なぜ日本の「保守」は世界と噛み合わないのか…欧米保守との“決定的な違い”

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2026年03月02日 09:20  日刊SPA!

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第二次高市内閣が、盤石の支持のもとで発足した。“アンチ移民”など世界の右傾化が進む中で、日本もその流れに沿って舵取りが進むのだろうか? 元国連職員でロンドン在住の著述家・谷本真由美氏(Xでは“めいろま”としてフォロワー25万人)による連載『世界と比較する日本の保守化』。今回は「日本の保守と欧米の保守の決定的な違い」について、歴史・文化的背景から考察する。

◆変化や移動に貪欲な欧米諸国

前回「変わらないこと」を合理的と捉える日本人の特殊性と、反対に「変わること」を合理的と捉える大陸国家の価値観や文化について考察したが、実は後者の「移動」や「変化」を合理的だと捉える感覚は、中国や朝鮮半島だけではなく、 中央アジア南アジアも同じであるし中東も似ている。そして、長年戦争と紛争を繰り返してきた欧州諸国の人々も、この移動を合理的と考える地域の人々だ。

実際に住んだり仕事をしてみると非常によくわかるのだが、欧州諸国の人々というのは、全体的にその国民性がどちらかと言えば中国や中央アジア南アジアに近い。日本人は欧州の人々は非常に保守的で変化を嫌い、移動を好まないと思い込んでいるかもしれないが、そうではない。そもそも欧州の人々というのは、略奪を繰り返して豊かになってきたのである。それは、現在の発展途上国の多くが欧州の植民地であったことからもよくわかるだろう。

まだ交通技術があまり発達していない頃にさえ、彼らは船に乗って遥か遠くの未開の地に資源と奴隷を求めて移動していったのである。航海の途中で命を落とすものも多かったし、渡航した先で現地の部族に殺害されることも少なくなかった。しかし、それでも移動を繰り返して略奪を続けていったのだ。

そして渡航した先では宗教を変え、自分たちの言語を標準語にし、教育体系もすべて変え、邪魔になる現地人は奴隷として捕獲して、他の土地に連れて行ったのであった。

これを電気もコンピューターも発達していない時代にやっていたのだから、実に恐ろしいことだ。とにかく安定を求める日本の人々のメンタリティーとは正反対であると言えよう。アフリカや中東、南米に行くと、こんな遠くにまで欧州人は来ていたのかと唖然とするのだ。現地には植民地時代に欧州が作り上げた建物や教会が残っており、現地の文化や言葉がことごとく消滅している地域も多い。

無邪気で無知な日本人は、現地に行って欧州人が残したものを観光したりしているが、日本に武士がおらず、強固な管理体制がなければ、日本が同じ状況になっていたであろう。現代の彼らの企業経営やビジネスもまったく同じで、日本企業に比べると、とにかく変化が速く、ダメなものはすぐにやめてしまう。スタッフは使い捨てである。とにかく決断が早い。表面的には社会貢献とか平等など綺麗事を言っているが、収益性への追求度は日本よりはるかに真剣である。そしてその内面は極めて冷徹だ。さらに言えば、実はコツコツとものを作るような商売はあまり好みではない。時間がかかる上に、儲けが少ないからだ。

もちろんドイツやイタリア北部、ポーランドのようにものを作ることに熱心な人々もいるが、彼らは欧州においてはどちらかといえば負け組だ。外交力は弱く富も持っていない。ただ、現代ではそのような地域でも日本に比べるとはるかに変化に富んでいるし、その強欲さは日本の比較にはならない。

◆故郷を思う歌がほとんどないイギリス

そして、そのような欧州の遺伝子を受け継いでいるアメリカも基本的にはメンタリティが同じである。アメリカは欧州社会から弾き出された強欲な開拓者が作った国なので、欧州の古い意識を受け継いでいる。

その根本は壮大な支配欲であり、国家の存在意義は自分達の富の拡大である。

したがって、彼らは富を拡大するためであれば手段を選ばない。アメリカが世界の警察として今でも君臨しているのは、そのような欲が国家を動かす源泉であるからだ。資源があるところには、必ずアメリカ人がいる。

