F1現場で感じた「ホンダの看板」の重みに「これはヤバい」 ベテランメカニックふたりが語り合うF1の面白さ

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2026年02月13日 10:00  webスポルティーバ

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ホンダF1 ベテランメカニック対談 第3回(全4回)

 2026年シーズン、ホンダはアストンマーティンと組んで、第5期のワークス活動を再開させる。そこで今回、F1カメラマンの熱田護氏が、ホンダF1の第3期(2000〜2008年)と2015年からスタートした第4期を最前線で支えてきたふたりのメカニックに話を聞いた。

 ひとりは2025年までレッドブル・レーシングでチーフメカニックを務めた吉野誠さん。もうひとりは同じく2025年までレーシングブルズ(トロロッソ、アルファタウリ)でチーフメカニックとして活動した法原淳さん。ホンダの現場の「顔」として長く活躍してきたベテランメカニックのふたりに、ホンダF1の過去と未来について熱く語ってもらった。(インタビュー実施=2025年12月)

第1回を読む>>>【ホンダF1・メカニック対談 吉野誠×法原淳】フェルスタッペン、佐藤琢磨......関わったF1ドライバーの「素顔」を明かす

【ホンダはF1をすごく大事にしている】

ーー長い間、F1の現場で仕事をされてきて、他チームの人たちとの交流で印象に残っている出来事はありますか?

法原淳(以下、法原) 僕と吉野さんは第3期のBARホンダ時代に、ハース代表を務める小松(礼雄)さんと一緒に仕事をしたことあるのですが、2025年シーズン終盤戦のメキシコGPでハースのオリバー・ベアマン選手がすごくいいレースして4位に入賞しました。僕らレーシングブルズはハースとコンストラクターズ・ランキングを競い合っているライバルでしたが、レースが終わったあとに小松さんに「おめでとう」を言いに行ったんです。

 そしたら小松さんがすごく喜んでくれて、「レースの時は切磋琢磨しながら競い合っているけど、チェッカーが振られたら、こうやってお互いを称えて合うというのがF1のすばらしさだよね」と話されていました。本当にそのとおりだなって思いました。

吉野誠(以下、吉野) 私はF1チームという組織とそこで働くスタッフが印象深いですね。F1チームをひと言で言うと、プロフェッショナルな人間の集まり。しかも、それぞれのスタッフはそれぞれの専門領域に特化して、分業体制で仕事をしているんです。

 特化しているからこそ、その領域以外のことは何もできないという人も多い。ただその分、専門の領域に関してはとんでもなく深い知識とノウハウを持っていて、驚かされることがあります。とくにレッドブルのスタッフはみんなプロ意識が高いですし、「この領域なら俺にまかせろ!」という、頼もしい人ばかりでした。

ーーふたりはホンダという看板を背負ってF1の現場で長く仕事をされてきました。ホンダという企業に対してはどんな思いを抱いていますか?

吉野 レースに対するスタンスにはいろいろな意見があると思うんですよね。参戦と撤退を繰り返すということに対しては、現場の我々も受け入れ難い部分はありますが、会社の事情があることも理解しています。

 ホンダは2021年限りで撤退してワークス活動はやめたことになっていますが、ずっとF1に関わり続けています。最近はトヨタも活動を再開しそうな雰囲気が出ていますが、ホンダは今もF1に残りパワーユニット(PU)の供給を続けています。

 イチ自動車会社がこれだけのお金をかけて自分たちでPUを開発して、レースをやることはすごく大変だと思うんです。実際にF1の現場で長く仕事をしてきて、世界最高峰のF1というレースにかかっている費用や、社内の莫大なリソースを使っていることもだんだんわかってきますから。

 それに会社の業績だってずっと順調だったわけではありません。それでもなおF1に投資をしているホンダのスタンスはすごいなと正直思います。なかなかできることじゃありません。それだけホンダはF1をすごく大事にしているんだなと、以前よりも強く感じるようになりました。

法原 僕は吉野さんの視点とはちょっと違ったところで言うと、初めてF1の現場に出たのは1999年の日本GPですが、その時のことは今でも忘れられません。朝起きて宿泊先のホテルから鈴鹿サーキットまでの道すがら、たくさんのお客さんが「頑張ってください。ホンダを応援しています」と声をかけてくれるんです。

 当時、先輩たちからは「お前はホンダの看板を背負っているんだからな。下手なレースはできないんだぞ」と言われていたのですが、その意味が本当にわかった。これはヤバいと。ホンダを応援してくれるファンがこれだけいるんだから、全力を尽くさなければならないんだって。同時に、これだけのファンがいるからF1もやり続けることができるんだと初めてわかりました。ホンダってすごいなと感じました。

吉野 鈴鹿は特別ですよね。私もまったく同じ気持ちです。

【自由な開発競争がなければF1じゃない】

ーーF1のすばらしさとは何だと思いますか?

