【モーグル】堀島行真、逆転狙って大技成功「実力あることは示せた」銅獲得も「悔しい思いはある」

0

2026年02月12日 22:52  日刊スポーツ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

日刊スポーツ

メダルセレモニーで銅メダルを手に笑顔を見せる堀島(撮影・前田充)

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フリースタイル>◇12日◇男子モーグル決勝◇リビーニョ・エアリアル・モーグルパーク


堀島行真(28=トヨタ自動車)が22年北京五輪に続く銅メダルを獲得した。20人による決勝1回目を5位で通過し、上位8人による2回目の第2エアで大技「コークスクリュー1440」を決めて83・44点だった。クーパー・ウッズ(オーストラリア)が83・71点で金、W杯通算100勝を誇るミカエル・キングズベリー(カナダ)が銀と僅差だった。堀島は15日の新種目デュアルモーグルで初代王者に挑む。


  ◇  ◇  ◇


勝負をかけた。決勝1回目を5位で終え、逆転を狙った2回目の第2エアでコークスクリュー1440(軸をずらした4回転)に挑んだ。高く舞った。会心の滑りにガッツポーズが出た。この時点でトップに躍り出て金メダルの期待がかかったが、キングズベリー、ウッズに上回られた。


表彰台では笑った。「悔しい思いはあります。でも、こうやって頑張ってきてメダルがあるのとないので大きな違い」。何より最後に堀島らしさを出した。「完璧ではなかったけどメダル獲得ラインには持っていけた。実力があることは示せたと思う」と胸を張った。


周到な準備で、3度目の五輪に臨んだ。18年平昌大会は決勝で転倒し11位。トラウマを抱え、一時は競技をやめかけた。それでも22年北京大会で銅メダル。自信を手にしたが、満足できなかった。そこからの4年で「平昌、北京の反省点を生かした」とストイックな男がさらに競技と向き合った。「金メダルを取る」。北京前は宣言できなかった言葉を、何度も口にした。


イタリアでの26年2月12日から逆算して準備を進めた。24年に拠点をノルウェーに移した。五輪会場と時差ゼロの欧州での生活を選んだ。所属先にプレゼンテーションし、住居やビザを調べて手配。現地の役所に出向き、日本の運転免許証をノルウェーのものに書き換えた。室内練習場に交渉し、モーグルコースを新たに作ってもらった。厳しい環境に身を置くのも苦にならない。五輪で結果を出すためなら、何でもやった。


昨年3月の世界選手権で左膝靱帯(じんたい)損傷。3カ月のリハビリを経て雪上に戻った。五輪まで練習できる時間を計算し、スケジュールを設定。エアで新しい技をやると決めればシーズン開幕までに100本と決意して飛び続けた。


新しい味方に支えられた。22年11月に女子モーグル北京五輪代表の住吉輝紗良さんと結婚。第1子も誕生した。「心の支えができた。同じ競技者として言葉をかけてくれて、迷ったときに一緒に考えてくれる」と明かす。五輪レースのちょうど1年前、自身はW杯で海外遠征中だった。代わりに、妻に五輪会場を視察してもらった。雪質は? 温度は? レース時間の影の向きは? 細かくチェックし写真を撮ってもらい、対策した。「家族に我慢させた分、結果で応えたい」。誓っていた願いをかなえた。


まずは1つ目のメダル。15日にはデュアルモーグルに臨む。2人同時に滑りトーナメント方式で争う新種目。五輪3つ目のメダルへ準備は続く。【飯岡大暉】


◆堀島行真(ほりしま・いくま)1997年(平9)12月11日、岐阜県池田町生まれ。両親の影響で1歳からスキーを始める。岐阜第一高−中京大。初出場の18年平昌五輪は転倒で11位。22年北京大会銅メダル。W杯日本歴代最多通算24勝。世界選手権は25年にモーグル優勝、デュアルモーグル2位、17年には2冠。趣味はけん玉。170センチ、66キロ。

    ニュース設定