ジュメイラ・ビーチ・レジデンス(JBR)。ヒルトンホテルや観覧車(アイン・ドバイ)を望むこの一帯は、本来この時期なら観光客で溢れかえるドバイ屈指のナイトスポット。しかし今は、飲食店のネオンだけが煌々と灯り、通りには閑古鳥が鳴いている 2月28日、米国・イスラエルによるイラン攻撃が開始された。報復としてイランは湾岸諸国全域にミサイルとドローンを発射し、非戦闘国であるはずのアラブ首長国連邦(UAE)も戦場に巻き込まれた。3月17日時点で、イランからUAEへの攻撃は弾道ミサイル314発、ドローン1672機、巡航ミサイル15発にのぼる。
ドバイのランドマークであるパーム・ジュメイラやブルジュ・アル・アラブ周辺にも迎撃破片が落下し、ドバイ国際空港(DXB)は複数回のドローン攻撃を受けた。外務省はUAE全土の危険レベルを「3(渡航中止勧告)」に引き上げ、在留邦人の大半が日本に退避している。
それでも、この街に残る日本人がいる。今回、開戦から約3週間が経過した時点で、ドバイに残留する日本人ビジネスマンたちに匿名を条件に話を聞いた。戦時下の日常とビジネスのリアルとは——
◆観光都市ドバイから人が消えた
開戦から2週間ほどで、街の景色は一変したという。
「観光客がいなくなり、日本人の退避も進んだ後の街の寂しさは顕著でした。どこのモールに行っても人がいない。ドバイモールやモール・オブ・ジ・エミレーツ、ダウンタウン周辺は特にそうでした」
一方で、カイトビーチのような地元住民が日常的に使う場所では、ジョギングやサイクリングをする人々が変わらず集まっているという。つまり、消えたのは「観光のドバイ」であり、「生活のドバイ」は静かに回り続けている。
実際、エミレーツ航空は開戦直後に全便を停止した後、3月5日から段階的に運航を再開したものの、現在も通常の50〜60%程度の運航にとどまっている。ブリティッシュ・エアウェイズ、ルフトハンザ、エールフランスなど欧州系の主要キャリアは3月末まで運休を継続中だ。ある試算では、ドバイの観光関連の予約は60%以上減少し、ホテル稼働率も大幅に落ち込んでいる。
◆日本人の7〜8割が退避、企業は「社長ひとり残留」
「アブダビでは9割くらいの日本人が退避した印象です。ドバイでは7〜8割。家族は当然帰しています。日本人学校はオンライン授業に切り替わりました」
ドバイには約340〜350社の日系企業が進出しており、大手も少なくない。退避のパターンとしては、日本人社長ひとりだけが残り、あとは全員帰国させるというケースや、全社員が帰国した企業も。
在ドバイ日本国総領事館と在UAE日本大使館は、開戦当日の2月28日に「アブダビ市内における爆発音が確認された」とする緊急情報を発出した。翌日からはザーイド国際空港の運航情報を6時間おきに更新し、3月3日には全在留邦人に海外安全情報配信サービス「たびレジ」登録と領事メール確認を強く呼びかけた。日本政府はオマーン・マスカットへの陸路退避バスも手配している。
「外務省の今回の素早い対応は特筆すべきものでした。商工会議所も毎日のようにアンケートを実施し、結果を共有していました。企業同士の情報交換も頻繁に行われ、日系企業のつながりの強さを感じました」
JBCドバイ(ドバイ日本商工会議所)はジェトロ・ドバイ事務所内に事務局を置く組織で、こうした非常時に在留日系企業の情報集約拠点として機能している。一方、ドバイ商工会議所(Dubai Chamber of Commerce)も3週間で各国ビジネスカウンシルと48回以上の会合を開催し、ビジネス継続を支援する姿勢を打ち出している。ただし、日本のビジネスカウンシルは同会合の公表リストには含まれておらず、日系コミュニティは大使館・総領事館・ジェトロを通じた独自チャネルで情報を得ている構図がうかがえる。
◆ミサイルが落ちる日常、95%が在宅勤務
外務省の危険度レベル3のもと、ドバイに残る日系企業のほとんどは在宅勤務に切り替えている。
「ドバイで最も有名なフリーゾーンであるJAFZAもDAFZAも、オフィスに行く人は少ないです。ジュベルアリ港はイランの攻撃対象になっていますし、DAFZAは空港のすぐ横。本社から『外出するな』と命令が出ている企業も多い」
ジュベルアリ港は開戦初日にイランの攻撃を受けて火災が発生し、一時的に操業を停止した。ドバイ国際空港は複数回のドローン攻撃で燃料貯蔵施設に火災が起きるなど、計4回のドローン関連インシデントが発生している。こうした状況では、港や空港に近いフリーゾーンへの出勤を躊躇するのは当然だろう。
一方で、日常の買い物や食事には支障がないという。
「スーパーには食料品が普通に並べられていますが、人がいないという状況。この国の食料自給率は10%で、90%を海外に依存していますが、現状問題ないという見込みです。人口が減っている分、当面は供給に問題はない」