アメリカは、そのようにかつての欧州の強欲な遺伝子を受け継いでいるので、 常に新しいビジネスが生まれ、軍事力でも金融でも世界の最先端にある。

そのアメリカ社会で生きていくことは、大変な競争の中に身を置くことを意味する。安定とは正反対で、いつクビになるかわからないし、転居も当たり前だ。彼らは金を稼ぐことができるのであれば、アメリカ国内に限らず、世界中に転居していく。

そこには、日本人が持っている郷愁や郷土愛はない。先祖の墓へのこだわりもない。これは、アメリカ社会の支配層の少なくない数がキリスト教のプロテスタントであることも関係している。プロテスタントの中でも特にバプテストやメソジストは、物体に重きを置かないので、教会は極めて簡素であって装飾物がほとんどない。家の中にキリスト教を想起させるような装飾品もほとんどない。十字架さえ身に付けないのだ。

彼らにとってもっとも重要なのは心の中の信仰であって、物体に依存するというのは考え方に合わないのだ。したがって、先祖の墓とか故郷の教会を思うことがない。

ちなみに、アメリカにそのようなキリスト教の宗派を伝えたのは、イギリスの開拓者やかなり信心深い宣教師である。イギリスの中でも特に宗教心が強い宗派の人々や個人が、アメリカに渡ってそのような土壌を作り上げた。彼らは物体に対してこだわりがないので、新大陸に移動することにも戸惑いがなかった。そして、富を拡大するために植民地を拡大し、まったく異なる民族の中に入っていって布教することにも恐れがなかったのだ。

今のイギリス人もこのような先祖の国民性を色濃く受け継いでいる。彼らは物質に対するこだわりが非常に薄く、今でも個人の富を最大化するために南アフリカやジンバブエ、アルゼンチン、アメリカ、香港、オーストラリア、カザフスタン、ドバイなど、実に世界の様々な場所に気軽に引っ越していくのである。

そして、彼らの頭の中には何人であるとか、どこの村に所属している、どこの町出身だといったこだわりは希薄だ。そのため、日本では様々な音楽に故郷や家族といったものが登場するが、イギリスの音楽には郷里を思うような歌がほとんどない。

◆日本と欧米での「保守」の概念の違い

元来、近代の政治における「保守」と「革新」の概念は欧州で生まれたものである。

「保守」は王党派を支援する派閥、つまり教会や王を社会の権威として維持しつつ穏やかな変化を実現していく人々であり、「革新」はそれらを排除して急激な変化を求める人々のことであった。王がいない開拓地のアメリカの人々も、大枠ではこの考え方を受け継いでいる。

一方、文明開化を経て近代化した日本では、保守は大枠では従来型の体制を維持する考え方であったが、日本人にとってそもそも生活や体制を変えないこと自体が長年の「常態」であり、変えないことが正常かつもっとも合理的な考え方であった。
皇室の維持が前提であり、明治以後は形は変わったものの、社会の権威や伝統はそのまま維持された。皇室の廃止や秩序の完全な放棄は、議論にすらならなかった。過激派は社会の極小数であり、大衆は支持しなかった。

したがって、欧州人やアメリカ人が意味する「保守」と、日本人が意味する「保守」は、その根本が異なっている。しかし、日本で「保守」と「革新」の議論を繰り広げる人々は、この前提を十分理解していない。それは彼らのほとんどが、「保守」と「革新」の近代政治の定義を生み出した欧州人やアメリカ人と生活を共にしたことがないからだ。そのため、議論の根底がズレているのだ。この決定的な認識のズレについて、次回さらに考察していく。

<文/谷本真由美>

【谷本真由美】
1975年、神奈川県生まれ。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。主な著書に『世界のニュースを日本人はなにも知らない』(ワニブックス)、『激安ニッポン』(マガジンハウス)など。Xアカウント:@May_Roma

このニュースに関するつぶやき

  • 欧州保守の方が過激かと思うけど…。まるで日本の自称リベラル派がまともみたいだなぁ?
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