
日本では15世紀末〜17世紀初頭あたりを戦国時代と呼び、その時代を生きた武将たちを「戦国武将」と呼びます。彼らは多くの領土や軍勢を武器に勢力の拡大をめざして戦い、そこには今なお人々をひきつけて止まない数々のドラマが生まれました。あなたが戦国時代で最強だと思う戦国武将は誰ですか?
言わずと知れた、戦国時代で最も有名な武将の一人「織田信長」。室町幕府を滅ぼし、天下統一に向けてひた走っていましたが、明智光秀の謀反(本能寺の変)によって夢半ばで倒れました。そんな信長の上洛(都である京都へ入ること)をもって戦国時代を終了とする説も根強く、後世の人気や影響力の大きさをうかがわせます。
尾張の大名の息子として誕生した信長は、子どもの頃から“うつけ”と呼ばれるほどの変わり者でしたが、その常識に捉われない発想力で“海道一の弓取り”と謳われた今川義元や、戦国最強と謳われた武田の騎馬隊を打ち破り、一時代を築くに至ります。また巧みな政治手腕でも知られ、楽市・楽座という自由経済を促進させる新しい仕組みを取り入れて城下町を発展させるなど、その力を多方面で発揮しました。
“戦国最強”との声も多い騎馬隊を率いた武将「武田信玄」。“甲斐の虎”の異名を持ち、生涯で70以上の合戦を戦い抜き、ほぼ負け知らずともいわれる百戦錬磨の武将です。中国の兵法書『孫子』を愛読していた戦上手としても知られます。その戦ぶりは、三方ヶ原の戦いで大敗を喫した徳川家康が、恐怖のあまり脱糞したと伝わるほど壮絶なものでした。
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また後に出家した仏教徒としても知られ、教義の如何を問わず寺院や信徒を手厚く保護するなど、信仰心に篤く寛容な人物でもありました。それゆえか、織田信長が比叡山を焼き討ちにした時は、その所業を痛烈に批判。復興もサポートするなど、手厚く支えました。そんな信玄も、野田城を攻略中に突如体調を崩し、やがて死去。その死因は今なお謎に包まれており、諸説が語られています。
“越後の龍”の異名を持つ生涯無敗とも伝わる名将「上杉謙信」。生涯5回にわたって武田信玄と衝突した「川中島の戦い」をはじめ、強さを象徴するエピソードが数多く残っています。また非常に高潔な人物としても知られ、何度も死闘を繰り広げた信玄の国が飢えた時には、貴重な食糧の塩を送って助けるなど、相手に対する敬意や人としての心を忘れませんでした。ちなみに、このエピソードがのちに「敵に塩を送る」の語源となりました。
そんな謙信の強さを警戒した織田信長は、謙信と良好な関係を築くため、のちに国宝となる「上杉本洛中洛外図屏風」を贈ったともいわれます。のちに多くの武将から恐れられる信長すら戦いを避けたのは、まさにその強さを象徴するエピソードの一つと言えるでしょう。
長い歴史を持つ戦国時代には、今回の3人以外にも、さまざまな戦国武将が活躍しました。あなたが最強だと思う武将は誰ですか?
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