思いました。
やっぱりたくさんの人に見て、応援してもらえること。自分の成し遂げた瞬間やそれに至る過程も含めて、喜びや興奮を共有できるのがスポーツのよさや存在意義ではないかなと思ったんです。そういうことを総合優勝後、さらにコロナ禍を経て考えるようになりました。
ノルディック複合のようなマイナースポーツは五輪が一番注目される舞台だし、そこで最高のパフォーマンスをして、その瞬間を応援してくれる人たちと共有することができる五輪という舞台は本当に特別なもの。そこに対して本気になってもいいのではないかと、今は思っています」
そうして幕を開けた五輪シーズン。11月28日の開幕戦ラージヒル個人は、ジャンプが万全ではなく14位だったが、距離で日本人最上位の13位に上げた。そのあとは、その順位を上回れていないが、「奇跡を起こす」という意欲は変わらない。
「五輪の会場になるバルディフィエメ(イタリア)は、僕がW杯初優勝を決めた思い出の場所でもある。そんな会場が自分の最後のシーズンの大舞台ということに、とても不思議な巡り合わせを感じています。小さなことが積み重なると奇跡が起きるのではないかなと思い描いています」
渡部の初五輪もイタリアのトリノ。そんな不思議な巡り合わせも追い風に変えようとしている。
Profile
渡部暁斗(わたべ・あきと)
1988年5月26日生まれ。長野県出身。2006年のトリノ五輪に初出場を果たして以降、五輪は5大会連続出場。2014年ソチ五輪と2018年平昌五輪のノーマルヒル個人で銀メダルを獲得し、2022年北京五輪ではラージヒル個人と団体で銅メダルを獲得。W杯でも2017-2018年に総合優勝を果たし、日本のノルディック複合を牽引してきた。2025年の10月に今シーズンかぎりでの引退を発表した。
