“やる気の押し付け”が新人を壊す? 五月病が生まれる「構造的な理由」

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2026年05月06日 08:50  ITmedia ビジネスオンライン

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なぜGW明けに人は変わるのか?

 長い連休が終わって、明日から出社という人も多いだろう。そんな中、管理職の頭を悩ませるのが「五月病」だ。


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 連休に入る前には、何事もなく楽しそうに働いていたのに、久しぶりに顔を合わせると、表情が暗く沈んでいる。話してみても以前のように覇気がなく、なんだかやたらと疲れている。それくらいならまだマシで、最悪の場合、いきなり「ちょっとお話いいですか」と呼び出されて、こんなことを切り出される。


 「今の仕事、自分に向いているとは思えなくて。ご迷惑をおかけしますが、なるべく早く辞めさせていただきたいのですが」


 五月病は、世間で思われている以上に広がっている。マイナビが全国の正社員2万人を対象に実施した調査によると、約5人に1人が五月病を経験しており、五月病が原因で転職したことが「ある」正社員も20.9%に上った。つまり、部下が5人いれば、そのうち1人は五月病をきっかけに退職する恐れがあるということだ。


 苦労して採用した新人にあっさり辞められたり、長期休職されたりすれば、会社側の負担が大きくなることは言うまでもない。横浜市立大学と産業医科大学が2025年に発表した共同研究の試算によると、五月病を含むメンタル不調による経済損失は、日本全体で年間約7.6兆円に達するという。


 では、ビジネスパーソンはこの頭の痛い問題とどう向き合っていくべきか。


●五月病を未然に防ぐには


 叱咤(しった)激励が行き過ぎるとハラスメントになり、優しいねぎらいの言葉ばかりだと「ホワイトすぎるので辞めます」と退職を突き付けられるこの難しい時代。新人や部下が五月病になるのを未然に防ぐには、何をしたらいいのか。


 よく言われるのは「コミュニケーションを密に取って、SOSを発していたらすぐに対応する」というものだが、正直、あまりにも漠然として参考にならない。具体的に何をすればいいのかは、五月病の成り立ちを振り返ることで見えてくる。


 諸説あるが、日本で五月病という言葉が広まったのは1960年代後半だといわれる。世界的に「学生運動や左翼運動」が盛り上がった時期だ。


 フランス・パリの学生を中心に、大規模な抗議運動「五月革命」が起きた。米国ではコロンビア大学の学生が、ベトナム戦争に反対して大学を占拠。日本でも「東大紛争」が激化していた。


 これほど若者たちが政治や革命に熱中していた時期に、その対極ともいえる「心の不調」が生まれたことに違和感を覚える人も多いだろう。しかし、実はここにこそ、五月病の本質がある。


 なぜ学生運動が華やかな頃に五月病が注目されたかというと、そこには「無気力学生」と呼ばれる若者の存在がある。


 この時代の大学生がみんなヘルメットをかぶって、運動に身を投じていたのかといえば、もちろんそうではない。熱狂を横目に見ながら「また休講か。麻雀でも行くか」などと、政治や革命に無関心な学生も大勢いた。彼らは「無気力学生」などとばかにされた。


 背景には「厳しい受験戦争」があるといわれている。朝から晩まで勉強、勉強、勉強で、ようやく念願の大学に入ることができたが、そこで燃え尽きてしまって、大学入学後まもない5月ごろには何もやる気がなくなってしまうというのだ。


●歴史の教訓から分かること


 無気力な雰囲気はその後、左翼学生たちの間にも広まっていく。1968年の東大紛争の終結とともに、学生運動が急速に沈静化していったからだ。彼らは「シラケ世代」と呼ばれ、流行語にもなった。自身も学生運動に身を投じた社会学者の上野千鶴子氏も、実体験としてこう振り返っている。


「学生運動で、結局私たちは敗北。その後私は向上心も向学心もゼロの無気力学生になりました。することといえば、セックスと麻雀だけ(笑)。大学院に行ったのも、就職活動をしたくなかった、それだけの理由からです」


 このような歴史の教訓から分かるのは、若者は受験戦争や学生運動といった「目標や理想に向けた戦い」が終わると、何事にもやる気がわかず、働くことも考えられなくなり、「無気力状態」に陥りやすいということだ。


 これは令和の若者にも当てはまる。


 いくら少子化で売り手市場だからといっても、「就活うつ」という言葉があるように、就職活動は多くの若者にとってストレスが大きく、つらい「戦い」である。


 これをどうにか勝ち抜いて内定を得ても、それは束の間の休息に過ぎない。嫌な上司や先輩にあたったらどうしよう、職場の雰囲気になじめるのか、仕事を覚えられるのかといった不安が山積みで、そうした長い「消耗戦」がようやく終わるのは、入社後の研修などが終わり、本格的に配属されるころだ。つまり、「5月」だ。


