130Rでの事故から復帰した野中誠太「身体は大丈夫。突然リヤが抜けて恐ろしかった」。第5戦は手ごたえありの完走

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2026年05月24日 19:50  AUTOSPORT web

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野中誠太(KCMG) 2026スーパーフォーミュラ第5戦鈴鹿
 5月22〜24日にかけて、三重県鈴鹿サーキットで行われた全日本スーパーフォーミュラ選手権第4・5戦鈴鹿。KCMGのリザーブドライバーとして今季は開幕ラウンドからレースに出走している野中誠太は、23日第4戦の決勝中、高速コーナーの130Rに入ったタイミングでマシントラブルが起き、大きなクラッシュを喫した。

 当日中に地元の病院に搬送されたが、レントゲンとCT検査を受け、骨や内臓に異常がないことを確認し退院。翌24日には午前の第5戦予選から出走し、決勝では19位完走を果たした。レース後、事故当時の状況や原因の把握、第5戦のレースについて聞いた。


■トラブルは「部品そのものに起きた問題。2度とあってはならない」

 まずは開口一番「身体は不思議なくらい大丈夫です。ところどころ痛む箇所がありますが、首などの重要な箇所はそこまで痛むことはなかったので良かったです」と野中。

 事故直後は足の打撲やシートベルトの締め付けによる胸部の痛みがあったものの、時間の経過とともに大きな違和感は引いていき、翌日には深刻な痛みが残ることはなかったという。

 事故当日のチームの説明では、リヤウイングの脱落が原因で挙動が乱れたとのことだったが、本人にとっては予見しようのない事故だった。

 SFgoのオンボード映像を確認すると、KCMGの9号車は283km/hで130Rに入った直後、リヤのグリップが失われたことでスピン状態に陥り、コーナーアウト側のグラベルに飛び出したが、野中はすぐにステアリングから手を放し、マシンはフロントからスポンジバリアに突っ込んだことがわかる。コントロールを失った瞬間について、野中は次のように振り返る。

「回った瞬間はもういきなりで、前触れもなかったです」

「コーナーに入る最初の動き自体は違和感はなかったのですが、その先で突然リヤが抜けた感覚でした。リヤウイング自体がそのまますっぽ抜けた感じだと思うので、正直恐ろしかったです」

 前日のフリープラクティスでも野中は1コーナーでクラッシュを喫しており、この時もリヤが抜けるような挙動だったが、「FPのクラッシュとはまったく違う原因だったと思います」と野中。影響が残っていたのかという問いについても、関連性を明確に否定していた。

 130Rでのリヤウイングの脱落についてチームからは、“部品自体の不良”であると原因と説明を受けたとのこと。整備作業の問題ではなく、全車に関わる可能性のある事象として受け止めている。

「部品そのものに起きた問題だったということで、メカニックの方の締め付け整備など、特定のだれかに問題であったわけではありません」

「だからこそ、2度とあってはならないトラブルだと思いますし、全車に共通して言えることで、今後も厳重に注意していかないといけないことだと思います」

 走行初日からトラブル対応に追われた週末となったが、野中の乗る9号車のセットを統括している英ハイテックGPは、第5戦に向けてセットアップのアプローチを見直したことで、手ごたえのあるレースを戦えたと語る。

「最後のレースでは大きくアプローチの方向性を変えました。第4戦まではかなりペースが悪かったのですが、それに比べると普通のパフォーマンスに戻りつつあったので、苦しい週末の中でもちゃんと良い方向に繋げられた部分もあったのではないかなと思います」

 週末全体としては思い描いた展開にはならなかったが、野中はこの数日間で得た経験をなんとか前向きに捉えようとしている。

 とくに、レースウィーク前にイギリスのハイテックのファクトリーで行ったシミュレーター作業や、F2などでも活躍するような大規模チームの車両開発プロセスに触れたことは、ドライバーとしての成長に直結するものだったと語る。

「リザーブドライバーとして、次のレースのことも何もわからないなかですが、今回はイギリスまで行って、F1同等レベルのシミュレーターでいろいろとドライビングを検証したり、クルマのテストもできました」

「ハイテックの取り組み方やクルマの作り方を学べましたし、ドライビングの細かいところを修正する良い機会にもなりました。これはどのカテゴリーでも大事になってくる部分だと思うので、今後にしっかりつなげていきたいです」

 結果が求められる立場である以上、野中にとっては満足できる週末ではなかった。最後には「次の富士テストの参加もまだ決まっているわけではない」と話していたが、クラッシュを乗り越えて濃密な経験を積んだことは確かであり、野中は「この大会での経験をチャンスへと変えていく」と意気込んで鈴鹿を後にした。

[オートスポーツweb 2026年05月24日]

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