なぜソフトバンクホークスが「映画を作る」のか 興行収入だけではない、これだけの理由

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2026年01月24日 20:20  ITmedia ビジネスオンライン

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舞台挨拶に登壇した柳町達選手と与田祐希氏

 歓喜に包まれていたスタジアムに、冷たい冬風が吹くプロ野球のオフシーズン。野球業界にとって、オフシーズンにファンの熱量が下がってしまうことは、ビジネス上の課題となっている。


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 そんな中、福岡ソフトバンクホークスは、ファンが「ホークス・ロス」を嘆くオフシーズンを盛り上げる施策を強化している。球団の長編ドキュメンタリー『映画 HAWKS SP!RIT ー273日の記憶ー』は、その事例の一つだ。映画で描くのは、選手やスタッフの葛藤や挑戦、舞台裏のストーリー。「野球を知らなくても面白い」物語設計にしている。


 球団が映画を制作する目的は、興行収入にとどまらない。ホークスが映画をフックに仕掛ける、オフシーズンにもファンの熱量を高めるための戦略とは? 映画のプロデューサーを務めた福岡ソフトバンクホークス ブランド推進本部の南出敏伸氏、ナレーションを担当した与田祐希氏、今シーズン、ベストナイン賞を受賞した柳町達選手に話を聞いた。


●目的は「収益」ではなく「接点の継続」 最下位からの逆転劇で感情移入


 『映画 HAWKS SP!RIT −273日の記憶』は、「思い出を、超えていけ。30th Documentary HAWKS」(2024年1月公開)、「FUKUOKA SoftBank HAWKS REVIVAL 2024」(2024年12月公開)に続く3作目だ。手掛けるのは、球団内の映像制作部門に所属する南出氏。テレビ業界で長年バラエティ番組のディレクターを務めた経験があり、今回の作品から本格的にプロデューサーとして制作を統括した。


 南出氏は、「映画はあくまでホークスを好きになるための入口」だと話す。野球のルールや成績を知らなくても楽しめる人間ドラマとして描くことで、より多くの人にチームへの関心を持ってもらう。その結果、スタジアムに足を運び、応援し続けてくれるファンの獲得につなげていくのだ。


 南出氏は、今回の映画で意識したポイントとして「感情の共有」を挙げる。本拠地での開幕3連敗や怪我などで相次いだ選手の離脱からの不安、そして最下位からの逆転劇から生まれる希望。ファンがシーズン中に感じた感情を、あらためて追体験してもらうことが狙いだった。スポーツドキュメンタリーでありながら、ブランディング、組織論、顧客との関係構築といったビジネスの本質が詰まった取り組みだ。


 球団が映画を制作する目的は、単純な興行収入ではない。南出氏は「最大の目的は、オフシーズンにファンとの接点を途切れさせないこと」だと語る。


 プロ野球はシーズンが終わると、ファンの熱量がどうしても下がりやすい。特に2025年のホークスのように日本シリーズまで戦ったチームほど、ファンにとってオフシーズンは長く感じるものだ。「ホークス・ロス」と言われるその期間に映画という形で物語を提供することで、「ホークスが好き」という感情を次のシーズンまで維持してもらう狙いがある。


 これはビジネスにおける顧客エンゲージメントの考え方と極めて近い。商品やサービスの提供が一時的なもので終わらないよう、継続的に関係性を築く。そのためのタッチポイントとして映画を位置付けているのだ。


●内部だからこそ撮れる映像の価値


 この映画は、外部に向けたブランディング施策であると同時に、内部に向けたインナーブランディングの役目も果たしている。インナーブランディングとは、企業のビジョンや理念、ブランドとしての価値を、主に社内の従業員に向けて共有・浸透させていく取り組みだ。選手やスタッフ自身が、自らの仕事の意味やチームの価値を再認識し、誇りや当事者意識を深めていく。


 このアプローチは、選手同士でさえ「映画を見るまで知らなかった」という裏側を描き出す。今シーズン、ベストナイン賞を受賞した柳町達選手は、「映画によって、チームメイト同士でさえ知らなかった思いや過程を知りました。共感しながら観(み)ることができました」と明かす。映画を通して、シーズン中は知ることができなかった選手たちの内面や努力を知ることができ、参考になったという。


 「近藤健介選手が語る、練習の重要性や、山川穂高選手が不調を脱却するために悩みながら工夫していた姿、柳田悠岐選手が怪我の期間に取り組んでいたリハビリの様子など、普段は見えない側面が描かれており、強く印象に残りました」(柳町選手)


