容疑者義父(37) 再婚後に毎朝“暴走運転”、机を突然投げて激昂…結希くんを手にかけた“衝動的な裏の顔”【京都・男児遺棄】

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2026年04月20日 11:10  web女性自身

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安達優季容疑者(37)には昨年12月、安達結希くん(11)の母親と再婚してから、出勤途中に必ず立ち寄っていた場所があった。



「ほぼ毎朝7時45分ごろに、彼はうちの店(自動車販売店)の前にある自動販売機で缶飲料を購入していました。



毎回、彼の黒い車の運転が荒くて、砂利にタイヤの跡が残るほどのスピードで入ってきて駐車。そのときに砂利が販売中の車にはねていたから困っていたのです。



次こそは直接注意しようと思っていたら、彼がニュースで見た安達容疑者だったので驚きを隠せませんでした」(店員)



京都府南丹市の山林で市立園部小学校に通う安達結希くんの遺体が見つかった事件で、4月16日、義父である安達容疑者が死体遺棄容疑で逮捕された。



「京都府警の任意段階の事情聴取に対し、安達容疑者は“衝動的に首を絞めて殺してしまった”と供述しました。



安達容疑者は結希くんの遺体を発見現場に遺棄するまで、自身が運転する黒い車で複数の場所に移動させていたとみられています。府警は南丹市内の公衆トイレ周辺も現場検証し、遺体を一時的に遺棄した可能性を調べています。



3月23日、結希くんが行方不明になった当日の朝、安達容疑者は職場に“家でごたごたがあった”と欠勤する旨の連絡もしていたそうです」(全国紙記者)



“行方不明になった”と自ら110番通報しながらも、“わが子”を手にかけていた安達容疑者の人物像とは――。



1989年4月10日、京都市内の市営住宅で生まれた安達容疑者。幼少期の知人はこう語る。



「彼はおばあちゃんと兄の3人で暮らしていました。ご両親は見たことがありませんね。



おばあちゃんのしつけは厳しかったようですが、彼は本当におばあちゃんのことが大好きでした。小学生のとき、両親に手紙を書くという授業があった際、優季はおばあちゃんに手紙を書いていたといいます。小学生からサッカー部に入り、中学校では生徒会長に。真面目でおとなしい子でしたが、まさかこんな事件を起こすなんて……」





■アパート火災時の安達容疑者の様子は



安達容疑者の中学校の後輩はこう話す。



「人数が少ない学校だったこともあって、試合にはいつも出ていました。僕ら後輩に対しても優しくて威張るようなことや怒ったことは一度もありません。一緒に遊んでくれてすごく面倒見がいい先輩でした」



市内の公立高校を卒業後、京都府内の電気機器メーカーに就職し、京丹波町の工場に勤務する。地元関係者はこう語る。



「彼は20代のうちに、同じ職場のひと回り以上年上の女性と結婚しました。結希くんと同い年くらいの男の子もいると聞いています。その後、奥さんは退職したようですね。結希くんのお母さんが安達容疑者の職場で働き始めたのは数年前のことだったそうです」



結希くんの母はもともと東京で美容師をしていたという。前出の全国紙記者は続ける。



「彼女は東京で出会った男性と結婚したのですが、結希くん出産後に離婚。地元に戻ったそうです。実家は広大な土地を持つ地元の名士。



母子はしばらく実家で暮らしていましたが、今の職場に勤務するようになってから、家賃5万円ほどのアパートに結希くんとともに移り住んだのです。このころ、安達容疑者との交際が始まったといいます」



昨年3月、このアパートで火災が発生した。安達容疑者は2人を心配して駆け付けたと報じられているが……。



「火事が落ち着いてからようやく安達容疑者は結希くんとお母さんの様子を見に来ていました。ほかの部屋の住人の関係者よりも、だいぶ遅かったですよ」(近隣住民)



昨年12月、安達容疑者は結希くんの母親と再婚。結希くんの祖母、曽祖母らとともに4世代が暮らす安達家に婿入りしたのだ。前出の全国紙記者は言う。



「結希くんが行方不明になった時期は、本来なら台湾へ新婚旅行に出かける予定だったと報じられています。しかし、もの静かな安達容疑者と快活な結希くんの関係は、どうやら結婚前からぎくしゃくしていたようですね。



あるとき、結希くんが“お父さんの話はしないでほしい”と話していたことや、地元のホームセンターで安達容疑者が結希くんを厳しく叱る姿が目撃されていたという報道もありました」



“真面目でもの静か”との証言が多い安達容疑者だが、前出の幼少期の知人はこう証言する。



「小学校高学年のとき、彼が突然、机を投げたことがありました。クラスメートが彼の祖母の悪口を言ったようなんですね。温厚で優しい人柄だったので、あまりの豹変ぶりに教室は騒然となったといいます」



冒頭の“暴走運転”の証言のように、安達容疑者はときおり“激昂”する一面を持っていたようだ。



「結希くんが行方不明になった後、安達容疑者と母親は近所の飲食店などに情報提供を求める張り紙を持っていきました。憔悴している母親が必死に手がかりを求めて頼みこむいっぽうで、安達容疑者は終始淡々とした様子だったといいます。



さらに安達容疑者は結希くんを“私の子”と言うことなく、“この子”と話していたというのです」(前出・全国紙記者)





■「“父親”の感覚が一般より薄かったか」



親子カウンセラーの横山真香さんは安達容疑者の歪んだ心理をこう分析する。



「幼少期から安達容疑者は甘えられるのが祖母だけだったようですね。そのため、いわゆる“母親の愛情”からは遠い存在で育ってきたのではないかと思います。20代になった安達容疑者が、一回り以上年上の女性と結婚したという事実からすると、奥さんでありながら、母親を求めていたとも考えられます。



大人になったけれども、心は幼いまま。しかも、ぽっかり穴があいているような気もします。飲食店にチラシの配布をお願いする防犯カメラ映像を見たときに、歩き方からも幼さや自信のなさを私は感じ取りました」



横山さんによれば、そうした心理が父親像にも影響を与えているのではないかという。



「前妻との間にいたという男の子や結希くんに対して“父親”という感覚が一般の人よりも薄かったのではないかと思います。それでも離婚によって実子とも離れ離れになり、罪悪感などから複雑な心理状態に陥ったのかもしれません。



罪悪感ゆえに、曽祖母や祖母、近隣の人々など、多くの人々に愛されていた結希くんが、自分だけには反発・反抗してきたと身勝手に感じてしまったのでは。そうした積み重ねが安達容疑者の中で恨みとして蓄積していったのでしょうか……」



まさに理不尽な恨み――。結希くんの遺体が発見された南丹市園部町の現場近くには連日、花や飲み物などが供えられていた。



安達容疑者は自ら犯した罪の重大さにどれだけ気づいているのだろうか――。

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