
中谷潤人LAキャンプリポート(第4回)
(第3回:実感する「アメリカならではの環境」での成長 NBAの"KING"を見て再認識する基礎の大切さ>>)
5月2日、東京ドームでの井上尚弥戦が迫るボクシング世界3階級制覇王者・中谷潤人選手。その強さの源泉に迫る話題の書籍『超える 中谷潤人ドキュメント』を上梓したノンフィクション作家、林壮一氏による、中谷選手の直前キャンプ密着の第4弾。果たして、"モンスター"をどう攻略するのか――。
【レナードと闘ったハーンズの異変】
「ジャパン行きは、4月26日の便にした。ドームでは、思い切りジュントを応援するよ。せっかくだから、和牛サンドウィッチが食べたいな。家内はドンキホーテでの買い物を楽しみにしているってさ」
LAボクシングジムでトレーナーとして働く、キャメリアーノ・アルバラード・ジュニアの言葉を受けた中谷潤人は微笑んだ。
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この日は中谷の熱狂的ファンであるフィリピン系アメリカンが、「あなたの闘う姿を見て、勇気をもらいました。おかげで、僕は看護師の試験に合格できたんです」と、感謝を述べにやってきた。中谷は、日本語を学習中の彼に手を差し出しながら「おめでとう」と応じた。
来る5月2日に、WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級チャンピオン、井上尚弥に挑む中谷は、自然体で大一番に臨む。「井上選手との試合は、僕のキャリアの中で最も大きな一戦です」と口にはするが、気負いはまったく見られない。
ビッグマッチを控えても動じない中谷のメンタルには、取材するこちらが驚かされる。無論、トレーニング中は歯を食い縛るシーンもままあるが、粛々とメニューをこなすとバンテージを外し、白い歯を覗かせる。
1981年9月16日にラスベガスで催されたWBA/WBC統一ウエルター級タイトルマッチも、今回の東京ドーム興行同様、世界中のボクシングファンが心を踊らせた。WBAチャンピオンだったトーマス・"ヒットマン"・ハーンズの当時の戦績は32戦全勝30KO、対するWBC王者シュガー・レイ・レナードは30勝1敗21KO。両者はともに1977年にプロデビューした同期生であり、22歳のハーンズと25歳のレナードによるライバル対決は、当時の金額で4000万ドルの収益を生んだ。
一進一退の攻防が続くなか、序盤にポイントを重ねたハーンズが、終盤、やや逃げのボクシングを見せる。劣勢に立たされていたレナードは、そんなヒットマンのわずかな心の隙を突き、第13ラウンドにワンツーをヒットさせたあと、至近距離から30数発の高速連打を見舞った。嵐のようなコンビネーションに、ハーンズは堪らずエプロンから躰を出して腰から崩れ落ちる。続く14ラウンドにレナードが再びラッシュをかけると、ヒットマンのダメージを考慮したレフェリーは試合終了を宣言した。
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とはいえ、13ラウンドまでのポイントは、125−122、125−121、124−122と3人のジャッジがハーンズ優勢と採点するほど、緊迫したシーソーゲームだった。
ハーンズを手塩にかけて育てたトレーナーであるエマニュエル・スチュワードは、レナード戦の敗因を、「ビッグマッチということで、必要以上に力が入ってオーバーワークになってしまいました。当時のトミーはウエルター級のリミットである147パウンドがベスト・ウエイトだったのに、145パウンドまで落としてしまったのです」と振り返った。ハーンズ自身は、「ケアレスミスだった。『勝った』と思って、集中力を欠いてしまった。すぐにリターンマッチを闘いたかった」と苦笑いを浮かべて述懐した。
【中谷自身が語る、名王者たちとの違い】
2000年12月2日、同じくラスベガスが会場となったWBA/IBF統一スーパーウエルター級タイトルマッチも、38戦全勝31KOのWBAチャンプ、フェリックス・トリニダード(当時27歳)と、20戦全勝18KOのIBF王者、フェルナンド・バルガス(同22歳)が火花を散らした。
トリニダードはこの前年の9月、バルセロナ五輪(1992年)の金メダリストとして颯爽とプロ入りしたオスカー・デラホーヤとのウエルター級王座統一戦で勝利し、半年後に階級を上げると即、WBA王座を獲得。スーパーウエルター級での3戦目として、怖いもの知らずの若獅子を迎えた。
プエルトリカンであるトリニダードも、メキシコ系アメリカンのバルガスもスペイン語を話し、両者は試合前に舌戦を繰り広げる。「自分と比べると、彼はまだベイビーだ」と言い放ったWBA王者が、ファーストラウンドに5歳下のチャンピオンから2度ダウンを奪う。しかし、バルガスも4回に先輩王者をキャンバスに沈め、スリリングな展開となった。最終ラウンド、キャリアの差を見せつけたトリニダードが3度バルガスを倒し、貫禄のKO勝ちを収めた。
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このファイト以降、バルガスは頻繁にダウンを喫するようになる。引退の日まで、ボクシング界の隠語である"壊れた"感が拭えなかった。
トリニダード戦のあと、バルガスの実弟であるロジャーは言った。
「いつもと違う兄だった。実は試合前の2〜3週間、下痢に悩まされていたんだ」
