
山中慎介 5.2「THE DAY」インタビュー 後編
(中編:再認識した井上尚弥の「1発の強さ」 敗れた中谷潤人が手に入れたものは何か?>>)
2026年5月2日、東京ドーム。井上尚弥(大橋)vs.中谷潤人(M.T)に先立って行なわれたWBC世界バンタム級タイトルマッチで、王者・井上拓真(大橋)が日本人初の5階級制覇を目指す挑戦者・井岡一翔(志成)を3−0の判定で下し、初防衛に成功した。2度のダウンを奪う完勝。井岡は右眼窩底骨折と、5階級制覇とはならなかった。
試合前に「拓真有利」と見立てていた元WBC世界バンタム級王者・山中慎介に、この一戦と、苦戦の末に再起戦の白星を手にした武居由樹(大橋)の試合を振り返ってもらった。
【井岡を上回った拓真のスピードと対応力】
ーーあらためて、拓真選手が完勝した試合の総括をお願いします。
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「2ラウンドまでは、井岡選手も距離感やこれまでのキャリアを生かした闘い、駆け引きのうまさが見えました。ただ、ポイントで言うと、僕もフルマークで拓真でしたね。1ラウンドは井岡につけるジャッジもいるかな、という内容でした。
序盤の距離の詰め方やタイミングは、『いつもの井岡選手』という雰囲気もあったんです。ただ、攻撃の局面になると、コーナー際でもロープ際でも、バンタム級でのパワーレスな部分が出た気がします。スピードも差がありました。井岡は、田中恒成(SOUL BOX畑中)戦の時は体格差がなかったわけですけど、スーパーバンタム級でも戦った経験のある拓真に対しては、厳しかった感がありますね」
ーー試合前、山中さんは『拓真有利』『フレームの差がある』と見立てていました。
「ただ、『ここまで差があるとは......』という内容でしたね。世間の予想は五分五分という印象でしたし、ボクシング関係者には『井岡有利』という予想も多かったくらいでしたから。でも蓋を開けてみたら、まったく違った。4月に行なわれた那須川天心(帝拳)vs.ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)と同じような感じでした。下馬評はエストラーダ有利でしたが、試合は天心が圧倒しましたからね」
ーー山中さんは『拓真がいかに積極的にいけるかがカギ』ともおっしゃっていました。実際の試合展開はいかがでしたか?
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「そこは予想と違ったところでした。逆に、拓真が必要以上に警戒したというか......やっぱり井岡には、名前と実績があります。拓真があえて足を使って下がっている部分もありましたけど、うまくプレッシャーをかけられて下がらされていたところもあったと思います」
ーーただ、下がりつつも井岡選手のパンチにうまく対応しているように見えました。
「井岡が入ってくるタイミングは、序盤から読めていたと思うんです。スピード差もありますし、『仮に当てられても大丈夫だ』と思ったでしょう。逆に井岡は、拓真のパワーも感じていたでしょうし、『今までとは違う』という感覚があったはず。どうしても拓真に先にパンチを合わされますし、自分が攻撃できるタイミングがなかったですよね」
ーージャブの差し合いでも拓真選手が上回りました。
「ジャブで顔が上がる場面もありましたね。あんな井岡は、今まであまり見たことがなかったです」
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ーー2ラウンド、拓真選手の右のクロスカウンターが流れを決めた印象でした。
「完璧でしたね。全ラウンドを通して、拓真はタイミングを合わせていました。あそこからKOまで持っていくかな、と思ったくらいダメージがありましたね。ダウンも2回取っていますから、セコンドも本人も井岡への怖さはあったんでしょうけど、『振り切ってKOを狙ってもいいのでは?』とも思いました」
ーー拓真選手は、これまでバンタム級・スーパーバンタム級での強豪とのタフな試合を乗り越え、覚醒している感があります。
