
【連載】Jリーグ語り草(5)
巻誠一郎の2008年
「フクアリの奇跡、その舞台裏」後編
◆巻誠一郎・前編>>フクアリの奇跡の舞台裏「みんな不満を抱えていた」
◆巻誠一郎・中編>>僕に力を与えてくれた「オシムさんの言葉」
2008年J1リーグ最終節、FC東京戦──。残留するためには勝利が絶対条件のなか、ジェフユナイテッド千葉は2点のビハインドを負ってしまう。ただ、絶望的な状況で巻誠一郎は、「まだまだやれる」という感覚を得ていた。
そして、途中出場の新居辰基が1点を返した瞬間、フクアリ(フクダ電子アリーナ)の空気は一変した。
そこから始まった奇跡の11分間を生み出したのは、ほかでもない圧倒的なホームの力だった。
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巻は胸を張って主張する。あの奇跡は「フクアリだから成し得たものだった」と。
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絶望的な状況のなかで、途中出場のふたりがやってくれました。谷澤(達也)のパスから新居(辰基)が1点を返してくれたんです。
その時、フクアリの空気が一気に変わった気がしました。半分あきらめかけていた選手も、サポーターも息を吹き返した。あのゴールは、それだけの価値があったと思います。
もう、そこからは異常な空気感でしたね。その3分後に、僕のポストプレーから谷澤が同点ゴールを決めてくれた。このまま一気に逆転できるという勢いが生まれたんです。
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相手も苦しかったと思います。FC東京はACLの出場権がかかっていたので、向こうも勝たなければいけない状況でした。だから、引かずに前に出てきてくれた。
スペースはかなりありましたし、スタジアムの雰囲気に飲まれていたようにも感じました。指示も一切、聞こえないくらいでしたから。僕らもベンチの声だけじゃなく、近くの味方の声も聞こえないぐらいだったので。僕らはそれが力になりましたが、相手にとっては脅威だったと思います。
80分にレイナウドがエリア内で倒された時、本当は僕がPKを蹴る予定でした。ミラー監督からは、PKをもらった選手は外す確率が高いから蹴るなと指示されていたんですよ。
だから、僕が蹴るつもりでしたが、レイナウドが絶対に決めるから蹴らしてくれって。僕も決める自信はありましたけど、彼に託すことにしました。プレッシャーはあったと思いますが、しっかりと決めてくれたのでよかったですね。
【サポーターに勝たせてもらった試合】
逆転したあとは、もう1点ほしい心境ではありましたけど、守りきろうという思いのほうが強かったと思います。
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あの時、FC東京の攻撃はロングボールが増えたので、僕は自分の判断で少しポジションを下げたんですね。前線には谷澤と新居とレイナウドがいたので、ちょっとバランスが悪いなと感じたんです。4人のなかで一番守備できそうなのが僕だったのもあって、これは下がらないといけないなと。
だから谷澤の4点目も、かなりうしろから見ていた記憶がありますね。あそこでボールを浮かせるシュートを選択したのは、ちょっと心臓に悪かったですけど(笑)。
勝った瞬間はやりきった感覚はありましたけど、まだ安心はできませんでした。最低条件が勝つことで、ジュビロもヴェルディも負けないと、僕らの降格が決まってしまうわけですから。
試合中は、他会場の状況は一切わかっていませんでした。当時はDAZNもなかったので、ベンチのスタッフもほかの試合の結果を把握していませんでした。
しばらくしてスタジアムのビジョンに他会場の結果が表示された時は、心の底からうれしかったですね。よかったというよりも、安堵の気持ちのほうが大きかったと思います。本当に過酷で苦しい日々を過ごしてきましたから。
わずか11分間で4つのゴールを奪い、逆転勝利で残留をたぐり寄せたあの試合は、「フクアリの奇跡」と呼ばれることになりましたが、僕のキャリアを振り返っても忘れられない試合のひとつとして、心のなかに残っています。
16年間の現役生活では、ワールドカップの舞台も含め、いろんな試合を経験しました。ただ、サポーターの力だったり、ホームアドバンテージというものをあれだけ強く感じたのは、あの試合をおいてほかにはありません。サポーターの力の偉大さを、あの時は身に染みて感じました。本当にサポーターに勝たせてもらった試合でした。
やっぱり、サッカーは選手だけでやるものではない、ということ。サポーターの想いがあって、スタジアムの雰囲気が作られて、選手たちは持てる力以上のものを発揮できる。僕らは力をもらい、相手は慌ててしまう。ホームアドバンテージって本当にあるんですよ。
0-2の状況からあれだけ盛り返せたのは、やっぱりフクアリだったから。ほかのスタジアムだったら、絶対にできなかったでしょうね。フクアリのあの空間だったからこそ、成し得たことだと思っています。
