
「国会議員は国民の代表ですから、”究極の社会化”が求められる世界なんです。破天荒な人から超真面目な人まで誰もが納得する容姿が求められます。やはり国民の代表として恥ずかしくない態度や服装、髪型が求められるんです。だから、少し髪が伸びただけで後援会の人に『すぐ切りなさい!』と叱られたり(笑)。
10万人の有権者に名前を書いてもらった以上、大半の人に”任せられる”と思っていただかないと、預かった1票に申し訳ない。やりたいことのために、容姿に関しては徹底的に個人の自己主張を抑え込むことを自分に課していたような気がします」
こう語るのは、元衆院議員で、文部科学副大臣などの要職を歴任した義家弘介氏(54)。
長野県で生まれた義家氏は、中学時代から不良と呼ばれ、高校2年生で暴力事件を起こして退学処分に。両親から絶縁され、児童相談所を経て里親に引き取られるも、全国から高校中退者を受け入れる制度を開始した初年度の北海道の北星学園余市高校への編入が転機に。恩師との出会いを通じて更生し、大学卒業後に母校の教壇に戻り、’03年にドキュメンタリー番組『ヤンキー母校に帰る』(北海道放送)が放送されると、その後はドラマ化されるなど社会現象を巻き起こした。
’05年に横浜市教育委員に就任、’06年に政府の教育再生会議の有識者委員に任命され、’07年に当時の安倍晋三首相からの要請で、政治家に転身。’24年10月、裏金問題で自民党に逆風が吹いた衆院選で議席を失うまでの約20年間、教育の改革に身を捧げ、25年3月末に自身がかつて掲げた改革案を成し遂げたことを理由に政界を引退した。
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政界引退からまもなく1年を迎えようとするなか、義家氏の“ビジュアル”が今、話題を呼んでいる。
議員時代は、前髪をおろし、常にヒゲもきれいに剃り上げていた義家氏だったが、引退後に自身のInstagramで公開された姿を見ると、ワイルドに整えられた口ヒゲ、オールバックのロン毛、大きめのネックレスにラフなカジュアルウェアをさらりと着こなす「ちょいワルおやじ」なビジュアルが並んでいるのだ。
このイメチェンはたびたびネット上で話題になり、2月5日にも『NEWSポストセブン』が報じると、Xでは《議員の頃よりもしっくりくる》《ええやん、イケオジ》《人生楽しんでる》などと改めて大きな反響を呼んだ。
国会議員時代は抑制された身なりをしていた義家氏だが、引退後の大胆なイメチェンの理由ついて本人に聞いたところ冒頭のように話し、「冗談みたいな本当の話」としてこう続けた。
「困ったもので、議員時代は休みがないから基本的にスーツばかり着ていたので、私服がなかったんです。でも、いきなり揃えるのもなかなか大変なので、『セカンドストリート』などで古着を買っているんです。今日履いているこのズボンも『BOOKOFF』で500円(笑)。心動かされる1000円以下のものを結構楽しく選んでいます。
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もともと、あまりこだわりなく楽な格好が好きで、教師時代はジャージがほとんどでした。今ようやくファッションというか、私自身を楽しんでいる感覚です。今の姿が好評かはわかりませんが、昔の生徒たちからもよく連絡をもらって『義家先生、昔に戻ったね』って言われます」
自身のInstagramに並ぶのは、横浜や小樽といった馴染みの街並みに溶け込む、柔らかな表情の義家氏。そうしたSNSの写真はすべて、今年で結婚25周年を迎える妻が撮影したものだという。
「議員時代は毎朝5時に起きて6時には駅に立ち、8時からは都内に出て、休日はイベントをハシゴする毎日でした。旅行にも行ったことがなかったし、国会会期の1月から6月までは分刻みのスケジュールで過ぎていきますから、立ち止まる時間すらありませんでした。
今は、季節が移り変わる匂いや街ゆく人のファッション、そんな当たり前のものを眺めるゆとりができました。基本的に毎日一緒にご飯を食べるし、犬の散歩にも一緒に行きます。妻とは結婚して四半世紀になりますけど、こんなに長い時間一緒にいたことははじめてです。妻が本当のところはどう思っているかは分かりませんがね(笑)」
激動の教師、国会議員時代を経て、「ヤンキー先生」は“安息の地”にたどり着いたようだ。
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