▲作家の島田明宏さん【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】
先週のケンタッキーダービーで、日本馬が大きな見せ場をつくった。
果敢に前に行った西村淳也騎手のダノンバーボンが4コーナーで先頭に立って直線に入り、このまま押し切るのではと思わせる走りで5着と健闘。もう1頭の日本馬、坂井瑠星騎手のワンダーディーンも好位で立ち回る積極的な競馬で8着。一昨年3着に惜敗したフォーエバーヤングもそうだったが、ケンタッキーダービーに参戦した日本馬が何もできずに終わってしまう、という時代ではなくなった。
さらに同日のチャーチルダウンズSでは、テーオーエルビスがJRA所属馬として初の北米ダート短距離G1制覇を果たした。
ダノンバーボンもテーオーエルビスもアメリカ生まれではあるが、日本馬にとって、もはやアメリカのダートは鬼門ではなくなったと言えよう。
天皇賞(春)も凄まじい戦いだった。
先に抜け出した内のクロワデュノールと、猛然と追い込んだ外のヴェルテンベルクの争いは、写真判定の末、ハナ差でクロワデュノールに軍配が上がった。その差はわずか2センチほどだった。
3200メートル走って、2センチ。
写真判定に要したのは11分。ウオッカとダイワスカーレットが同じく2センチ差の激戦を演じた2008年の天皇賞(秋)でのそれは13分だった。
レースそのものは、3200メートルなら3分強、2000メートルなら2分弱なのだが、判定にその何倍もかかったのだから、実際以上に長く感じられても不思議ではない。
今年も、18年前の秋も、横並びでゴールした2頭が検量室前で曳き馬をして判定結果を待っていた。
走って、待って、結果を知って、勝者と敗者に分かれるまでのすべてが「名勝負」なのだろう。
さて、今、東京競馬場内のJRA競馬博物館で、特別展「競馬と野球 記録と記憶のスポーツ」が開かれている。競馬と野球の歴史、三冠馬と三冠王、競馬殿堂と野球殿堂、有馬記念とオールスターなど、両者の共通点に着目しながら、それぞれの魅力を掘り下げていく展示である。
競馬と野球は、いろいろな面でよく似ている。
特別展のサブタイトルにもあるように、どちらも「記録」と「記憶」が大切だ。競馬には、馬の勝利数、獲得賞金などのほか、そのレースでのタイム、着差などがあり、騎手や調教師(厩舎)も、勝利数や獲得賞金などによってランク付けされる。野球にはチームの勝利数、優勝回数などに加え、個人の打率、打点、本塁打数、防御率などがある。
馬の通算GI最多勝利数や、打者の年間最多本塁打数などは、ファンならすぐに言えるくらい、メディアにも、普段の会話にもよく出てくる。
以上が「記録」に関することで、「記憶」に関しては、史上最強馬はどの馬か、史上最高の騎手、調教師は誰か、史上最高のプレーヤーは誰か、史上最高の試合(シーズン)はどれか――といったことか。
ほかに、「個性派」として、競馬なら、ハイペースの大逃げでスタンドを沸かせたツインターボ、野球なら「ミスターサブマリン」と呼ばれたアンダースローの渡辺俊介投手などが人々の記憶に強く残っている。
競馬も野球も日本に伝わってから150年以上の時が流れ、1932年に日本ダービーが創設され、4年後の1936年、プロ野球のリーグ戦がスタートした。また、1981年に第1回ジャパンCが行われ、3年後の1984年のロサンゼルス五輪の公開競技となった野球で日本が金メダルを獲得するなど、本格的に「世界」の舞台で戦うようになった時期も近い。
約2センチという、肉眼では判別できないほどの僅差の勝負と重なる試合として思い浮かぶのは、昨年のワールドシリーズ第7戦である。ロサンゼルス・ドジャースがトロント・ブルージェイズと延長11回まで戦い、5対4で勝って連覇を果たした。9回表にミゲル・ロハス選手が同点本塁打を放ったシーンも、その裏、ロハス選手がバランスを崩しながらゴロを捕り、本塁へ送球したプレーも印象深い。捕球したウィル・スミス選手の足が一瞬ホームベースから離れたが、リプレー検証の末、当初の判定どおりアウトとなった。試合時間が4時間を超えたこともあり、長い判定待ちの末のハナ差の勝負と同じような印象を受けた。
今年の天皇賞(春)も、昨年のワールドシリーズ第7戦も、記録にも記憶にも残る名勝負だった。
それをつくったのはもちろん勝者だけではなく、ヴェルテンベルクが素晴らしい脚で迫ったからこそであり、ブルージェイズが強かったからである。
同様に、ダノンバーボンとワンダーディーンも、今年のケンタッキーダービーの価値を大いに高めた。
いいレースを見たあとは、しばらく機嫌までよくなる。