写真 あなたは、小さな勇気ある行動で周りの空気が一気に変わった瞬間を目にしたことはありますか?
今回は、そんな場面に出くわした女性のエピソードをご紹介しましょう。
◆回転寿司を食べていたら怒鳴り声が
ある土曜日の昼下がり、山崎沙織さん(仮名・36歳)は5歳の息子・蓮くん(仮名)を連れて、人気の回転寿司店に行きました。
「今日はちょっと奮発して、美味しいお寿司をいっぱい食べようね」と沙織さん。蓮くんは目を輝かせ「やったー! マグロ、ホタテ、えんがわ!」と大興奮。
店内は賑やかで、回転寿司のレーンには色とりどりのネタが流れています。ふたりは少し並んでからテーブル席に案内され、まずはお皿を手に取ると、蓮くんは小さな手でお箸を握り、真剣な眼差しでネタを選んでいたそう。
「すると向かいの席にいた中年男性がカウンターに肘をつき、怒鳴り声で店員を呼びつけ『おい! これ写真と全然違うじゃねぇか! タッチパネルも反応悪いし、ちゃんとしとけよ!』とすっごく感じが悪くて」
せっかくの穏やかなランチタイムが台無しにされた沙織さん親子。店内の空気が一気に重くなり、隣に座っていた家族連れの女の子が囁き声で「怖い……」と漏らすほどで、客たちはその男性と目を合わせないようにしていました。
「私はなるべく蓮の視界にその男性が入らないようにしました。『蓮、このサーモン美味しいよ! あ、天ぷらとかもある! 食べてみようか』などと必死に話しかけて、気をそらそうとしていたその時……」
さて2人に何が起こったのでしょう?
◆5歳の息子が、突然立ち上がって……
「急に蓮が立ち上がって、その男性に向かって『ねぇ、そんなに怒ってたら、おじさんのお皿全部ワサビ入りにされちゃうよ!』と叫んでしまったんですよ。蓮はワサビが嫌いなもので……」
沙織さんは慌てて蓮くんを抱き寄せ、その男性に「すみません!」と謝りました。
店内は一瞬の静寂。男性は目をまん丸にして「……俺がワサビ苦手なのなんで知っているんだよ」とつぶやくと、そのまま苦笑いしながら静かに食べ始めたそう。
周囲のお客さんも、蓮くんの可愛らしさにクスクスと肩を振るわせていました。
「逆ギレされたらどうしよう? と気が気じゃなかったので拍子抜けというか、一気に肩の力が抜けて。本当にどうなることかと思いました……」
すると店内の空気がパッと明るく戻り、沙織さんも思わず笑顔になったそう。
◆「おじさんは仲間だから、僕が守るんだ」
「その後も蓮は、ワサビの小袋がたくさん入ったケースを見つめながら小声で『おじさんは、ワサビが苦手で仲間だから……僕が守るんだ』と独り言を呟いていて。きっと蓮の頭の中では自分が主人公で寿司とおじさんが出てくる壮大なストーリーが繰り広げられているんだろうな、と愛おしく思いましたね」
そして店員さんはすれ違いざまににっこり微笑み、蓮くんにちょっとしたお寿司のキーホルダーをサービスしてくれました。それを誇らしげに受け取ると「ありがとう! 僕がすしの平和を守るから」と元気に答えたといいます。
「そしたら店員さんは『ふふ、じゃあ悪さをするネタを見かけたら僕たちに報告してね』と優しく返してくれて。本当にほっこりした気持ちになりました」
◆忘れられない冒険のような時間
怒鳴り声をあげていた例の男性は、帰り際、照れくさそうに蓮くんに手を振ってきたそう。
蓮くんもそれに全力で応え「ワサビに負けないように頑張ろ!」と手を振り返しました。
「その帰り道、蓮が得意げに『ママ、ぼく“すしポリス”だからね!』なんて言うので、思わず吹き出してしまいました。そういう設定で『すしの平和を守る』と宣言していたのかと。でもたしかに、その日の活躍っぷりはすしポリスと言っても過言じゃないかもと、妙に納得してしまいましたね」
家に帰ると蓮くんは、店員さんからもらった寿司のキーホルダーを胸ポケットに付け、『今日の任務、完了! すしポリスの証だよ!』と得意げに報告してきたそう。
「そんな蓮を見て、小さな勇気と優しさ、そしてちょっとしたご褒美が、心を温かくしてくれるんだなと改めて実感してしまいました。たった一度の外食が、私たちにとって忘れられない冒険のような時間になったんですよ」と微笑む沙織さんなのでした。
<文・イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop