諸沢莉乃さん。JR秋葉原駅昭和通り口店にて年次を重ねて昇進していくのが当たり前だった日本社会で、若手を責任者や代表取締役などの役職に「異例抜擢」する会社が増えている。就任時はメディアで注目を集めるものだが、その後は経営などに支障は生じていないのか。現場のリアルに迫った——。
◆就任後、数か月はまともに社長業ができなかった
取材当日、JR秋葉原駅近くにある「カレーハウスCOCO壱番屋」(ココイチ)の店舗を訪れると、「社長」は制服姿で現れた。諸沢莉乃さん、24歳。’24年5月、わずか22歳にしてココイチのフランチャイズ経営を行うスカイスクレイパーの代表取締役社長に就任し、丸2年が経つ。高校1年でココイチのアルバイトを始め、’21年には全国で16人しかいない接客スペシャリスト「スター」を獲得した。実力は申し分なかったが、就任前日までの肩書は「フリーター」。年齢も肩書も飛び越えた異例の抜擢に、就任後は取材依頼が殺到した。
「就任後の数か月は、連日メディア対応で……。会社のブランディングにもつながると思い積極的にお受けしていましたが、まともに社長業はできませんでした」と、苦笑いする。
本業に本腰を入れる今も、その働き方は世間がイメージする「社長」像とは乖離がある。
「経営者といえど、現場を見ないことには何もわかりません。基本的には弊社が運営する全国31の店舗(系列店を含む)にどこかしらほぼ毎日顔を出し、スタッフと一緒に接客をしています。仕事上の連絡や事務仕事は、移動中に済ませてしまうことが多いです」
諸沢さんに次期社長を打診した西牧大輔前社長(現会長)は、諸沢さんの社長就任から3年は共同で会社を運営し、その後退職する約束だ。現場仕事の合間には西牧会長とともに講演で全国を回ったり、経営会議に出席したりと、現場以外の業務も忙しい。
「1年目は、社長業の年間スケジュールを把握するだけで手いっぱい。一通り流れを覚えたら、2年目にやっと『感情』が出てきた。今年はラストイヤーなので、残された時間で会長からどれだけ吸収できるかが勝負です」
◆社長は目的ではなく、「手段」に過ぎない
損益計算書に貸借対照表と、経営者が読み解かねばならない指標は何かと多い。
「最初は会議に出ても話の内容がわからなかった。今も数字を見て経営判断を下すのは、本当に苦手。経営者としては致命的ですよね」と、「叩き上げ社長」としての弱点も隠さない。
代表取締役就任という会社員人生のいわば「頂点」を20代前半にして達成し、将来をどう思い描くのかと聞くと、こう即答した。
「私にとって社長は目的ではなく、あくまで『手段』。『人のために汗をかく』『人に良い影響を与える人となる』という自分にとっての軸を守れる限り、社長という地位へのこだわりはありません」
◆26歳で総支配人になり、意志疎通に苦労「自分でバイアスをかけていた」
スタッフの育成から施設戦略の実行まで、宿泊施設の運営に関する責任をすべて担う「総支配人」。宿泊施設内で最も責任ある役職を、20代にして二度も経験した女性がいる。リゾート施設や温泉旅館の運営を行う星野リゾートの社員、遠藤美里さん(32)だ。現在は、若者世代をターゲットに同社が展開するブランド「BEB5(ベブファイブ)軽井沢」で総支配人を務める。明治大学卒業後、同社に新卒入社し、温泉旅館「界津軽」(青森県)に着任した。
「フラットな組織文化」を人事制度の基盤とする同社では、プレゼン大会で戦略発表を行い、社内投票を経て、年次を問わず総支配人に着任できる「立候補制度」という仕組みを設けている。入社3年目までのスタッフが総支配人やユニットディレクター(機能別の部門責任者)に立候補するケースは、この5年で8倍に増えており、立候補をサポートするプログラムへの応募も毎回定員に達している状態だ。遠藤さんは’20年、前総支配人の異動を機に「界津軽」の総支配人に立候補した。
「前総支配人は直属の上司だったんですが、異動時の挨拶で『投資計画が実現できたのは自分ではなく、みんなの成果です』と言い残していたのがすごく格好良くて。自分もスタッフへの『恩返し』がしたいと思いました」
プレゼン大会では、当時施設になかった露天風呂の必要性を市場環境の変化とともに訴え、26歳にして見事総支配人の座を射止めた。順調にキャリアを積んでいるように見えるが、その後は「力不足を実感する日々だった」と率直に振り返る。
「施設に60人近くいたスタッフ全員の要望を汲み取ろうとしましたが、今度は施設として目指す地点を見失いかけてしまい……。今思えば『経験の長いスタッフとは対等な議論が難しいのでは』と、自分の中で勝手にバイアスをかけていた部分もありました」
’21年には「界 ポロト」(北海道)の開業総支配人に、’23年には「星のや沖縄」サービスチームのユニットディレクターに異動。管理職経験を重ねるなかで、意志疎通のスキルも上がっていった。
「今はサービスをチームで作りこんでいくうえで、意見の対立も新しいアイデアが発想するきっかけになると思い、以前よりも率直に自身の考えを伝えられるようになりました」
過去にも、「BEB5土浦」では、水上自転車に乗って花見を楽しむ既存プランにおいて、入社4〜5年の若手スタッフが同世代に向けたSNS発信や限定宿泊プランを考案。Instagramのリール動画が120万回再生を記録し、1日5室限定のプランが約1週間でほぼ完売するなど、宿泊予約(売上)に直結する成功を収めている。
誰でも管理職に立候補できる制度を備えた会社は国内では決して多くはないが、「社内で年代・年次を問わず価値観を尊重し合うことを通じて、思わぬ化学反応が起きる面白さがある」と遠藤さんは話す。
若手社員を役職に積極登用する動きは楽天やメルカリなど新興のIT企業に始まり、近年ではソニーが年功序列を排除し、個人の役割や実績に応じて基本給を決める「ジョブグレード制」を導入するなど、その波は近年、伝統的な企業にも広がりつつある。人材研究所の安藤健氏は、企業側の狙いをこう指摘する。
「いまの若手社員は、出世の順番を待つのではなく、今この瞬間の成果を『時価』としてリアルタイムに評価してほしいという志向が強い。さらに昨今はビジネスのスピードも速まっている。AIなどのITリテラシーに長けた若手の役職抜擢は人材流出の防止につながり、経営的にもメリットがあるとの見方が強まっています」
未だ年功序列の価値観が根強い日本社会で、「若手社長」はときに自社PRのための「お飾り」に見られやすいことも否めないが、安藤氏はいう。
「会社で何か責任問題が発生した場合、株主や顧客への説明を求められる社長は『お飾り』でおけるほど気軽な役職ではありません。選ばれる時点で一定の実力は担保されていると言っていいでしょう」
社員も企業も、成長には時間がつきもの。要職に異例抜擢された若手社員がどんな結果を出していくのか、長期的な視点で見守ることが必要なのだろう。
安藤健(あんどう・けん)
株式会社人材研究所ディレクター(人事コンサルタント)。青山学院大学卒業。採用・育成・評価/報酬制度構築など、人と組織に関わる経営課題を一貫して支援している。これまで数多くの組織・人事コンサルティングプロジェクトに従事し、大手企業での新卒・中途採用の外部面接業務を担当
<取材・文・撮影/松岡瑛理(本誌)>
【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san