「正直“もう死ぬな”と思った」Dr.コパ すい臓がん闘病で初めて記した「遺言書の中身」

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2026年03月08日 11:10  web女性自身

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「昨年3月、自宅でトイレに行こうと思ったら転倒して右の大腿骨を骨折したんです。救急車で大学病院に運ばれて2週間の緊急入院。その影響で抗がん剤の治療計画が延びてしまいました。抗がん剤の効果が薄れてしまい、腫瘍マーカーの数値がどんどん上がっていって、昨年11月はじめに主治医から“がんが転移し始めた”“このままでは厳しい”と言われて……。だから初めて、遺言を残すことにしたんです」



神妙な表情で本誌にそう語るのは、風水界のレジェンド、Dr.コパ(78)だ。



彼は’24年8月、自らのTikTokのライブ配信ですい臓がんを患っていることを公表。同部位のがんは「3年生存率8%(*実際は7%)」であるとし、《これからは、すい臓と日々楽しく生きていこうと思っております。命がある限り、末永くDr.コパをよろしくお願いいたします》とつづっていた。



また昨年1月に配信された『デイリー新潮』のインタビューでは家族に対して、こんな気持ちを吐露していた。



《僕はもう君たちに対して何かを施そうとか、何かをしようなんてことは一切考えてもいないし、遺言書を書く気もない。僕は自分の人生を全うして生きたいだけだから。その中に、君たちに対して何かをするというアイデアはないわけです。もっとも、そう言ってはさすがに失礼だから「親父、これだけやってくれ」「あなた、これだけはやっておいて」と言ってほしいと。それに関しては最優先でやりますと》



それから1年後、今回の本誌取材で“変心”を明かしたDr.コパ。改めて告知の瞬間を振り返ってもらった。



■「正直“もう死ぬな”と思い準備を――」



「検診の腫瘍マーカーの数値が50を超え、精密検査によりすい臓がんが判明しました。主治医からは“腫瘍が血管に絡みついているので切除ができない”と言われました。私の次男が医者なので病院についてきてもらったのですが、一緒にCTの画像を見て『末期の一歩手前だな。親父、もって500日だよ』と言われたんです。



当時は実感がなかったんですね。元気でしたし、普通に酒を飲んで体調的には何の問題もありませんでしたから。主治医からは抗がん剤と重粒子線治療を進めることと、完治することはまずないと伝えられました」



治療の成果か、一時は1千まで上がった腫瘍マーカーの数値は2桁にまで下がったこともあったが、昨年3月の骨折の影響で秋には6千まで急上昇することに――。



「僕は長らく、銀座のビルの7階で一人暮らしをしています。朝は秘書が2人来て身の回りの世話もしてくれるんですが、夜中は一人なんですね。いまは床暖房のある洋間の電動ベッドで寝ています。



昨年11月6日だったかな、夜中トイレに起きたのに途中で動けなくなってそのまま朝まで床の上で気を失っていました。背中は低温やけどをしてしまい、いまでもその痕が残っています。



抗がん剤の副作用で、食べる料理の味もなくなってしまって醤油も砂糖も苦い。味という味がすべてダメ。果物しか受け付けず、体重は2週間で5キロ落ちました。



正直“もう死ぬな”と思いました。それまで僕は『遺言書を絶対に書かない』と言ってましたが、このときは弁護士と税理士を呼んで遺言書の準備をしたんです」



どんな内容だったのだろうか。



「財産には預金、株、不動産といった目に見えるものと、その家に伝わる“心”といった見えないものの2つあると思うのです。僕の場合、遺族は家内と子供3人。おのおのやってほしいことに合わせて目に見える財産は分けようと決めました。



僕は家族平等の相続についてはずっとおかしいと思っていました。僕の長男には先祖からのお墓とお寺、そして僕が銀座に建立した神社・銀座三宅宮の宮司を継いでもらう必要性があります。だから子供3人の相続が平等だと長男がかわいそう。そのため税理士さんには必要な分だけほかの子供たちより余計に渡し、その理由も家族に説明するようお願いしました」



かつて愛娘は「ドーター・コパ」として活動した時代があった。最終的にDr.コパは誰に継がせるつもりなのだろうか。



「Dr.コパというブランドを人間が継ぐのは大変なことです。ですから子供たちがDr.コパを継ぐことは望んでいません。銀座にある『Copa Shop(コパショップ)』でグッズを販売したりすることで、そのブランドを継続することが、コパの心を継ぐことになり、子供たちに重荷にならない相続方法だと思うに至りました」



結婚して48年になる妻への思いは――。



「家内は今まで僕の仕事のマネージメントや経理、またずっと子育てをやってきてくれました。本当によくできた女性です。僕のわがままで『銀座三宅宮』の隣にある銀座のコパビルでずっと一人で暮らすことを認めてくれた。家内は現在、孫と生活しています。



もともと夫婦はお互い邪魔しないよう独立して暮らす考え方でした。“自由にやらせたほうがこの人は伸びる”と家内は思ってくれていたんですね」



年明けから放射線治療や、1回約200万円という特殊な点滴を併用し、現状は腫瘍マーカーの数値は3桁以下にまで落ちている。



「体調は今は安定しています。死ぬまで仕事は続けますよ。つえをつけば一人で歩けないわけではありませんが、また骨折する危険性があるので車いすで移動しています。味覚は7割まで戻ってきました。休みはテレビでの競馬観戦、スポーツ観戦が楽しみですね。



最近、僕は毎晩、臨終の予行演習をしているんです。家族が集まり、最期は家内の手をとって『楽しかったよ』と言うような……。



実は今、家内のためにジュエリーを作っています。“相続でもめないジュエリー”を僕がデザインしているんです。風水的に“いちばん近くにいる人と仲よくできる”ようにしていて完成したら彼女に直接渡します。死んだ後じゃ、彼女を守ってあげられませんからね」



すい臓がん公表から1年半、元気に笑顔を見せるDr.コパ。愛する家族のため準備を続けている。

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