
今回の軍事攻撃の背景には何があったのか…長年にわたるイランの核問題を振り返ります。
【イラン攻撃の背景】核兵器9発分相当のウラン保有・・・核開発表面化は2002年
イランの核開発「平和利用」主張も・・・制裁強化から解除までイランの核開発が表面化したのは2002年。反体制派組織が、イラン国内で秘密裏に建設されていた2つの大規模な原子力施設の存在を暴露したことがきっかけでした。
これにより、IAEA=国際原子力機関へ申告せずウランを濃縮していたことが明らかになります。
イランは一貫して「平和利用が目的だ」と主張しましたが、国連安全保障理事会は2006年に制裁決議を採択。欧米も制裁を強化し、イラン経済は大きな打撃を受けました。
その後、アメリカやイギリス、中国、ロシアなど6か国との間で核合意が成立し、イランがウラン濃縮活動を大幅に制限する代わりに、欧米が制裁を解除することになりました。
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しかし、状況は一変します。
アメリカ トランプ大統領(2017年10月)
「米国はイラン核合意を認めることができないことを表明する」
2018年、第1次トランプ政権はこの合意を「史上最悪の欠陥合意」と批判し、一方的に離脱、制裁を再発動させました。
これに反発したイランは段階的に合意の制限を超え、濃縮度を引き上げていきます。IAEAによりますと、去年5月時点でイランは濃縮度60%のウランを408キロあまり保有。これはさらに濃縮を進めれば、核兵器9発分に相当するとされています。
核協議再開も・・・大規模戦闘・反体制デモこうしたなか、去年4月にアメリカとイランの高官による核協議が再開し、5回にわたり協議が行われました。
しかし、6回目を目前にイスラエルがイランの核施設などを攻撃。アメリカも加わり、イランも報復に出るなど、12日間に及ぶ大規模な戦闘が続きました。
その後、停戦は実現しましたが核協議は中断されました。
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さらに去年12月から今年1月にかけて、イランでは大規模な反体制デモが発生。国内の不安定化が進むなか、アメリカが再びイランに対して核合意を迫りました。
軍事力背景に核協議再開も・・・溝は埋まらなかったかトランプ大統領は「合意に至らなければ軍事措置も辞さない」と明言し、中東周辺に空母2隻を派遣したほか、あわせて10以上の艦艇を集結させました。
こうした圧倒的な軍事力を背景に今年2月、核協議が再開し高官協議が行われましたが、双方の溝は埋まらなかったとみられています。
イランはこれまで、攻撃を受ければイスラエルや中東の米軍基地を標的に報復すると警告していて、今後、攻撃の応酬につながることが懸念されています。
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