「AIのせいでクビ」約5万5000件の衝撃…アメリカで広がる“AIウォッシング”の裏にある不都合な真実

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2026年05月01日 09:30  日刊SPA!

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日本でも広まる「AI失業」だが、その現象を言葉通りに受け取ってはいけない(画像/Adobe Stock)
シアトルにいると、ここ数年でテック業界のオフィスの景色がじわじわと変わってきたことを肌で感じます。知り合いの企業でも、あちこちの部署でポジションが静かに消え、優秀だった人たちが「効率化のため」という説明とともに姿を消していきました。表向きの理由は毎回ほとんど同じです。「AIへの投資を優先するため」と。
でも本当にそれだけなのか、とずっと引っかかっていました。

◆「AIのせい」という便利すぎる説明

2025年、アメリカの企業が発表した解雇のうち、AIを理由に挙げたものは約5万5000件にのぼりました。2年前と比べて12倍以上の数字です。報道だけ見ていれば、AIが着々と人間の仕事を奪っているかのように聞こえます。

ところが専門家たちの見立ては、かなり違います。採用調査会社Resume.orgの調査によれば、採用担当者の約60%が「AIや自動化を理由に挙げる方が、財務的な制約を正直に言うよりも受け入れられやすい」と考えているという結果が出ています。そして実際にAIが役割を「完全に」置き換えたと答えた企業は、わずか9%にとどまりました。

労働市場データ分析会社Revelio Labsのチーフエコノミスト、Lisa Simon氏はこう述べています。「企業は不要になった部門を整理したいだけです。今のところAIは、そのための隠れ蓑であり、言い訳になっています」。

これが「AIウォッシング」と呼ばれる現象です。グリーンウォッシング(環境への取り組みを実態以上に見せること)と同じ構造で、AI活用を実態以上に見せながら、本来は別の理由による人員整理に正当性を持たせる経営手法です。

◆Twitterが3年前に証明してしまった事実

AIウォッシングを理解するために、もっと直接的な例があります。2022年、イーロン・マスクによるTwitter買収直後の大量解雇です。

マスクはBBCのインタビューで、買収時に約8000人いた従業員を約1500人にまで削減したと述べました。約80%のカットです。当時、「これでプラットフォームが崩壊するのでは」という声が上がりました。コンテンツモデレーションチームが壊滅し、信頼安全チームは大幅縮小。あちこちで機能障害が起き、広告主も一時離れました。
ただ、プラットフォームとしてのTwitter(現X)は、今も稼働しています。

つまりこういうことです。「あれだけの人数がいなくても、会社は回った」。

もちろん品質の低下はあったでしょう。利用者数の減少を示すデータもあります。でもここで注目したいのは別のことです。8000人いた組織が1500人になっても、会社として消えなかった、という事実そのものです。

さらに興味深いのは、Twitterの共同創業者でかつてのCEOだったジャック・ドーシー自身が解雇された従業員に向けて謝罪し、「会社を大きくしすぎた」と認めたことです。つまり過剰な採用は、経営者も内心ではわかっていた、ということです。これはAIが登場するずっと前の話です。

◆Microsoftが静かに始めたこと

Microsoftが同社51年の歴史で初めて、社員に対して早期退職プログラムを提示しました。対象は米国従業員の約7%、約8750人。年齢と勤続年数の合計が70以上の社員に、自発的な退職を促す内容です。これに先立ち、Microsoftは2025年だけで約1万5000人を解雇し、2026年3月にはAI部門以外の採用を凍結しています。

一方でMicrosoftの直近の四半期売上は813億ドル。AIインフラへの年間投資は800億ドルを超えています。つまり赤字で困っているわけではまったくなく、十分な利益を上げながら、それでも人員を削っているのです。

テクノロジー専門メディアThe Next Webはこう評しました。「自発的退職プログラムは大量解雇より穏やかな手段に見えるが、同じ戦略的目的を果たす。Microsoftが十分に利益を上げていることを考えると、削減は『必要性』ではなく『選択』だ」と。

ここで立ち止まって考えてみてください。業績好調な会社が、なぜ「切らなくてもいい人員」を、あえて切るのでしょうか。

◆「なくてもいい仕事」という不都合な真実

ここからが本題です。AIウォッシングという言葉は、「企業がウソをついている」という批判で止まりがちです。でもぼくはもう一段深いところに問題があると思っています。

問いを変えましょう。なぜ大企業には、「AIがなくても消せる仕事」がここまで積み上がっているのか。

イギリスの文化人類学者デヴィッド・グレーバーは著書『ブルシット・ジョブ』の中で、現代社会の多くの仕事は「客観的に見て存在する必要がない、あるいは有害ですらある」と論じました。これは過激な主張ですが、大企業の日常を少し観察すれば、肌感覚として頷ける部分があるはずです。

確認のための確認、会議の結果を共有する会議、誰も読まないレポートの作成……。これらは「必要だから」というより、「慣習があるから」「万が一のバッファとして」「組織の正当性を示すために」存在していることが少なくありません。

シアトルの職場でも、あるチームが解散したとき、残ったメンバーが「実はあのチームが何をしていたのか、よくわかっていなかった」と話していたことがあります。笑えない話ですが、これは珍しい光景ではありません。

経営者はそのことを、おそらく前から知っていました。でも「人を切る」ことには政治的コスト、社会的コスト、感情的コストが伴います。だから多くの場合、見て見ぬふりをしてきた。AIという「時代の必然」は、その決断を正当化する格好の言い訳になったのではないかと思います。

AIウォッシングは、企業が嘘をついているという話ではなく、「経営者が前からわかっていた不都合な真実を、やっと実行に移し始めた」という話かもしれません。

◆日本人はこれをどう受け取るべきか

日本に話を移します。

日本の会社員文化は、ある意味で「ブルシット・ジョブ」を最も大規模に生産してきた文化かもしれません。稟議、形式的な上司への報告、惰性で続く定例会議——これらは日本の職場に特有の密度で積み上がっています。

そのぶん、AIウォッシングが起きる土壌は日本のほうが厚い、とぼくは見ています。「AI投資のため」「DX推進のため」という大義名分のもと、大企業が抱えてきた余剰人員を整理する動きは、これから日本でも加速するはずです。
問題は「AIに仕事を奪われるかどうか」ではありません。もっと根本的なことです。

あなたの仕事は、AIがなかったとしても、本当に存在する必要があったのか。

これは脅しでも自己啓発でもなく、純粋に問い返してみる価値のある問いだと思います。「自分のポジションがなくなっても会社は回るか」という問いに、今すぐ答えられるかどうか。それが、これから数年で待遇が二極化する分岐点になりそうです。

Microsoftが「自発的に」と言いながら実質的に人員整理を進めているように、企業は穏やかな言葉を使いながら、静かに本質的な問いの答えを出し始めています。その問いを、自分に向けるタイミングは、もう来ています。<文/福原たまねぎ>

【福原たまねぎ】
シアトル在住。外資系IT米国本社のシニアPM。ワシントン大学MBAメンター(キャリア・アドバイザー)。大学卒業後にベンチャー企業を経て2016年に外資系IT企業の日本支社に入社。2022年にアメリカ本社に転籍し現職。noteでは仕事術やキャリア論など記事を多数発表。X:@fukutamanegi

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