
人生とは基本的に向かい風である。歩いている時。自転車に乗ってる時、追い風だった記憶が数回しかない。人によっては「え? 俺いっつも追い風だけど」ってこともあるのかな。物理的なことも含め、人生なんて基本向かい風ってことにしておこう。じゃないと辛い。俺が。
とかく人生には困難がつきものなのだから、例えばギャンブルなんてほんとは手を出しちゃいけないんだよね。だって大体の人は負けるんだもの。
でも、パチンコ依存とかになっちゃった人はもう止まらない。負けても負けても、もう取り返せない段階まで追いつめられても、それでもホールに出向いてしまう。
本人も「これではまずい」と分かっていても、どうにもならない。ボロ負けした瞬間は「もうこりごりだよ」となるが、一晩寝たらあら不思議。リベンジ意欲がもりもり湧いて来るのだからたまらない。(文:松本ミゾレ)
パチンコで負けたときに贅沢するのは悪いことじゃない!
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先日。おーぷん2ちゃんねるを見ていると「パチンコで5万負けたからステーキ食いにきた」というスレッドが立っていた。スレ主は5万という大金をパチンコで失ったというが、最低限の食費は残して退散することには成功している。
そこで、まあ普通なら自戒を込めて家に帰って米だけ炊いて食って寝る、ぐらいのものなんだろうけども彼は違った。1,000円相当と昨今の物価を考えるとかなり安い価格帯ではあるが、ライス無料おかわりつきのステーキを食べに行ったのだ。まあ安いお店あるもんね。
人によってはこれを「無駄な出費」と捉えることもあるかもしれない。が、僕は全然いいと思う。だってそれ以前に5万円も無駄金を散らしてきたんだもの、ここで節約とかしても焼け石に水でしかないから、せめて負けた思い出を、美味しかった思い出で少しでも虚飾はしておきたい。僕もそういう経験があるから、気持ちは分かる。分かってしまう。
勝ったにせよ負けたにせよ、パチンコ・パチスロをしたあとは、何か別の消費行動をしておかなければならないのだ。何故かと言えば、パチンコもパチスロも金銭感覚を少なからず麻痺させる。
勝ったとしても、ボロ負けしたとしても、結構なお金が動くことがほとんどなので、最後の最後に、たとえば外食するとか、たとえ公共料金を先に支払うとか、そういう消費をしておくことで、バランスを取る必要が、特に依存症の人ほどあると思っている。
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勝敗関係なくある程度贅沢はしておく方がいい。負けててもお刺身買って帰るとか。寿司食べて帰るとか。翌月分の電気代を払っておくとか。そういうちょっとした出費。これをやっておくと、お金の正当なレートが頭の中に感覚として戻って来る。
「うわ、手痛い出費だったな。でもパチンコとかするよりだいぶマシだな」と、脳をまともな世界線に引き戻すわけだ。むしろこれをしないと、本当に依存症はギャンブルのことしか考えられない魔物になってしまう。
パチンコ依存の最終形になると……
ではその魔物とはどういった状態を指すのかについて説明したい。簡単に言うと、前述のとおり依存症のどん詰まり。もう賭博のことしか考えず、色んな部分のバランスが破綻してしまった状況を指す。
たとえば服装ね。常に同じような汚いジャージに汚い靴。着回しもせいぜい3パターンぐらいしかなく、それで毎日ホールに行くような常連。あれが、魔物です。
たとえば髪型。清潔感がなく、汚い茶髪か金髪。風呂にも毎日入っているような気配はなく、ちょっとすれ違うと臭い。そういう感じ。こんなのも僕は、魔物と定義している。
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こういう人に共通しているのが、勝っても負けてもパチンコのことだけで日々が完結しているというところ。ホールにはしょっちゅういるのに近隣の買い物スポットや飲食店でも見かけることがない。ホールにしかいない。そういった状態。まさに異常事態。
こうなるともうダメなんですよね、社会から完全に逸脱していて、賭博だけが友達になってしまうというわけだ。ギャンブル以外に財布を使わない状態というのは、現代人としてかなり不健全なのである。
それに比べれば、5万負けた挙句にちょっとの贅沢としてステーキ食って帰るスレ主なんかは、まだ真人間の部類に軸足が辛うじて残っていると言える。
……ただ、件のスレ主は去年まで190万ほど貯蓄があったようだが、パチンコに目覚めてから敗戦続きで現在は貯金額20万になってしまったのだとか。魔物化にリーチがかかっている。みんなは真似しちゃダメだよ、ていうか今のパチンコなんか勝てないんだから打つ方が馬鹿だよ。