ハーンズ、バルガスという名チャンピオンでも、大舞台を前に平静を保てなかった。が、中谷に、こうした過緊張は認められない。
ふたりの拳豪が世紀の一戦で敗れたことについて、中谷は語った。
「ハーンズにもバルガスにも人間味を感じます。モハメド・アリもそうでしたが、言葉で強いことを発したとしても、練習の段階では誰もが弱い自分と向き合っているはずです。だからこそ、ナーバスになるのかなと、思います。
僕はアメリカに渡った15の時から自分と対話を重ねているので、うまく感情をコントロールする術を学んだ自負があります。孤独だったからこそ、己と向き合う時間を持てました。たっぷりとです。就寝前に30分くらいかけて、その日を振り返って"書く"ことで次に結びつけてきました。ハーンズ、バルガスとの違いは自分の持っていき方じゃないかな、と感じますね」
【中谷がLAキャンプで日々書き記していること】
グローブを握った12歳の頃から、書き溜めてきた「ボクシングノート」。モンスター戦に向けたLAキャンプでも、日々の目標を正確に記している。一部を紹介しよう。
合宿初日は、次のように記した。
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2026年3月18日(水)
今日の目標 集中してオフェンス、ディフェンスのバランスを良く!!
メニュー シャドー4ラウンド、マスボクシング17ラウンド、サンドバッグ5R、シャドー1ラウンド
朝食 ワッフル
昼食 サラダ、トマト、豚肉、卵、ミビキ(ヒラメ)、アスパラ、ライス、ミカン、ブルーベリー、イチゴ
体温 36.4度 血圧101−65−58 SpO2 99%
夜食 牛肉、春雨、ブロッコリー、ニンジン、トマト、エノキ納豆ご飯
寝た時間 12:30
ガードをはなさないように。
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3月31日(火)はこうだ。
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今日の目標 スピード、バランス、ガード
メニュー シャドー12ラウンド、バイク7分、腹筋
朝 6:30
朝食 スムージー
昼食 しゃけ南蛮漬け、サラダ、トマト、ホウレンソウ、イチゴ、パイナップル、ご飯
体温 36.5度 血圧115−75−61 SpO2 99%
意識して動いていけた。
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次の日が休日となる4月4日(土)は以下である。
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今日の目標 ガード、バランス、手数
メニュー シャドー4ラウンド、スパー12ラウンド、サンドバッグ4ラウンド、シャドー1ラウンド
朝食 スムージー
昼食 牛丼、ニンジン、トマト、エビ、ブロッコリー、卵、パイナップル、ミカン
体温 36.7度 血圧101−51−59 SpO2 99%
夜食 モツ煮、ライス、サラダ
寝た時間 1:30
少し疲れがたまってきているけれど、体の感覚はいい。
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翌週の4月11日も書いた。
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今日の目標 スピード、ガード、手数、頭の位置
朝 8:00
朝食 スムージー
昼食 牛肉、レンコン、ほうれん草、トマト、サラダ、リンゴ、オレンジ
体温36.7度 血圧110−78−62 Spo2 99%
今日はアマチュアのメキシカンの子と6ラウンドのスパーリングでした。短くやって、いつもより集中し、意識も高く、強度を高くできた。
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中谷は、自身のメンタルを客観視できるのだ。
「人間ですから、その時その時の感情の揺れに大きく左右されることがありますよね。ただ僕は、目的・目標をブラさず、何のために今ここにいてトレーニングしているのかをハッキリさせています。今なら、『井上選手に勝つために必要なもの』を見据えて、しっかりと体を作っていく。気持ちも強く持ってコンディションを整えることを大事にしています。
毎回、キャンプのテーマは違いますが、自分がどうやりたいかのゴールをまず作って、体調面も考慮しながらいいパフォーマンスができるよう心掛けます。それがいろんな対応に繋がっているんでしょう」
バンタム級2冠王者となった頃から、寝具メーカーのサポートを受け、ストレスを最小限にするための助言を受けていることもプラスだと話した。
「脈拍や体温、睡眠の質、そしてストレス値をデータ化してもらっています。だから、疲労度がわかるんですよ。数値を基に精査してもらい、アドバイスを受けています。普段着やパジャマを提供していただいているのですが、快適な睡眠を追求する会社です。
データを見ることで、自分との向き合い方が理解しやすくなりました。昼寝の時間を長すぎないように調節したり、とにかく疲労を溜めないようにしています」
ボクサーとしてのみならず、人間としての成長を、日々、己に問い掛ける中谷潤人。東京ドームのリングへは、この姿勢のまま上がるだろう。挑戦者はあくまでも自然体で、モンスターと対峙することになりそうだ。

