
もっと貯めておけばよかった
北関東に住むアヤさん(68歳)は、夫と共に店を営んできたが、8年前にその夫を亡くした。その時点で二人の子どもたちは独立していた。「夫の両親から受け継いだ店でしたけど、夫がいなければもうやっていけない。店じまいして私も少しのんびり暮らしたいと思いました。商売をしながら子育てや義両親の介護に明け暮れ、私は一人っ子なのに自分の親の面倒もろくに見られなかった。本当に疲れた。そう思ったんです」
家族6人で暮らしているときは、店の奥の自宅がひどく狭かったが、一人で暮らすにはじゅうぶん広い。経年劣化でリフォームしたいと思ったが、まとまったお金はまったくなかった。
「無理して子どもたちを大学へやりました。奨学金をもらったら子どもたちが借金に縛られてしまう。それは避けたかった。義両親もありったけのお金を出してくれて……。私は小間使いのように働かされたけど、義両親も夫も『子どもたちには教育を』という人だったのは唯一の救いでしたね」
生きるのに必死だっただけなのに
二人の子どもたちはそれぞれ好きな分野に進んで、家を離れていった。夫の死後、年金を調べた方がいいと近所の人に言われ、あわてて調べてみた。夫は一度も受給しないまま亡くなったのでアヤさんは、のちに一時金をもらえることを知った。「ついでに私の年金も調べてみたら、月に6万ちょっとくらい。そのとき初めて、将来のことを何も考えずに暮らしてきてしまったと冷たい汗が流れました。夫は死ぬまで商売をするつもりだったし、私もそう思っていたから、夫が60歳で亡くなるなんて思ってもいなかったんですよね」
蓄えは200万程度。2000万は必要だと言われていた時代だったから、アヤさんは自分たちの「目先しか見ない生き方」を深く後悔した。ただ、ぜいたくをした記憶はない。生きることに必死だっただけだ。
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子どもに迷惑はかけられない
アヤさんはあわてて仕事を探した。60代前半では、シニアでも働ける早朝アルバイトを掛け持ちした。65歳で年金をもらうようになったとたん、足をケガしてしまい、アルバイトは1つにした。
「アルバイトと年金で10万に満たない生活。つい先日も家が雨漏りして困り果てました。たまたま近所の人が材料費だけでいいよと直してくれて。そういう付き合いがなかったらどうなったか分かりません。とはいえ、私に返すものはないので、アルバイト代が入ったときにその方の好きなおまんじゅうを買ってきました」
生活が苦しいことは子どもたちには話していない。娘は5年前に離婚して、仕事をしながら小学校に上がったばかりの子どもを育てている。息子も家庭を持っており、子どもが3人いるため余裕があるとは思えない。
「息子は、時々ふらっとやってきては、『お土産がないから何か好きなものでも食べて』と1万円くらい置いていってくれる。それで十分です。そのお金はだいたい娘にあげますけどね」
働かなければ生活が苦しい人ばかり
今のところ生活を切り詰めて、月に1万でも2万でも貯めるようにしている。今後、自分に医療費がかかったり介護が必要になったときのためだ。介護も、いろいろなサービスを利用すると意外とお金がかかると近所の人に聞いたばかり。「今さらながらですけど、やっぱり大手企業の会社員と結婚した方がよかったのかもしれませんね。国民年金だけの私たちとは額が違う。つくづくそう思いますよ」
とはいえ、生活が苦しくても、明日も生きていかなければならないのだ。早朝アルバイトには、70代の男女もたくさんいる。「元気なうちは働きたい」という人も稀にはいるが、実際にはみんな生活が苦しいのだ。
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暑くても寒くても、アヤさんは朝5時には自転車を漕いで出かけていく。最近は、ケガした古傷が痛んで足がしびれてね……。アヤさんはそう言って足をさする。一生懸命に働いてきた人のそういう姿を見るのは胸が苦しい。
(文:亀山 早苗(フリーライター))
