
国土地理院のWebサイト「地理院地図」では、ある場所の上空からの景色を年代別に見ることができます。今回は、現在ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下「USJ」と略)がある場所の上空写真を、1928年ごろから2017年まで約90年にわたって見比べてみました。
1928年当時、大阪市内はすでに市街地化が進んでいましたが、海沿いの地域は土地が安くて広く、輸出入にも便利でした。そのため、現在のUSJ周辺には、工場や造船所が立ち並んでいました。
1936〜1942年の写真では、埋め立てが進んだようで、土地が増えています。また、工場群が以前よりさらに密集・林立し、川に沿った切れ込みのような造船所の施設がくっきり見えます。
1945〜1950年の写真では、建物が急に減りました。これは戦時中の空襲の影響です。この地域には軍需工場が集まっていたため、集中的に攻撃され、焼け野原になってしまいました。1950年にはジェーン台風による高潮も発生し、復興途中だった工業地帯が再び水没しました。
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1961〜1969年の写真では、以前からこの地域に流れていた川(安治川)の幅が、ぐっと広くなりました。高度経済成長期で大型船の入港が増加し、元の川幅では船のすれ違いや方向転換が難しくなったため、川を拡張する工事が行われたのです。
また、1961年の第2室戸台風の折には、この地域が再び浸水しました。そのため、高潮対策の防波堤が建設され、近代的な景観になっていきました。
なお、この時期には工場の巨大化も進みました。かつては小さな建物が密集していましたが、1961〜1969年の写真では、大きく目立つ工場に変わってきたことがわかります。
写真がカラーになりました。1960年代の写真よりも、埋立地を縁取る防波堤がよく見えます。工場の敷地には、石油などを貯蔵するタンクがたくさん建っています。
1980年代には、工場の建物が老朽化し、新しくできた別の工業地帯へ移る企業が出てきました。写真ではまだあまり目立ちませんが、工場街の密度が前時代に比べ下がっていきました。
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この後は、年代別写真がしばらく飛びます。次の写真までの間には、1990年のバブル経済の時期、工場跡地の活用が大きな課題となりました。そこで、1990年代にユニバーサル・スタジオとの交渉が進められ、現在のUSJにあたる映画のテーマパークが建設されることになりました。
ついにUSJが出現。開業は2001年です。パークの周りに広大な駐車場ができ、白い屋根が特徴的なユニバーサルシティ駅も写っています。
また、以前の写真にはなかった高速道路が、パークのすぐ近くまで延びました。安治川の上には、巨大な「天保山大橋」が架かっています。
2017年の写真では、2014年新設のUSJのエリア「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」が増えました。パークはその後も開発が続き、今では映画に加えて人気キャラクターの世界観も楽しめる場所になっています。
大阪湾ベイエリア開発推進機構「ベイ今昔写真館」
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栗本智代「大阪進化の語りべ此花区〜西成鉄道からユニバーサルスタジオへ〜」(大阪ガスネットワーク エネルギー・文化研究所『CEL』Vol.57 2001年5月)
大阪市「大阪港の景観特性をとらえる要素・歴史(大阪港景観形成への参考資料)」
ユー・エス・ジェイ「沿革」
阪神高速道路「50年のあゆみ」
クイズ作家。国際クイズ連盟日本支部長。株式会社凰プランニング代表取締役。これまでに、『高校生クイズ』『マジカル頭脳パワー!!2025』等のテレビ番組の他、各種メディア・イベントなどにクイズ・雑学を提供する。国際賞「Trivia Hall of Fame(トリビアの殿堂)」殿堂入り。著書に、『クイズ作家のすごい思考法』『小学生が知ってトクするおもしろ雑学クイズ』『人に話したくなるほど面白い! 教養になる超雑学』などがある。
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