写真―[その判決に異議あり!]―
狭山事件を巡っては、1977年に最高裁で石川一雄さんの無期懲役が確定している。服役後の’06年、石川さんは3度目の再審請求を申し立てたが、今年3月に86歳で死去。東京高裁が審理打ち切りとしたため、石川さんの妻が第4次請求を申し立てた。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「狭山事件第3次再審請求審理打ち切り」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。
◆再審に60年かかる司法の現実
判決確定後に冤罪である可能性が高い事件の裁判をやり直す再審制度は、その審理に時間がかかりすぎることが大きな問題となっている。
’24年10月に再審無罪となった袴田事件では、袴田さんが晴れて自由の身となるまで実に58年を要した。そして、それと同じくらい審理が長期化しているのが、今回本欄で取り上げる狭山事件である。
1963年に埼玉で女子高生が誘拐・殺害されたこの事件では、被差別部落出身の男性が逮捕され無期懲役の判決が確定したが、自白の任意性や証拠の不備が指摘され、60年以上経過した今も再審請求が続いているのだ。
どうしてこんなに長期化するのか? その大きな要因は、捜査機関による証拠隠しと裁判官のやる気のなさにある。
◆証拠隠しと裁判所の長期放置
そもそも捜査機関は国家権力を盾に多くの証拠を収集できるが、裁判を有利に展開させようとする余り、被告人を利する証拠があってもそれを隠そうとするバイアスが働くのだ。その結果、無実の被告人が有罪となることがある。濡れ衣を着せられた者は、判決確定後も諦めきれず、裁判のやり直しを求めて再審の申立てをするのだ。
ところが、再審事件を担当する裁判官の多くは、事件処理の期限が決まっていないのをいいことに、そのまま放置してしまうことが多い。
裁判所は転勤が多く、担当裁判官が次々と代わることも時間がいたずらに過ぎていく理由の一つだ。
ごくたまに、再審事件に熱心に取り組む裁判官が担当となり、止まっていた時計が再び動き始めることがある。
狭山事件では、最初の再審請求は1977年だった。その後、3度にわたって申立てがなされるが、裁判官が検察官に対し取り調べの録音テープなどの重要証拠の開示を命じたのは、事件発生から46年も後のことであった。遺体の目隠しに使われたタオルに関する捜査報告書など、あるはずの重要証拠は、現在に至っても開示に至っていない。
犯人とされた石川一雄さんは86歳で亡くなっている。再審請求はその妻が引き継いだが、すでに78歳だ。
現在、この事件を担当している家令和典裁判長は、再審事件にも熱心に取り組む稀有な裁判官であり、証拠調べにも前向きである。だが残念ながら、’26年3月で定年退官だという。すると、それを知った検察側は、「意見書を提出する」と言い出すなどまさかの時間稼ぎに出たのだ。これにより、家令裁判長がこの事件を定年までに終わらせることはほぼ不可能となった。
法務省の法制審議会では、再審事件の長期化を改善しようと、検察側の証拠を迅速に、かつ、より多く開示させるべきかどうか議論が始まっている。長年、冤罪問題に取り組んできた弁護士らを審議委員としたのは評価できる一方で、検察官や裁判官OB、学者の審議委員もいて、むしろ「抵抗勢力」として証拠開示の範囲を狭める方向で法改正しようとしている動きも見られる。制度を改めるなら法務省主導ではなく、政治家が議員立法のかたちで行うべきであろう。人が人を裁く以上、冤罪はなくならない。捜査機関の証拠開示の範囲を広げなければ、再び無辜の民を牢につなぐことになるのは間違いない。
<文/岡口基一>
―[その判決に異議あり!]―
【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー