
自動販売機から無料で読めるショートストーリーが出てくる、体験型サービスが反響を呼んでいる。出版取次大手のトーハンが2025年10月より開始している実証実験「物語の自動販売機」だ。
本実験は、同社の社内ベンチャー制度「Business Design Lab.(ビジネスデザインラボ)」が主催するビジネスコンテストで、2024年にグランプリを受賞した企画である。2023年に新卒で入社した若手社員3人がゼロから企画し、実証実験までこぎつけた。
プロジェクトメンバーで雑誌部の中莖(なかぐき)真依さん、プラットフォーム事業部の中村可奈さん、書店事業本部の中村明日香さんに、企画のきっかけや実証実験の反響、今後の展開などを聞いた。
●本を読まない6割に衝撃
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3人はビジネスコンテストに挑戦するに当たり、書店以外の場所で作品に触れ、物語の面白さに気付くきっかけをつくりたいと考えていた。そんな中、公募期間中に文化庁から発表されたのが、2024年の「国語に関する世論調査」だった。1カ月に1冊も本を読まない人が約6割に上るという結果に、衝撃を受けたという。
一方で、トーハンが独自に実施したWeb調査(10〜70代の男女450人が対象)では、月に1冊も読まない層のうち、半数以上が「本を読みたい気持ちはある」と回答した。読まないのではなく、「読めていない」のではないか――。そこに着目した。
ヒントになったのは、フランスなどで展開されている短編ディスペンサー「The Short Story Dispenser」だ。ボタンを押すと想定読書時間が1分、3分、5分の短編が機械から出てくるもので、駅などでの待ち時間に短編を無料で印刷して読める仕組みを、日本でも展開できないかと考えた。
応募した社内ビジネスコンテストは2020年度にスタートし、年1回開催している。書類・プレゼン選考を経て、通過企画は実証実験へ進む。年によっては通過ゼロのこともあり、逆に複数案が選ばれることもあるという。
これまでにも、書店の空きスペース活用サービス「ブクマスペース」や、クリエイターとファンをつなぐマッチングサイト「KAYTE(カイテ)」などが、同コンテストをきっかけに事業化されている。
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こうした実績を持つコンテストに挑んだのが、2023年入社の若手社員3人である。23人の同期のうち3人でチームを結成し、入社2年目で応募。当時、最年少でのグランプリ受賞を果たした。
●大学やミュージアムに設置
実証実験が決まったのは、2025年2月。同年5月には文化庁「令和7年度 文字・活字文化資源活用推進事業」に採択された。行政の後押しも得て、取り組みは一気に加速する。3人は通常業務と並行して、この実験を進めていった。
まず設置したのは、世田谷文学館(東京都世田谷区)、フェリシモ チョコレート ミュージアム(神戸市)、青山学院大学 (東京都渋谷区)の3カ所だ。世田谷文学館では、世田谷線100周年や世田谷文学館開館30周年と連動する形で展開した。
フェリシモ チョコレート ミュージアムでは、ミュージカル「チャーリーとチョコレート工場」日本版のアートディレクションを手掛けた増田セバスチャン氏の企画展が開催されていた。そこで、原作『チョコレート工場の秘密』(ロアルド・ダール作/評論社刊)から印象的な11シーンを選び、展示内容と連動させながら原作の魅力を伝えた。
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青山学院大学では、学生食堂入口に「物語の自動販売機」を設置し、学生への事前アンケート結果を踏まえた作品をラインアップ。学生が執筆したオリジナルストーリーも公募した。
実施場所の選定基準は「待ち時間が生まれる場所か」「その場で読める環境か」「自販機という形態と親和性があるか」の3点だ。
その後、2025年11月には「たまでんカフェ山下」(東京都世田谷区)、2026年1月には三軒茶屋「キャロットタワー」内の「生活工房ギャラリー」(東京都世田谷区)にも設置。2026年4月からは青山学院大学 相模原キャンパス(神奈川県相模原市)での設置も予定している。
●「また使いたい」9割超
タイトなスケジュールの中、特に苦労したのは機体の色の選定やUIの設計だったという。機体の色は、シンプルなものが良いのか、目立つ色が良いのか。多くの人にとって、使いやすいUIとは何かを模索した。
ショートストーリーを印刷する紙は感熱紙(レジで使うロール紙)を活用し、補充の手間を軽減した。限られた半年間で、設置先の開拓と機体の開発を並行して進めた。
さらに、本の一部を抜粋するため、出版社や著者から許諾を得る必要があった。取次としてのネットワークを生かしながらも、丁寧な説明を重ねたという。
2026年2月時点で、物語は約8500枚印刷された。当初目標の1000枚を大きく上回る数字だ。利用者アンケートでは、9割以上が「また使ってみたい」と回答した。
「街中で無料で本が出てくるのが面白い」「新しい作家との出合いになった」といった声が寄せられた。本の“全部”ではなく“一部”を切り取ることで、読書体験のハードルを下げる狙いが功を奏した。他地域からの問い合わせも、寄せられているという。
生成AIで物語を作れる時代だが、アンケートでは「作者が誰かを重視する読者が多い」という結果も出ている。あえて出版社を通した正規作品にこだわることで、著者からもSNSで賛同の声が上がるなど、さまざまな広がりも見せている。
実証実験は、2027年2月ごろまで継続予定。設置件数を増やし、地域の歴史や観光資源と結び付けた企画も検討しているという。単なる販促ではなく、街の中に“読書のきっかけ”を埋め込むインフラへと育てていく構想だ。
本離れという逆風の中で生まれた、若手社員発の挑戦。物語の自動販売機は、ページを開く最初の一歩をどこまで広げられるのか。今後の展開にも注目したい。
(熊谷ショウコ)
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