 チームメイトであれば、当然に知っているものと思うかもしれないが、組織の中で起きていることは、内部にいても意外と見えない。そうした構造は、企業の組織とも重なる。ホークスは日常的に多くのメディアに取材されている球団だ。試合映像や選手インタビューは、ファンにとって見慣れたものでもある。


 だからこそ、映画では「外部メディアでは撮れない映像」に価値を置く。ベンチ裏の空気、監督や選手の何気ない言葉、チーム内の感情のやりとり。そうした内部映像をふんだんに盛り込むことで、「映画館で安くはないお金と時間を使って見る価値」(南出氏)を担保しているのだ。


●若い世代へのアプローチも目指す どう工夫した?


 球団映画の過去2作品のデータを見ると、「観客の中心は40〜50代だった」と話す南出氏。今回の映画を通し、球団としては「若い世代にも映画を届けたい」という課題意識があった。


 そこでナレーションには、福岡に縁のある元乃木坂46で女優の与田祐希氏を起用。主題歌にはSixTONESの『GONG』を採用した。いずれも高い発信力を持ち、若年層へのリーチが期待できる存在だ。南出氏は、楽曲はタイアップではなく、作品の世界観に合う既存曲を選んだという。


 与田氏は幼い頃、両親と球場に行き、ホークスを応援していたという。「地元を盛り上げたいという気持ちがありましたし、これまでホークスのことや野球のことをあまり知らなかった人にも届くかもしれないと思った」と話す。


 「私自身もナレーションをしていて、すごく心を動かされましたし、私のファンの方にも見てもらえたら、好きになってもらえるかもしれない。そういう人が少しでも増えたらいいなと思い、ナレーションを担当しました」(与田氏)


 また、柳町選手は、「野球人口が減る中でも、この映画は野球に限らず、人として苦難に立ち向かう姿勢の大切さを伝えています。登場人物の努力に共感し、参考にすることで、観る人自身の人生も前向きで楽しいものになり、その結果として野球をより楽しく感じることができそうです」と話す。映画が野球人口減少の歯止めになるよう期待を寄せた。


 実際、全日本野球協会の「野球普及振興活動状況調査2024」によると、日本の野球人口(競技統括団体に登録している選手数)は、2007年の161万3156人から2023年には93万9605人まで激減している。


 MLBへの日本のスター選手“流出”によるプロ野球の空洞化は、確実に市場を縮小させているのだ。だからこそ新規層を取り込む必要がある。これはどの業界に限ることのない、あらゆる事業に共通する課題だ。


●外と内をつなぐエンゲージメントの循環構造


 ホークスのファンエンゲージメントは、顧客との信頼関係やコミュニティを育て、長期的な成長につなげる経営基盤でもある。スタジアム体験や交流イベントを通じてファンの熱量を高め、その仕組みをスポンサー企業にも提供しているのだ。スポンサーシップを活用することで、ブランド認知の拡大、顧客関係の強化、売り上げ向上といったビジネス成果が期待できる。


 ファンと継続的に関係を築くには、単発のイベントで終わらせず、継続的かつ戦略的な取り組みとして設計することが重要だ。「ファンとの接点をどう増やすか」「選手とファンの共有体験をいかにして提供するか」。これらの観点から、長期的な関係構築を目指す必要がある。こうした内と外の共感の循環が、信頼を育て、LTV(顧客生涯価値)の最大化へとつながっていくのだ。


 ホークスが毎年制作しているドキュメンタリー映画は、ファンエンゲージメントとインナーブランディングをいかにして統合的に設計・実装すべきかを示したものと言えるだろう。この映画に加えて、YouTubeや球団の公式動画配信サービスであるホークスTV、SNSを連携させながら球団の魅力を伝えていく。


 本来、ファンエンゲージメントとインナーブランディングは別個の施策ではなく、コインの表裏の関係にある。選手が自らの葛藤をさらけ出し、その物語をファンが受け取る。そのサイクルが、単なる「客と興行主」の関係を超えた強固な絆を編み上げていく。映画は、その絆をより深く「定着」させるための触媒だ。


 映画館で、エンドロールを見つめるファンの心に灯った火は、冷え込むオフシーズンを越え、春のキャンプ、そして開幕戦のスタジアムへとつながっていく。スクリーンに映し出された273日の記憶は、次の1年を戦うためのエネルギーへと変換される。成熟社会におけるブランディングの一例と言えそうだ。


(篠原成己、アイティメディア今野大一)



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