吉野 私が思うのは極限のなかでの挑戦ですね。そして、その挑戦によって結果が得られることだと思います。ただ結果を出すためには、車体やエンジンだけでなく、細かいパーツや工具の一つひとつまで、すべてのパフォーマンスを発揮しなければならないんです。

 もっと言えば、それはハードウェアだけでなく、ドライバーはもちろん、エンジニアやメカニックなどの人間も含めてです。すべてが極限の状態まで高められて初めて成果が出るのがF1という世界だと思います。極限の戦いと言ったほうがいいかもしれません。それがF1の面白さだと感じます。

法原 モータースポーツの世界では、F1は間違いなく世界最高峰のカテゴリーです。その魅力はドライバーとコンストラクターの争いではありますが、PUサプライヤーの技術競争も面白さのひとつだと思います。

 ホンダにとっては世界最高峰の舞台に挑戦して、ライバルメーカーと競い合い、自分たちの技術に対する評価がレースの結果としてすぐ返ってくるところがすばらしいところだと思っています。僕はある程度、自由な開発競争ができなければ、F1がF1じゃなくなっていくんじゃないかなと思っています。

ーーコストキャップ(予算制限)も大事ですが、そればっかりになってしまうと、自由な開発ができない領域がどんどん多くなってきて、F1らしさがなくなってしまいますよね。

法原 どこまで開発を自由にできるようにするのか。そこの線引きは非常に難しいところですが、レースを面白くするためにBOP(バランス・オブ・パフォーマンス)と呼ばれるマシンの性能調整を行なうことは、F1では絶対にやっちゃいけないと思います。

吉野 それはちょっと違いますよね。レギュレーションやコストキャップという"足かせ"があるなかで、いかに極限のパフォーマンスを出すのか。そこがF1の面白さだと思います。ある程度の足かせがあったほうが、そのなかでなんとかしようとみんな頭を働かせますから、むしろいいかもしれません。

【大洪水、ミサイル攻撃......旅先で起きたハプニング】

ーー少しレースから離れますが、F1は旅の連続です。今、ふたりの長い旅の歴史がようやく終わろうとしていますが、旅先で困ったこと、楽しかったことはありますか?

法原 僕は2023年のイタリア・イモラの大洪水ですね。あれは大変だった。最終的には第6戦エミリア・ロマーニャGPは中止になったのですが、アルファタウリのファクトリーがあるファエンツァ(エミリア・ロマーニャ州)の定宿にしているホテル周辺の被害が一番ひどくて、ホテルから一歩も外に出られなかったんです。

 ホテルの2階近くまで水に浸かってしまい、これはヤバいなと思いました。吉野さんやHRCのマネジメントサイドにも連絡して、「サーキットに行けません」と連絡した記憶があります。

吉野 あれはもうレースどころじゃないです。生きるか死ぬかの話ですから。「食事はどうしてる? 水はあるの?」などと法原さんと話しましたよね。その時、私は法原さんとは違うホテルに宿泊していたのですが、我々のほうは浸水がひどくないエリアだったので助かったんですけど。

法原 じつは僕たちは火曜にサーキットのガレージへ行って、メンテナンスのためにエンジンを箱から出して、もう台車の上にセットしていたんです。「よし、ここまでやったら、明日はすぐに作業を開始できるな」と思ってホテルに帰ったら、大洪水に見舞われてしまった。「エンジンが水の上にプカプカ浮いていたらどうしよう。シャレにならないぞ」と気が気じゃなかったです。でも幸いF1のパドックは大丈夫でした。

吉野 その横のF2やF3のパドックは水没したんですよね。あれは危なかったです。私は旅先で困ったことはそれほどないですが、インパクトがあったのは2021年、サウジアラビアGPが初開催された時ですね。

 私はレンタカーのドライバーをしたのですが、現地の人の運転があまりにも荒くて驚きました。ホテルからサーキットへ行くまでの距離が30 分くらいで、その間に3回くらい事故になりそうになって、同乗している人が悲鳴を上げていました(笑)。散々な思いをしながら、毎日サーキットに通っていました。

 翌年にはフリー走行の初日にジェッダ・コーニッシュ・サーキット近くの石油関連施設がミサイル攻撃されるという事件も起きました。サウジアラビアの異国感は、ちょっと特別でしたね。

最終回を読む>>>「レッドブルは人間味のある温かいチームだった」ホンダF1メカニックが抱く感謝「終わる感じがまったくしなかった」

<プロフィール>
吉野 誠 よしの・まこと/1969年生まれ。1990年、ホンダ入社。国内の一般車のサービス部門を経て、1999年からF1プロジェクトに参画。当初はホンダ・レーシング・ディベロップメント(HRD)が製作したテストカーのプロジェクトに関わり、2000〜2008年には第3期F1で活動。その後、燃料電池の開発に携わり、2018年にF1プロジェクトに復帰。2025年までレッドブル・レーシングのチーフメカニックを務めた。

法原 淳 のりはら・あつし/1970年生まれ。1991年、ホンダ入社。国内の一般車のサービス部門を経て、1998年からジョーダン・無限ホンダのエンジン開発に関わり、2000〜2008年、第3期F1プロジェクトに参画。その後、量産車のミッション開発に携わり、2018年からF1プロジェクトに復帰。2025年までレーシングブルズ(アルファタウリ、トロロッソ)のチーフメカニックを務めた。

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