
永遠のオトナ童貞のための文化系WEBマガジン・チェリーは2006年3月6日にサイトとして始動してから10周年を迎えました。そこで今回は、連載陣のひとり、善雄善雄さんに特別寄稿をいただきました。
このたびはチェリー10周年、誠におめでとうございます。
この連載も、すでに開始から7年が経ったそうで、その歴史に想いを馳せながらあれ?7年連載でこんなに掲載本数少なくていいの?という不都合な真実から目を背けようとしています。
このたびは、チェリー10周年、誠におめでとうございます。
いつも自由に書かせていただいているこの連載ですが、今回は編集長より「チェリーが10周年なので、10年をテーマに書きませんか」と依頼を承りました。
「テーマは10年、あとは自由」だそうです。
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長く続けるということは、いい具合に適当になることなのかもなぁと、ふと思っています。
さて、僕は昨年、40歳を迎えました。
人生で10年を4回経験し、なんだかんだ、10年って結構だなとは思っています。
なんにも変われてないと思うこともあれば、同時に、10年前には想像もできなかった状態になっていたりもする。
本日は、
10歳の頃、お笑い芸人を目指し、
20歳の頃、劇団を立ち上げ、
30歳の頃、その劇団を解散し、
40歳の頃、いつのまにか復活させた劇団で演劇を続けている男の記憶にお付き合いください。

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芸人になりたいと思った10歳のころから、その気持ちのまま中学時代を過ごし、「芸人に必要なのは演技力」と信じて高校では演劇部に入りました。
その後の顛末は、だいたいこの連載でも書いてきたような感じです。
そういえば、高校に通っていたある日、中学時代の同級生にばったり会い、
演劇部に入ったことを伝えると、
「そっかお前芸人になるんだもんな。そのまま「やっぱり演劇やる!」とか言い出すなよ?」
と言われたことがありました。
あくまで演劇は手段としか思っていなかった僕は、
「言うわけないだろ!笑」
と返したのですが、その後やっぱり演劇やるようになってもう20年以上が経ちます。人の人生を勝手に予言しやがった同級生、お前は元気にしてるかい?
そうして演劇をやるために、演劇の大学へ進学。
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そこでは毎年春に演劇祭をしており、やりたいやつはそのお祭りで劇団を旗揚げする、というのが慣例のようで、
「せっかくだから」という気持ちで僕も劇団を作ることにしました。
4月の公演に向け、演劇祭の応募締切は前年の11月。
必要なのは、どんな舞台かの内容を書いた企画書と、申込用の申請書。
申請書には、作・演出である僕の名前に加え、「舞台監督」と「制作チーフ」の名前が必須とされていました。現場の安全を確保するスタッフの司令塔と、公演という興行の経理や広報を担う、それぞれの専門職。
最低でもその2人がいないと、そもそも応募の資格すら与えない、というのがルールでした。
なんとか経験者である同期生の女性2人に頼み込み、快く引き受けてもらい、いよいよ明日が応募締め切りは明日!となったある日、
突然、その舞台監督と制作チーフに呼び出されました。
なぜだか指定されたコンビニの駐車場に行くと、2人は「やっぱりやめたい」と、別れ話を切り出す彼女みたいなテンションで言いました。
すごく、パニックでした。
とはいえ、なんとなく、やめたそうな空気はありました。
それでも、さすがに一度引き受けてくれた仕事だし、一回はやってもらえるものだと思っていました。
というか明日締め切りなのにどうしよう!劇団、まだなにもはじまっていないのに終わりかけている!!
今思えば、「どういう作品作りたいの?」みたいな質問は何度かされていたのですが、そのたびに内容のことには触れず、「伝説を作りたい」だの「世界を変えたい」だのという中身ゼロのビッグマウスで返し続け、それがいつしか2人の中で「あいつは詐欺師か?」みたくなっていたのだろうなと思います。
そもそも「やりたい」という気持ちだけで、自分でもまだ具体的になにがやりたいのかなんてわかってなかったし、捻り出した僕がおもしろいと思うことは、2人には響いていないようでした。
これから並走してくれる仲間に対し、ちゃんとビジョンは提示しないといけない。
そんな当たり前にようやく気づきましたが、すべてはあとの祭りでした。
ただ、なぜかこのとき僕の中に諦めるという選択肢はなく、「意地でも公演してやる!」と走り回り、なんとか代わりに引き受けてくれる人を見つけ、どうにか応募ぎりっぎりに間に合ったのでした。
普通諦めるタイミングだよなぁと引き下がっていたら、本当にどうなっていたのだろうと思います。
そんなこんなで無理やり旗揚げた劇団は、その後もアホほどトラブルが起こりましたが、いざ初日の幕が開くと、驚くほどの大絶賛をされました。評判は広がり、千穐楽には客席が溢れ返っていました。
その異常事態に、出演者やスタッフも驚愕していました。一緒に作った仲間なのに、そこ驚くんだ、と思いました。それほどまでに、ほとんど誰にも信じてもらえていませんでした。
もしもこの旗揚げ作品が酷評されていたら、またいろんなことが変わっていたのだろうな、なんてことも思います。

