
<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):フリースタイル>◇15日◇男子デュアルモーグル3位決定戦◇リビーニョ・エアリアル・モーグルパーク
島川拓也(27=日本仮設)が4位だった。3位決定戦でマット・グレアム(オーストラリア)に15−20で惜敗。今大会から採用された対戦型の新種目で、表彰台をあと1歩のところで逃した。
果敢に攻めた。2つのジャンプも成功させた。ターンも最後まで保ち、まとめた。だが僅差で明暗が分かれた。それでも悔しさより満足感が上回った。
「ラッキーもあったんですけど、ちゃんとこのチャンスっていうのをものに1つずつ進めたかなと思います」
24年3月のW杯で自己最高2位に入った経験がある得意種目。「デュアルは得意で、チャンスが誰にでもある。チャンスをものにしたい」と意気込んでいた。
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そして戦い終えて思うことは、こうだ。
「楽しかったです。本当にこうやって今、家族だったり、会社の方だったり、スポンサーさんが直接現地に見に来てくれているので、本当に1つでも多く自分の滑りっていうのを見せたいっていう思いで、このオリンピックは滑ること意識してやってきた。本当にケガなく終えて、いい滑りも中にはできたので、そこはちょっとホッとしています」
12日のモーグルは決勝で15位。札幌国際大卒業と同時に引退を考えたが、競技を続行して初の五輪切符をつかんでいた。
所属の日本仮設は、土木・建築工事で使用するさまざまな資材を販売やレンタルしている会社。サラリーマンとの二足のわらじでオリンピックに挑んできた。
だからこそ感謝の言葉が口を突いて出た。
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「会社の方々が本当に支えてくれたっていうのが一番で、僕が練習だったり、合宿だったり、遠征だったりっていう長期でいない時も、僕がいない分も、皆さん本当に行っておいでって温かく見送ってくれたっていうのは、非常にここまで練習に打ち込むことができたっていうのはあります」
果敢に雪面に突っ込んでいく危険と隣り合わせの競技。臆せず、最後まで果敢に挑む姿は見る者の心を強く揺さぶるものだった。
「メダルを皆さんにお見せしたかったっていうのが正直な気持ちなんですけど、でも自分のやれることは全て尽くしたので、本当に少しでも元気だったり、モーグルに興味持ってくれる人が少しでも増えたらいいなと思います」
澄み切った空のように、晴れやかな表情だった。
◆島川拓也(しまかわ・たくや)1998年(平10)12月18日、札幌市生まれ。10歳からモーグルを始める。北海道科学大高から札幌国際大。21年に日本仮設入り。W杯は19年2月田沢湖大会でデビューし、通算49戦出場。最高は24年3月キエーザインバルマレンコ大会(イタリア)デュアルモーグル2位。
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◆デュアルモーグル 2つのレーンに分かれ、途中2カ所のジャンプ台があるコブ斜面のコースを2人が並んで滑り、トーナメント方式で争われる。審判員7人のうち4人がターン、2人がエア、1人がタイムを採点する。
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