【17年前の記憶が呼び起こされた】
「フクアリの奇跡」から17年。昨年、再び同じようなことが起きたのには驚かされました(昇格プレーオフ準決勝の大宮アルディージャ戦で、千葉は0-3の状況から逆転勝利)。
当時を知る選手は米倉(恒貴)だけで、スタッフも変わりましたけど、サポーターは変わらないですからね。あの時の光景を覚えているサポーターはかなりいたと思います。
つまり、あの時のイメージがあるわけですよ。普通、0-3は絶望的な状況ですが、イメージがあるからあきらめずに声を出し続けられる。1点返した瞬間に、17年前の記憶が呼び起こされたんじゃないでしょうか。
実は僕も、あの試合を現地で観戦していました。本当は行く予定ではなかったんですけど、なんとなく行かなくちゃいけないと思い、急遽観戦したんです。
1点返した時のスタジアムの雰囲気は、あの時とまったく同じでした。あの空気を感じた時、このまま逆転するだろうと確信しました。
プレーオフの決勝は、現地で解説をやらせてもらいましたが、目の前で昇格を決めてくれた選手たちには感謝の思いしかありません。
フクアリの奇跡の翌年、僕らはまたしても苦しいシーズンを過ごし、今度は奇跡を起こすことができずに降格させてしまいました。J2に落とした当事者として、責任を感じていましたし、僕だけではなく、当時のメンバーはみんなその気持ちを持ち続けていたと思います。
プレーオフをホームで戦えたのは、ジェフにとって今回が初めてだったそうです。これまでも何度かプレーオフに回りましたけど、アウェーであったり、国立で開催されたりして、結局勝つことができませんでした。
その意味でも今回、あらためてホームの力を感じました。ホームだったからこそ、ジェフはJ1に戻ってくることができたんだと思います。
それにしても、まさか17年もJ1に上がれないなんて、当時は思いもよらなかったですね。降格した次の年に僕は移籍しましたけども、それ以降も僕はジェフのことを気にかけていました。J1に近づいた年もありましたけど、なかなかたどり着くことができない。本当に長い日々だったと思います。
【オシムさんがいなくなったあと】
ここからはあくまで僕の私見になりますが、やっぱりジェフに関わる人のなかには、イビチャ・オシムさんの面影が今も残っていると思います。
クラブのスタッフや選手、サポーターも含めて、オシムさん時代のいいイメージであったり、オシムさんの意思というものがどうしても頭のなかに残っていて、それを引きずり続けた17年だったなと感じています。
もしかしたら、そのなかに僕の存在も少しはあるかもしれないですね。今回、昇格した時にもいろんなメディアからインタビューされることが増えました。
ただ、うれしいことである反面、クラブにとってはあまりよくないことなのかなとも同時に思っていて。選手が変わり、監督が変わり、クラブとしていろんなことが進んでいくなかで、やっぱり今いる選手や監督がリスペクトされるべきだし、そこにベクトルが向けられるべきだと思うんです。
オシムさんがいなくなったあとも、それはすごく感じていたこと。僕も含めて、いなくなった監督の影響力や影を追い続けていた人は多くいると思います。もちろん、すばらしい監督だったのは間違いないですが、前に進むためには過去の栄光にすがるのではなく、未来に目を向けていかないといけない。
僕も何かあるたびに、ジェフというクラブの象徴としてメディアに出ることが多いですけど、本当は今の選手や監督がフォーカスされるべきだと思います。そして何よりも、ファンやサポーターがフォーカスされるべきなんです。
17年間あきらめず、ジェフを支えてきてくれた。そういう意味では、歴史を作ったのはオシムさんでも、もちろん僕でもなく、変わらず応援し続けてくれたサポーターなんだと思います。
今回、J1に復帰して、ジェフの新しい歴史が幕を開けます。その大事な1年で彼らに期待したいことは、何よりすばらしい試合をしてほしいということ。
昨年のシーズン終盤からプレーオフにかけて、フクアリは常に満員だったと聞きました。やっぱり、いい試合をすると、お客さんが入るんです。ファン・サポーターがわくわくするような試合を期待したいですし、常にチャレンジャー精神をもって、前に進むことが大事なんじゃないですかね。
満員のフクアリは、どこのチームもやりづらいはずですから。奇跡が生まれたあの試合のように。
<文中敬称略/了>
【profile】
巻誠一郎(まき・せいいちろう)
1980年8月7日生まれ、熊本県下益城郡小川町(現・宇城市)出身。大津高→駒澤大を経て2003年にジェフユナイテッド市原(現・千葉)に入団し、イビチャ・オシム監督のもとで急成長を遂げる。2005年に日本代表デビューを果たし、2006年ドイツワールドカップも出場。2010年にジェフ退団後はアムカル・ペルミ(ロシア)→深圳紅鑽(中国)で海外クラブを経験したのち東京ヴェルディに加入する。2014年から地元・ロアッソ熊本の一員としてプレーして2018年に現役引退。国際Aマッチ38試合8得点。ポジション=FW。身長184cm。