 そのタイミングで多くの若者が「無気力」になるのは、理にかなっている。


●管理職側が最も留意すべきこと


 熾烈(しれつ)な受験戦争を乗り越えた者が「無気力学生」になるように、学生運動を鎮圧されて現実の厳しさを思い知った者が「シラケ世代」になるように、「希望した会社に入って社会人になる」という戦いを終えたフレッシュマンの中に、五月病になる人が現れるのは、ある意味で自然なことなのだ。


 さて、このような五月病の現実を見ると、若者を迎え入れる会社や管理職が最も留意すべき点が見えてくる。


 それは、若者を無力化させる要因となる「強いやる気」や「高い理想」を、できる限り抑えてあげることだ。


 これは管理職経験のある人ならなんとなく思い当たるだろうが、「意欲の高い若手」や「仕事や会社に強い期待を抱いている若手」ほど、早く燃え尽きてしまい、心身の不調に陥りやすい。あの情熱はどこへ行ってしまったのかと思うほど、仕事でミスを連発し、欠勤が増え、気がつけば会社を去っていく――そうしたパターンが多い。


 これは、先ほどの無気力学生やシラケ世代とまったく同じメカニズムだ。


 「いい大学に入りたい」「この腐った社会を変えたい」という過度に強い自己実現欲求や、身の丈に合わない高い理想を抱くので、現実にぶち当たったとき、その反動で大きなダメージを受け、心身の不調をきたす。低いところから落ちるよりも、高いところから転落したほうがダメージは大きいのと同じだ。


 だから、社会人の先輩としてそういう事態を招かないように、若者を“クールダウン”させてやることが必要だ。例えば、「早く仕事を覚えたいです」「何でもやります」と前のめりで働く新人に対しては、次のようにやんわりと伝える。


 「人には向き・不向きがあるから、自分のペースで覚えていいよ」


 「気持ちはありがたいけど、自分の業務が終わったら、無理せず帰っていいよ」


 若者のやる気を削ぐ対応だと思うかもしれないが、本人の希望どおりに急いで仕事を詰め込んだり、雑務やサポートを任せすぎたりすると、新しい環境で余裕のない心の状態を、さらに追い詰めてしまう。


●管理職ができるのは「環境」整備だけ


 スポ根や根性論を好む日本では、どうしても「頑張り」や「やる気」が重視されがちだ。テレビドラマやCMに登場する新入社員が「やる気と希望に満ちあふれ、目を輝かせている若者」というステレオタイプとして描かれていることが、その証左である。


 こういう社会の無言の圧力があるので、就職活動に身を投じる若者や会社に入った若者たちも、このステレオタイプを演じる。「私の強みは決してあきらめないところです」とか、「やる気なら誰にも負けません!」などと、心にもないことをアピールしてしまう。「お、今度の新人はガッツがあってよさそうじゃないか」という評価を得るためだ。


 そうやって無理をして「やる気のある新人」を演じるのでメンタルがすり減る。しかし、「社会人になるのはそういうことだ」と自分に言い聞かせて、上司や先輩の興味のない話にうなずき、感銘を受けたようなフリをする。もともと存在しない「やる気」の粉飾をひたすら続けていくのだ。


 そういう「消耗戦」を続けても平気な人もいれば、そうでない人もいる。後者は無理を重ねた末に、最後にはポキンと心が折れてしまう。それが5人に1人くらいはいるというのが、五月病なのだ。


 マネジメント本などには「どうすれば部下を育てられるか」や「部下をやる気にさせる方法」といったノウハウが書かれている。だが、冷静に考えれば、人が他人の心を簡単に操ることなどできるはずがない。


 人間がやる気になるのは結局、本人の意思でしかない。デキる管理職がやっているのは、部下の心を操ることでも、厳しく管理・指導をすることでもなく、部下が自発的に仕事に向き合えるような「環境」を整備することだけなのだ。


●「五月病になるのが当たり前」という気持ちで


 しかし、多くの会社や管理職は目標設定だ、コーチングだと、新人や若手を「やる気」にさせるのは、自分たちの仕事だと張り切ってしまう。それが過剰な管理や口出しとなって、逆に部下のメンタルを追い詰めていく。管理職や先輩が「やる気」を押し付けるほど、新人や若手は早く燃え尽き、「やる気」が失われるという悪循環を招いているのだ。


 一部の中高年層は、最近の若者はメンタルが弱いとかすぐに文句を言うが、そんなおじさんたちの親世代から五月病は存在している。米国にも「Winter Blue」と呼ばれる似た現象がある。理想ややる気に燃えていた若者が急に無気力になる現象は、名前が付いていないだけで、人類社会では昔からあった極めて普遍的な現象なのだ。


 「五月病になるのが当たり前」くらいに力を抜いて接したほうが、新人も若手も伸び伸びと働いてくれるかもしれない。


(窪田順生)



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