「スーパーバンタム級では和氣慎吾(FLARE山上)や古橋岳也(川崎新田)と日本人トップ選手を退け、バンタム級ではジェルウィン・アンカハス(フィリピン)にKO勝ち。その厳しい戦いの経験が、今回の井岡戦で生きました。上の階級も知っているからこそ、少し余裕も感じるほどでした」
ーー"井上尚弥の弟"という枠を超え、新たな拓真選手の片鱗を感じる試合でした。
「完勝ですからね。自信と経験でさらに強くなると思います。あえて言うなら、倒せる時に倒しきるという展開も見たいですね」
【「拓真vs.天心」再戦の行方】
ーー試合後、規定では挑戦者決定戦を制した那須川天心選手と拓真選手の再戦が、マッチアップとして浮上することになります。
「そうなんですよね。ただ、実現するかどうかはちょっとわかりません。エストラーダに完勝した天心と、井岡に完勝した拓真。実現したら、勝敗は予想が難しいです」
ーー拓真選手は試合後、『統一戦にいきたい』と発言しています。階級を上げてくるジェシー"バム"ロドリゲス(米国)との対戦を希望する声も聞こえてきます。
「正直、僕としては『バムvs.尚弥』よりも『バムvs.拓真』のほうが見たいです。階級も近いですしね」
ーー今年6月のバムvs.アントニオ・バルガス(米国)でバムが勝った場合、その先の流れはどう動きそうですか?
「バムがWBA世界バンタム級休養王者バルガス戦をクリアすると、堤聖也(角海老宝石)とバムで正規王者を巡る闘いになる可能性もあります。バムは『パウンド・フォー・パウンド』(PFP/全階級を通じての最強ランキング)で4位ですから、バンタム級にひしめく日本人との対決は盛り上がるでしょうね」
【武居の異変と課題】
セミファイナルでは、前WBO世界バンタム級王者・武居由樹がスーパーバンタム級8回戦でワン・デカン(中国)と対戦。判定2−0で約7カ月半ぶりの再起戦を白星で飾ったが、内容は薄氷の勝利だった。大橋秀行会長は試合後、武居が試合前のウォーミングアップ中に脚の肉離れを起こしていたことを明かし、コンディションへの影響もうかがわせた。
ーー試合後は武居選手自身も「悪い武居由樹が出てしまった」と反省していました。山中さんから見て、どこに問題があったと思いますか?
「しっかり正面で向き合っている時間があまりなかったですよね。武居がサークリングしている時間が長かったです」
ーー飛び込みざまの一撃が武居選手の武器だとは思いますが、それを出す展開にならなかった?
「飛び込みざまの左フックですよね。あのスピードと爆発力は本当にすごい。ただ、今回のようにロープやコーナー際でパンチをもらい始めると、返せなくなってしまう印象があります。前回のクリスチャン・メディナ・ヒメネス(メキシコ)戦もそれでやられましたから」
ーーブルファイターが苦手なのでしょうか?
「比嘉大吾(志成)戦でも、詰められた時にああいうもらい方をしていたんですよ。あの時は、比嘉が下の階級から上げてきたこともあって耐えられたんでしょうけど、今回はデカンのプレッシャーに押され、悪い癖が出てしまったのかもしれません」
ーーセコンドの八重樫東トレーナーは試合後、『合宿明けのスパーリングで足を痛めていた』と語っていました。さらに、大橋会長が試合前のウォーミングアップで脚の肉離れをしていたと明かしています。コンディションの影響については?
「足のコンディションがかなり影響していたなら、救いはあると思います。ただ、ファイトスタイルとしてあれだけ横に動いていましたから、どこまで影響があったのかは、正直わからない部分もあります」
ーー次戦に向けての改善点は?
「やらないといけないことはたくさんあります。接近戦の引き出しをどれだけ増やしていけるか。それでいて、武居の一発の魅力をどれだけ磨けるか。若手も次々と育ってきていますから、うかうかしていられません。同じ大橋ジムの坂井優太ら、レベルが高い選手がバンタム級にはまだ控えています。そんななかで、武居がもう一度、世界のトップ戦線に上がってくることを期待したいですね」
(文中敬称略)
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。