そうして絶賛の味を覚えてしまった20歳ごろの僕は、「就職活動?俺は劇団で天下をとるんだ!」と豪語し、なんの計画性もないまま社会へと飛び出しました。
バイトをしたり、憐れんだ親から仕送りをもらったり。
しかし人を巻き込むエネルギーには欠けていたため、ずっと一人相撲を続け、手応えのないまま20代は溶けていきました。
一人で頑張って風邪をこじらせ、劇場から救急車で運ばれたり、ヘルニアをこじらせて歩けなくなって手術して臨死体験をしたりしました(全身麻酔から覚める際、真っ白な人がベッドの横に立って「大丈夫大丈夫〜!」と軽い感じで言っていました)。
必死で演劇に打ち込んではいましたが、金も体力も将来設計プランも、なにもかもが足りてはいませんでした。ぎりぎり守護霊っぽいのがいてくれてよかったです。いなかったらたぶん死んでいた。
そして30歳になる年、「劇団はもうやめよう」と決めたのでした。
ブルーハーツやハイロウズも10年で解散してるし、俺もしていいだろ!みたいな気持ちと、そもそもが限界でした。
最終公演に選んだテーマは、「演劇ってやつをぼこぼこにしてやりたい」というもので、演劇のあるあるとかおかしなところとかをネタにした短編集でした。
その最後に、「最低の後説(あとせつ)」という演目を作りました。
舞台の世界では、団体にももちろんよるのですが、
上演が終わってカーテンコールで頭を下げたあと、「よろしければアンケートにご記入ください」みたいな説明を舞台上から伝えることがあり、
僕「今後の活動の参考にいたしますので、アンケートにご協力」
出演者「いや今後の活動、ない」
僕「………いい思い出にしますので、アンケートにご協力お願いします」
のような感じで、最終公演ということをネタにして、僕がなにか言っては出演者に正してもらう、みたいな内容でした。
そんなこんなで大千穐楽となり、この後説の最後の方になって、なぜか僕は、
「この最終公演、本日で動員数が【1000人】を突破しました!」
と叫びました。
もうとんでもない、大嘘でした。
動員はたぶん、300人もいってなかった。もしかすると200人いってなかった可能性すらある。つらすぎて脳が記憶を消してるので、それすらもうわからない。
なにも知らないお客様はすごく拍手をしてくれ、事実を知っている関係者はドン引きしていました。つっこむ役回りの出演者も、なにも言えなくなっていました。
その後本当のことを伝えたら劇場はすごく変な空気になり、あとから結構怒られました。そりゃそうだ。本当に騙すような真似をして申し訳ない。
こうして、最後の最後まで微妙なままに、僕の劇団は幕を下ろしました。

解散後、多額の公演負債も抱えていたし、両親に「地元に帰って就職しようかな」と言ってみたのですが、なぜか「帰ってこなくていい」と言われ、
そのあたりから今の所属劇団でもあるゴジゲンにもよく俳優として出るようになっていて、なんとなく演劇自体はやめられないまま、日々は過ぎていきました。
解散から4年くらいが経ったある日。ゴジゲンのプロデューサーから「劇団、復活させよう!」と言われました。「嫌です!!」と結構ゴネたのですが、なぜかやることになりました。
そうして気づけば公演を重ねていて、40歳を迎える昨年に、しれっと「20周年記念公演」と題しながら上演していました。40にして惑わずと孔子さんは言ったそうですが、いまだに「どうしてこうなった?」と思うことの連続です。
この大千穐楽の後説で、僕は、【1003人】という動員数を叫びました。
解散公演で大嘘をついてから10年。
確認したんですが、今度は嘘じゃありませんでした。
あれ、あの日ついた嘘が本当になってんじゃん。
こんな伏線回収、フィクションだったらシラけちゃうよなぁなんて考えながら、
2本立ての公演だったし、ちょっと記録的にはズルくもあるんですけども、
正直目標にも掲げてなかったので、なんか泣かずにはいられませんでした。
最後になりますが、10年を4回過ごし、一つだけ確信して言えるのは、「10年後になにしているか見当もつかない」ということです。
10年前には両親から「帰ってこなくていい」と言われた富山にも、去年なぜか帰ってきちゃったし。
でもまあなんでもいいから、10年後もその先も、楽しく過ごしていたいなと思います。
あとなんか岸田戯曲賞とか受賞しててくれないかな。無理かな。
現状、誰もそんな未来信じてくれないでしょうが、10年って結構だから。
10年後にこの記事を見つけて、いろいろ思うことがあったらいいな、なんて思ってます。
媒体、残しておいてね。編集長殿。
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