陸上女子400mで躍進中の21歳、青木アリエの意外な素顔「のんびり自分のペースでできる冬期練習が一番好き(笑)」

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2026年01月31日 07:10  webスポルティーバ

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青木アリエ インタビュー後編

 前編では、陸上競技をとおして多くのことを学び、経験した2025年を振り返ってもらった。後編では、青木アリエとはどんな選手なのか。陸上を始めたところから、現在に至るまでをあらためて聞いた。

>>前編「陸上を嫌いになりかけた2025年を語る」

【すぐに結果が出始めた400m】

 父親は日本とペルーのハーフで、母親はイタリアとペルーのハーフだった青木アリエは、ペルー生まれ、静岡県育ち。陸上を始めたのは浜松市立舞阪中学校の時だった。

「中学校は部活に必ず入らなければいけなくて、5歳年上の姉がバレーボール部で団体競技は大変そうだなと思っていたのと、小学校の時から運動会ではちょっと速い女の子みたいな感じだったので、自分のペースでできる陸上部に入ることにしました」

 中学時代にメインで走っていたのは100mと200m。3年では100mと200mで全日本中学選手権に出場して、ともに予選敗退。自己記録は12秒38と25秒79。同年中学ランキングは52位と94位だった。

 静岡市の東海大付属静岡翔洋高に進むと、1年生では100mと200mのほかに、マイルリレーも走っていたが、2年生からは個人の400mを始めるようになった。

「高校1年生の冬合宿で少し体力がついてきたので、顧問の先生に『400mもやってみる?』と言われて始めました。最初はきつくて、嫌だなという気持ちも少しありましたが、高校では100mから400mまで全員が同じ練習だったので、『まあ1回400mのレースに出られればいいな』くらいの考えでした」

 実際に始めてみると、1年生の11月に初めて走った時は1分01秒48だった記録が、2年生で最初に走った静岡中部地区大会の予選は56秒59で、決勝も56秒58で走り優勝。次の静岡県大会も56秒40とタイムを伸ばして優勝すると、東海地区大会5位に入った。その権利で出場したインターハイでは、予選と準決勝で55秒4台を連発して決勝で6位。

「タイムが特別にすごいわけではなかったけど、400mに取り組み始めて数カ月で全国6位になったこと、高校2年生になると、3年生以外で全国大会に出てくるのが私ともうひとりだけだったから、期待されるようになりました。

 今はマシになりましたが、元々メンタルが弱くて試合の2週間前ぐらいから『どうしよう』と不安になっちゃうし、体調にも出やすいタイプなんです。正直、ピリピリとした大会の雰囲気があまり得意ではなくて、のんびり自分のペースでできる冬期練習が一番好きなぐらいです(笑)。

 当時、プレッシャーを感じすぎた結果、3年になってからはケガを繰り返し、体重も増えてしまい、いい形でシーズンインもできず、ダラダラと陸上をやっていた感じでした」

 結局3年時は、200mは静岡県大会準決勝敗退。400mは東海地区大会準決勝敗退で、全国大会は4×100mリレーに出場して5位になっただけ。シーズンベストも57秒35と落ち込んだ。

「3年生になった時はもうこの先、陸上を止めるつもりで、『ラスト1年を耐えられたら陸上は終わる』と思っていました。でも、夏頃に今指導していただいている、日体大の大塚光雄先生と話す機会があり、『一緒に陸上をやりましょう』と誘っていただきました。結果を残してなくても私の力を信じてくれた大塚先生を信じてみようと思って、日体大に進むことを決めました」

 それでもすぐに陸上に集中できたわけではなかった。「大学であと4年間陸上をやるんだ、と思いながらも『高校生活の最後を楽しもう』と思っていたし、先のことはあまり考えず『大学のことは入ってから考えてみよう』というような感じでした」と気楽に構えていた。

【大学入学後、つらかったこと】

 だが、実際に進学してみると大学での生活は思いのほかきつかった。練習自体は時間も長くて体力的にも厳しかった高校時代とは一変し、全体練習は1時間半と短かった。一方でメンタルがきつかった。

 体重が増えていて筋肉量が落ちていたこともあって肉離れをして、400mは1分以上かかるくらい。先輩たちは54秒台で走るのを見て「自分は何をしているんだろう......」と落ちこんだ。

「私生活も1年目は合宿所だったけど、アパートの1室に4年生も含めて3人での生活でした。高校の時も寮生活だったけど、寮は学校のなかにあって終わればすぐに帰れるし、お風呂も好きに入れて食事も食堂で食べていました。でも大学は、自分で朝ご飯を作らなければいけないし、ほかにふたりいるから、お風呂に入るタイミングとか、ご飯を作るタイミングとかも気を使いながらでした。私生活も新しい環境に慣れるのが大変で、何回も辞めようと思っていましたね」

 その年のシーズンは、高校時代の記録を上回ったのは100mだけ。大塚コーチと何度も話し合い、「今年400mが無理そうだったら、来年からは100mをメインにやれば、メンタルも少しは良くなるのではないか」とアドバイスをされた。