UAEが戦前から食料備蓄と物流の多角化を進めてきたことは、UAE高官も公言している。しかし、ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば、国連世界食糧計画(WFP)が警告するように肥料や物流コストの高騰を通じて食料供給に波及するリスクは無視できない。
◆ビジネスの先が「全く見えない」
残留者にとって最も重い問題は、ビジネスの見通しの立たなさだ。
「観光客は来ないですし、これから夏に突入し、さらに厳しい。これまで好調だった不動産投資にしても、日本のようなUAEから距離のある投資家にとって、なかなか買いたいといった気持ちにはならないはず。状況にもよりますが、少なくとも6ヵ月は厳しいと見ています」
具体的な事例として、日本人顧客を主力とするある企業のケースが語られた。億円レベルのアセットを保有しながらも、主要顧客である日本人が退避したことで操業停止を検討。しかし、スタッフの退職金やアセットの処理に多額のキャッシュが必要なため、それも現状は不可能。であれば、少人数で運営を続けながら様子を見ざるを得ないという。
「事業をたたむにもキャッシュフローが厳しいわけです。であれば、少人数で回すしかないですが、それもいつまで保つかわからない。先が見えない状態は非常につらい」
金融面では、UAE中央銀行が3月17日にコロナ禍以来最大規模の支援策を発表している。銀行に対し準備金の最大30%までの引き出しを認め、資本バッファーの一時解放、紛争被害を受けた顧客へのローン分類猶予などを打ち出した。UAE銀行セクター全体の流動性は約2500億ドルに達するとされ、発表翌日にはエミレーツNBDやアブダビ・イスラミック銀行の株価が6%以上回復。しかし、戦争の終結時期が見通せない以上、こうした措置がどこまで持ちこたえられるかは不透明だ。
◆AI時代初の戦争とフェイクニュースの氾濫
今回の紛争で特徴的なのは、SNS上のフェイクニュースの深刻さだという。
「AIがこれだけ進んだ中での初めての戦争かもしれないです。全く関係ない場所にミサイルが撃たれたかのような動画とか、嘘やフェイクだらけ。公式発表以外は信じるなというのが鉄則です」
UAEではフェイクニュースの流布に対し罰金・懲役の罰則が定められている。UAE政府や民間航空局(GCAA)も、公式チャネル以外の情報に惑わされないよう再三呼びかけている。在UAE日本大使館も「複数の情報源から最新情報を入手するなど特別な注意を払う」よう求めている。この点について、取材に応じた日本人は「UAEが昔からSNS上のフェイクニュース規制に厳しかったのは、結果的に正しかったと証明された」と評価する。
◆崩れた「ドバイ安全神話」、残る者の覚悟
「ドバイの安全神話は崩れたように思います。UAEが他のGCC諸国と比べてもやたらとミサイルを撃たれている数が多いのはショックです。ドバイを知らない人が数字だけを見たら、『めちゃくちゃ狙われてる』と思うでしょう。今後も残る傷跡になりますよね」
実際に数字で見ると、その衝撃は鮮明だ。3月17日時点でUAEに向けて発射された攻撃は計約2000発。UAE国防省は弾道ミサイル300発以上、ドローン1600機以上を迎撃したとしているが、パーム・ジュメイラ、ブルジュ・アル・アラブ、ジュベルアリ港、ドバイ国際空港と、ドバイの「顔」とも言える場所が軒並み被害を受けた。死者8名、負傷者157名(推計)。数字だけを見れば、かつて「世界で最も安全な都市」の一つに数えられたドバイのイメージは大きく毀損されたと言わざるを得ない。
それでも、この街にとどまる理由がある。個人で起業し、サウジアラビアなどのGCC諸国やローカル企業を顧客に持つ人々は「簡単には逃げられない。覚悟が試されている」という。大手企業に守られない立場だからこそ、残り続け、ときにはゴルフや飲み会をしながらも日常を維持しようとする。
「1日に2〜3発ミサイルや迎撃した破片が落ちるのは、もはやイランによる心理戦のようにも感じています。この時点では日常生活に支障はない。だけど10発、20発、50発となれば、当然、生存を意識します。そうなったらさすがに帰らないといけない」
この冷静な線引きが、戦時下のドバイに残る人間の判断基準だ。取材時点では、米国とイランの間で停戦交渉の動きも伝えられているが、双方の主張は食い違い、出口はまだ見えない。各国の思惑が錯綜するなか、ホルムズ海峡の封鎖は続き、湾岸諸国への散発的な攻撃も止んでいない。ドバイの戦時下は、まだまだ終わっていない。
<取材・文・撮影/横山了一>
【取材時期】2026年3月中旬(開戦約3週間後)
【注記】数値データは外務省海外安全ホームページ、UAE国防省発表、Wikipedia(2026 Iranian strikes on the UAE)、CSIS分析等に基づきます。
【横山了一】
フリーランスライター。世界各地を移動しながら、各国の経済・社会情勢を現地目線で取材・寄稿している。現在、中東に滞在中。