老舗文具店から「DX支援業」へ 冷ややかっただった社内の反応、どう変えていった?

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2026年03月31日 07:50  ITmedia ビジネスオンライン

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サイバーセキュリティ講演の様子

●「撤退」の論理


【画像】老舗文具店から「DX支援業」へ 冷ややかっただった社内の反応、どう変えていった?


リソースが限られる中小企業にとって、過去の投資や慣習に縛られた「やめられない」状態は致命傷になる。本特集では「何を捨て、何を守ったか」の実例を取材。地方企業のリアルな決断事例から、成果を最大化させるための「攻めの撤退」をひも解く。


 地元の文具店から、最先端の働き方を提案するDXカンパニーへ。大きな事業転換を成し遂げたのが、TAKAYAMA(塩釜市)の三代目社長である高山智壮氏だ。


 高山氏は2014年にサイバーセキュリティ事業を立ち上げ、2022年に社長に就任後、大きく事業転換の舵を切る。事業撤退の背景や、新規事業を軌道に乗せた道のりを取材した。


●未経験でのサイバーセキュリティ事業立ち上げ 最初の2年間は草の根運動


 TAKAYAMAの事業転換のきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災だ。その当時、東京で働いていた高山氏は地元に駆けつけた。甚大な被害の中で、在庫を抱え物理的な拠点に依存する文具店というビジネスの難しさを感じた。


 「文房具業界という市場、東北という地域の特性、自社の強みを冷静に見つめ直すと、このままではTAKAYAMAの事業は衰退していくだろうと思いました。当時の社長である父とも『新しいビジネスの種を見つけなければ生き残れない』という危機感を共有していました」


 その後、2014年に高山氏は地元に戻って家業に入り、サイバーセキュリティの事業を立ち上げた。その理由は、前職の三井住友銀行での経験を通じて「中小企業のセキュリティの脆弱(ぜいじゃく)さ」に問題意識を持っていたからだ。


 「インターネットバンキングを担当していたことがあったのですが、中小企業の不正送金被害が増え始めていました。銀行側で強固なセキュリティを敷いても、中小企業側のセキュリティリテラシーが低ければ被害を減らすことはできません。また、大学院で経営学を学び、市場の成長性とポジショニングの重要性を実感していました。これから伸びていくデジタル市場で、新たなビジネスの種を見つけようと考えました」


 高山氏にサイバーセキュリティの実務経験はなかったが、外部のサイバーセキュリティの専門家との出会いがあり、事業に伴走してもらうこととなった。


 現在は主に中小企業を対象に、サイバーセキュリティの最新情報を共有する勉強会の開催や、対策の現状を把握する診断サービスなどを提供している。


 東京から地元に戻ってきた高山氏が鳴り物入りで立ち上げたサイバーセキュリティ事業だったが、社内の反応は予想以上に冷ややかだった。


 「一部の幹部以外は『なぜ、自分たちがサイバーセキュリティのサービスを売らなくてはいけないのか』という反応でした。完全に畑違いの事業ですし、デジタルの知識がある人はいないので無理もありません。表向きは話を合わせながらも、なかなか動いてくれなかったり、公然と不満を口にしたりする社員もいました」


 なかなか理解されないストレスから、身体を壊した時期もあったという。一朝一夕で社内の信頼を得るのは難しいと考え、高山氏は社外での提案に注力していく。


 文具や事務機器などの事業で取引のあった会社は延べ2000口座ほど。顧客を一社ずつ訪ね歩き、サイバーセキュリティのサービスについて提案した。しかし、社外からもなかなか良い反応は得られなかった。


 「うちは中小企業だから狙われないよ」「文房具のTAKAYAMAさんが、なぜセキュリティを?」といった声が多かったという。事業立ち上げからの2年は、サイバーセキュリティの重要性を伝え続ける草の根運動が続いた。転機が訪れたのは、2017年のことだった。


