【ミラノ五輪】高梨沙羅「ひとつピリオドを打てた」重圧から解放されて心が軽くなった仲間からの言葉があった

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2026年02月15日 07:10  webスポルティーバ

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「このチームだからできたことだと思うし、彼女や彼らがいてくれたからこそ、幸せな日にできました。自分のなかでひとつピリオドを打てたかなと思います」

 こう話す高梨沙羅(クラレ)は、4年前の北京五輪ノーマルヒル混合団体で味わった悔しさ、悲しさを、このミラノ・コルティナ五輪で乗り越え、うれし涙に変えた。

【不安を乗り越え団体戦の舞台へ】

 2022年2月7日、試合後に高梨が泣き崩れる姿がテレビに映し出されていた。スーツの違反で失格となり、4位という結果に終わったためだった。

 スーツの違反による失格は、W杯でも連戦のなかで体型の変化に対応できず、時々起こることだ。しかし、この時は高梨以外にも、1本目にドイツとオーストリアの女子選手が失格となり、2本目もノルウェーの女子が2名失格と、強豪国が狙い撃ちされているような不可解な状況もあった。それでも高梨は、周囲が心配するほどその出来事を重く受け止めていた。

 そして今回、2026年2月10日のミラノ・コルティナ五輪ジャンプ混合団体に、女子のエース級として3番手で出場。2日前の個人戦では13位に終わっていたが、この日は安定したジャンプを2本そろえて銅メダル獲得に貢献した。

「メンバーに選んでいただいた時から今日の飛ぶ瞬間まで、不安要素のほうが多く緊張していました。でも、五輪に来てから一番いいジャンプを2本揃えられたので、飛び終わった時はうれしいというより安堵の気持ちのほうが強かったです」

 実際、団体戦の前日の公式練習前に起用を知らされた時に、「本当に自分でいいのですか。練習を見てからでも遅くないので、それから決めてください」とコーチに相談をしていたという。それでも覚悟を決めて再び団体戦の舞台に戻ってきた。

「4年前は、(4年後に)この場に立てるとは想像できていませんでした。それでも北京五輪で一緒に飛んでくれた伊藤有希さん(土屋ホーム)や佐藤幸椰さん(雪印メグミルク)は、その後も一緒に飛んでくれました。先輩の存在がすごく支えになっていたし、(小林)陵侑(チームRYO)も変わらず接してくれていました。

 そういうチームや応援してくださる方々の支えで戻って来られたから、この役割を任せていただいた限りはもうやるしかないと思いました。自分の4年間やその以前から積み上げてきたものをここで出せないなら、私の競技人生は終わりだなと思って臨みました。結果、2本飛んで、チームにとって圧倒的な力になれるようなジャンプではなかったですが、五輪の個人戦や練習よりもいいジャンプが飛べたと思います」

【迷いながらも4年間で成長したこと】

 昨季はW杯開始から13シーズン続けていた表彰台記録が途絶え、W杯総合も初めてトップ10を外す12位。要因のひとつとして、昨季から採点基準が少し変更され、高梨が苦手とする着地のテレマークについて、入らない場合はそれまでの最大2点の減点から3点減点に拡大された影響もあった。

「昔は距離を飛べていたからテレマーク着地を誰も教えてくれなかったし、入れなくてはいけないものなのかも知らなかった」

 こう苦笑する高梨は昨シーズン、自身についてこう話していた。

「長く競技をしているなかで、ずっと同じではいられないと思うんです。いろいろな道具の変化やルールの変化があるなかで、(迷うことは)必要な経験だったのかなとも思うし、もう一度考え直さなきゃいけない時期でもあるのかなと思いながら過ごしました。

 第三者目線で自分を見てしまっていた部分はあるかもしれない。良くも悪くも悲観して見ている自分がいるかな、とは思います。傍から見ているからこそ読み取れる情報もあれば、だからこそ入り込めない自分もいたりします」

 そんな迷いのなかでも今季、着地の改善に努めていたテレマークが徐々に評価され、昨季は15〜16点台(満点20点)だった飛型点も16.5〜17.5点を出せるようになってきた。

【仲間の支えと団体戦のすばらしさ】

 背負うものの多かった高梨にとって大きな力となっていたのが、丸山希(北野建設)の存在だ。丸山は、サマーグランプリの好調をそのまま冬に引き継ぎ、開幕戦からの3連勝後も3勝を積み上げ、W杯総合2位につけている。彼女の成長で、日本チームを牽引しなければいけないという重圧から解放された。

 また、これまではランダムに行なわれていたマテリアルチェックも、昨季の世界選手権でノルウェー男子のスーツ縫い目に規定違反の素材の糸が発見されて失格になったのを機に、今季のスーツサイズ変更などの規格変更とともに、頻繁にチェックされるようになった。高梨もこの団体戦の1本目終了後にチェックを受けたが、「このシーズンはずっとパスし続けているので、自信を持ってチェック場所に行きました」と、心をかき乱されることはなかった。

 さらに今回はチームメイトの心遣いも、高梨の心を軽くした。個人戦で銅メダルの二階堂蓮(日本ビール)は会場入りしたあと、高梨に対してこう接していたという。

「僕と陵侑さんで『キーになるのは沙羅さん』と話していたんですが、沙羅さんの表情や発する言葉一つひとつが『絶対に緊張しているな』と分かる感じだったので、とにかく『もう楽しみましょう』などポジティブな言葉をかけて、気持ちを楽にさせようと思っていました」

 高梨もその時の様子をこう振り返る。

「私が飛ぶ前にも蓮くんが『頑張りましょうね』ではなく『楽しみましょうね』と言ってくれていました。私が『頑張ります』と言ったら、『沙羅さんは楽しく飛んでください。(次に飛ぶ)僕がその分やってやりますから』と言ってくれたり、陵侑も『いやいや、楽しもうよ』みたいな感じで和ませてくれたりして。希ちゃんは一番手だったので話す時間はなかったけど、彼女のジャンプからすごく勇気をもらえて『大丈夫だな』と思えました」

 2本目を飛び終わったあとは、ゲートの近くで待っていた伊藤にハグをされながら「お疲れ様。よく頑張ったね」と言われ、我慢していた涙が溢れ出てきた。

「もちろん有希さんの存在も大きいけど、情けないところではあるけど若手に支えられることが多かったです。競技以外にもすごく彼女、彼らの存在に癒されているというか、支えられて競技ができています。今までは張り詰めてやってきた瞬間が多かったのですが、後輩と話して楽しみながらできました。

 スキージャンプは個人競技がメインなのであまりそういうところに触れてこなかったけど、(北京五輪から)団体戦ができて、いろんな選手と触れ合いながらやっているなかで得られたものもすごく大きいと思うし、それが今、身になっている感じがします」

 これまでずっと団体戦は苦手だと感じていて、これからも多分苦手のままだろうと高梨は苦笑する。それでも今大会感じた団体戦のすばらしさをこう語った。

「2018年の平昌五輪の個人戦で銅メダルを獲りましたが、それとは比べ物にならないくらいに『やっぱり五輪はいいな』と思えました。個人戦でももちろん、周囲の人たちと喜びをシェアできるけど、この喜びをみんなで分かち合えるのは団体戦ならではだと思います。団体戦のすばらしさを感じられた日になったので、ここからまた新しくスタートが切れると思います」

 重い軛(くびき)から解き放たれた高梨はこれから、これまでとは違う新たな気持ちで再び競技に取り組み始める。

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