
『知らないと合格できない 令和の受験のフツウ』(西岡壱誠著、じゅそうけん監修協力)は、偏差値35から東大合格を果たした著者が、最新データと現場取材をもとに“いま本当に知るべき受験の最新常識”と戦略を徹底解説する一冊。
今回は本書から一部抜粋し、一般選抜で起きる「逆転現象」の背景と、特に差が激しい英語・社会科の大学別出題傾向の違いについて紹介します。
「どの大学でも同じ勉強をしていれば大丈夫」は幻想!
確かに、一般選抜は昔から「努力すれば報われる」「フェアである」とされてきました。しかし、令和の大学受験においては、一般選抜にもまた別の落とし穴が潜んでいるのです。一般選抜は一見「学力を測る」という単純な仕組みに見えますが、実際には大学ごとに出題傾向が大きく異なります。
最近はその傾向がさらに強まり、特に英語の選抜では「問題の多様化」「大学ごとの独自の特色が強すぎる」といった事態が発生しています。
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さらに、英文法を細部まで問う大学もあれば、要約や論述を中心に据える大学もあり、「英語=同じ力を試す科目」という前提はすでに崩れつつあるのです。
東大の英語入試は? 早稲田や慶応、MARCHは?
たとえば、東京大学の英語入試では、文法の細かい知識を直接的に問う問題はほとんど出題されません。4Aという大問で軽く触れられることもありますが、それも一部分のみで、合否に直結する大問だとは言われていません。それよりも、長文読解、要約、リスニング、自由英作文といった総合的な言語運用力が求められます。
もちろん文法知識が全く不要というわけではありませんが、知識の正確さよりも「文章全体をどう理解し、どう表現するか」に比重が置かれているのです。
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結果として、「東大に合格できる力を持っている生徒が、早稲田や上智の一部学部では不合格になる。場合によってはMARCHも落ちる」といった、「逆転現象」が現実に起こっています。
これは「どの大学でも同じ勉強をしていれば対応できる」という発想が通用しないことを意味します。
社会科は国公立・私立でさらに傾向が異なる!
社会科はさらにわかりやすい例です。東京大学や京都大学といった国公立大学では、歴史や地理の基本的な知識を土台に、それをどう説明し、論理的に記述できるかが重視されます。
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これに対して、私立難関大学では傾向が大きく異なります。
たとえば早稲田大学や慶應義塾大学の一部学部では、まさに「重箱の隅をつつく」ような知識問題が頻出します。
教科書の脚注にしか登場しない人物名や、地方史の細かい制度、単発でしか扱われないようなマイナー用語が、平然と一問一答形式で出題されるのです。
もちろん、出題としては正統であり、社会科知識を正確に把握しているかどうかを測ることはできます。しかし、その性質は国公立大学の「思考力・論述力を重視する問題」とは根本的に異なります。
科目が同じでも「求められる力」は全く別物
そのため、同じ「世界史」「日本史」「地理」という科目名であっても、実際に受験生に求められる力は全く別物です。国公立志望者は幅広い知識を体系的に整理し、論理的に記述できるような訓練が不可欠ですが、私立志望者は細部の用語を正確に暗記し、スピード感を持って処理する力が欠かせません。
つまり、同じ「社会」という科目を勉強しているにもかかわらず、東大を目指す受験生と早稲田・慶應を目指す受験生では、必要とされる勉強法も参考書の選び方も、日々の学習計画の立て方すらも大きく違ってしまうのです。
実際に「東大には合格したけど、MARCHの試験では社会科で大きく失点して不合格になった」という例も少なくありません。
逆に「学校の授業がMARCHや早稲田対策特化で膨大な暗記を積み重ねていたが、いざ国立二次の論述では全く歯が立たなかった」というケースもあります。
つまり、表向きには同じ「社会科」の入試問題であっても、大学ごとの要求は極端に違い、その違いを早い段階で理解していなければ取り返しのつかない失敗につながってしまうのです。
西岡 壱誠(にしおか・いっせい)プロフィール
中高では学力が芳しくなかった。2浪という厳しい状況の中で、自分自身の学びを徹底的に見直し、独自の勉強法を確立。これにより偏差値35から偏差値70まで成績を伸ばし、東京大学に合格を果たす。この経験をもとに、学びに悩む学生たちに希望を届ける活動を展開中。勉強法や思考法の研究と実践に基づいた著書は、ベストセラーとなり、多くの受験生や教育者から支持を集めている。
(文:西岡 壱誠)