「当時は走ることで精一杯だったけど、走れないなかでの400mは結構きつくて、メンタルが落ち着くまで100mに変えてもいいのでは、と言われて心に余裕を持てました」 

【怒涛の記録更新】

 2年生にあがると、私生活の環境も変化した。

「2年生になってひとり暮らしを始めたら、すべてが自分のタイミングでできるようになりました。ただ、どちらかと言うと陸上が良くなって私生活も良くなった感じでした。2年に上がる直前の冬期で、関東インカレで1位と2位になった卒業してしまう先輩たちを目標にして練習をしていたら少しずつ足が速くなってきて、そのあとにひとり暮らしが始まり、さらに調子を上げた感じです。

 4月の関東インカレに向けての学内選考会で、高2の自己ベストを更新する54秒77を出せたことで、400mをもう一度試してみようという気持ちになれました。その時は努力をした結果、記録を出せたので、高校の時の記録が出ちゃった感じとは少し重みが違いました」

 そこからは関東インカレや日本インカレでタイトルを取って自信をつけると、冬期練習でも好きだというウエイトトレーニングに取り組んで筋力もアップさせた。それが、3年生で出場した2025年5月の静岡国際の51秒71につながった。

 記録を出した直後に帰化が完了したが、申請は1年前から行なっていたという。このタイミングだった理由はこう語る。

「5歳年上の姉が大学生の時に帰化をして、私もペルーに戻る予定もないので、ずっと日本にいるなら帰化したほうがいいと高校の頃から考えていました。ペルーから出生届を送ってもらい、それを日本語に翻訳したものを提出しに行かないといけないので、姉と一緒にまとめてやれば楽なのはわかっていたのですが、高校は寮生活だったので、毎回浜松に通うのが難しくて後回しにしていました。

 それでやっと2024年の5月に双子の兄と一緒に帰化申請をして、1年後の6月に通りました。ペルーと日本のハーフだった父側の苗字が青木だったので、その名字を使うことにしました」

【陸上選手としての未来予想図】

 試合に出るプレッシャーのない冬期シーズンの今は、伸び伸びと練習ができてモチベーションも上がっていると笑顔で言う青木。

「走るのは嫌いじゃないので、今は苦ではないし、体を動かすことも楽しいです。みんなとやっている陸上も好きだから、やっていけている感じですね。種目に関しても400mだけとは考えず、100mや200mは400mのスピードの練習だと考えて、逆に400mは100mと200m生かせるストライドの練習ととらえています。全種目が少しずつ速くなったらタイムも伸びるかなと考えています。4×100mリレーもあるので100mも速くならなきゃいけないので、全部を楽しみたいと思っています」

「51秒71も日本記録にならなかったので、ちゃんと日本記録を出したいという気持ちはあります。だけど、プレッシャーにならない程度に、楽しく陸上やっていたら結果がついてくると思って、来季もシーズンインがどれぐらいかによって目標を立てればいいかなと思っています。2025年は良くも悪くもたくさんの経験をさせていただいたので、それを今年のシーズンにどれだけうまく生かせるのかが勝負のカギになってくると思います。大学3年生で世界陸上を近くで経験させていただいたり、海外遠征にも行ったけど、そんな経験ができる学生はなかなかいないと思うので、それを武器に『2026年は頑張りたい』という感じです」

 こう話す青木だが、競技に対してはあくまでも自然体で臨み、大きな目標を掲げることはしない。それをしてしまうとプレッシャーで辛くなってしまうと言い、目の前にある一つひとつの試合結果を見て、少しずつ目標を明確にしていこうとしている。

 今年9月には名古屋でアジア競技大会も開催されるが、春からの過程を経て、その先に見えてくればいいと語る。

「日本の女子400mを盛り上げていけたらなという思いはあるんですが、本当に自分に自信がなくて......。陸上はいつ足が遅くなるかもわからないし、これで勝てるのか、勝てないのかもわからない。自信が持てないのも、自信を持って『絶対勝てる』と思って挑んだレースで負けた時のギャップが怖い。精神的にやられるのが一番嫌なんです。

 最初から『走りきる』を目標にしていれば、結果が良ければ喜べるし、悪かったら『走りきれたからいいか』と思えるかなと。だからよく、周りからはアスリートらしくないと言われます(笑)」

「大塚先生と出会えて陸上を続けられているので、恩返しをしたいという気持ちもあります」と大学最後のシーズンに向けて意気込む。その一方で、これからの先の競技人生を決めるうえで、今シーズンは「ひと区切り」と考えているという。大きな目標は立てずに一歩一歩というところと同じく、はるか先のことは考えずにまずは今シーズン、どんな結果を出せるのか。それによって、青木アリエが描く陸上選手としての未来が変わってくる。

Profile
青木アリエ(あおき・ありえ)
2004年6月2日生まれ。静岡県出身。
中学生から陸上を始めて、東海大翔洋高校進学後、400mをメインに取り組み始め、徐々に記録を伸ばし、日体大3年で出場した静岡国際で日本記録を超える51秒71のタイムを出した。ペルー国籍からの帰化前だったため日本記録にはならなかったものの、多くの注目を集めた。

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