●店舗での文房具販売事業から撤退し、跡地をショールームに


 きっかけは、宮城県警察本部が実施したサイバーセキュリティ啓蒙活動のプロポーザルをTAKAYAMAが受注したことだった。プロポーザルとはコンペとは異なり、価格だけでなく企画提案や技術力、体制などを総合的に評価して事業者を選ぶ方式だ。


 「勝因は『伝え方』でした。サイバーセキュリティの啓蒙活動を担うので、ITに詳しくない中小企業の経営者に、サイバーセキュリティを自分事として分かりやすく届けることが重要だと考えました。プレゼンではその伝達力を強調しました」


 この受注は、社外からTAKAYAMAに対する信頼感へとつながっていった。実績が見えるようになったことで、社内の雰囲気も徐々に変わり、社員も「自分たちもサイバーセキュリティを学ぶ必要がある」と受け止めるようになった。


 社内の変化と並行して、DXにも着手した。2020年のコロナ禍では、社内コミュニケーションとマーケティング活動を全てデジタルに切り替えた。社内のリモートワーク体制の整備だけでなく、社外に対してテレワーク導入支援サービスも開始。サイバーセキュリティ対策のオンラインセミナーも展開した。


 「オンライン採用、リモートワークなど、私たちはコロナ禍でさまざまな取り組みを行いました。私たちは『自分たちの会社を、中小企業がDXを実践する場』と捉えることにしたのです。地方の文具店がここまでデジタルを使いこなしているという事実が、強力なメッセージになりました。採用にも良い影響があり、大企業で疲弊していた優秀な若手が『塩釜で面白いことをやっている会社がある』と集まってくれました」


 このときに採用した社員たちが、その後のTAKAYAMAを力強く支えてくれた。そして、2022年、高山氏が三代目の社長に就任し、店舗での文房具販売事業からの撤退を決断。


 サイバーセキュリティ事業に加えて、クラウドなどのデジタル支援サービスを開発し、「DXカンパニー」として生まれ変わることを決めたのだ。


 「店舗の売り上げは全体の5%以下に落ち込んでいました。そこで店舗事業は撤退し、100坪ほどの跡地を私たちのDX実践を顧客に見せる『ライブオフィス』にリノベーションしました。昔ながらの文具店を最先端のワークスタイルを提案するショールームにしたのです」


 ライブオフィスを開設した効果は社内外に及んだ。顧客が来社する機会が増え、社外の人によりTAKAYAMAの取り組みを体感してもらえるようになった。文具ではなく「DXカンパニーのTAKAYAMA」という認識が高まり、受注率向上やファン化にもつながったという。社内においては、コミュニケーションの活性化、社員エンゲージメントの向上、採用力の強化といった効果が見られた。


●文具事業から完全撤退 ベテラン社員の定年に合わせた決断


 高山氏が事業撤退を決断する上で大事にしてきたことを聞いた。


 「最も大事にしているのは、外と中をしっかりと見極めることです。外とは時流やマーケットの状況、中とは社内の強みや人員です。どのような決断をすれば、お客さま・社員・会社・社会の『四方よし』を実現できるか、理念を体現できるかを考え続けてきました」


 同社は文具店から、企業の成長を支援するパートナーへと生まれ変わった。そして、最後まで続けてきた企業や学校向けの文具の卸事業も2026年3月をもって完全撤退することを決めた。この時期に決めたのは、文具事業を支え続けてくれたベテラン社員が定年を迎えるからだ。この決断の背景には先代が大事にしていた「社員幸福」という考えがある。


 「先代が大切にしてきた『お客さま満足、社員幸福、社会貢献』の精神は今も受け継いでいます。そして、提供する商材やサービスが変わっても、創業者が大切にしてきた『働くとは傍を楽にすること』という理念は変わりません。私たちは働く人が楽になるためのソリューションを提供し続けていきます」


 時流に応じて事業転換をする中でも、三代目の高山氏は創業者や先代の想いや精神を大事にしてきた。一方で、最新テクノロジーを味方につけて次の時代を見据えている。相反する要素を融合させた経営スタイルが、今のTAKAYAMAをつくっている。



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