
アメリカンフットボールの最高峰、米プロNFLのラスベガス・レイダースと4月にドラフト外の新人契約を結んだキッカー松澤寛政(27)が4日(日本時間5日)、日本メディアの合同取材にオンラインで対応した。
4月下旬のドラフト会議は全257人の中では名前を呼ばれることはなかったが、レイダースから事前に接触もあり、終了直後に正式連絡が入った。指名漏れしたドラフト外の新人として異例の3年契約で合意。その時の気持ちについて問われると「まず、このような場を設けていただいた方々と日本のファンの皆さまにお礼を言わせていただきたい」と律儀にあいさつし「まだ始まったばかりで大変なこともあるかと思いますが、精進していきたい」と抱負を語った。
当日はドラフト会場にいたが「キッカーがなかなか指名されなかったり、という中、素直にうれしかった」と振り返り、既に始まっているレイダースの練習については「施設も素晴らしいし、食事も環境も、大学と違った環境。周りもスーパースターばかり。毎日が発見で楽しいことばかりだなと思います」と語った。
20歳になるまでアメフト未経験。動画を手本に独学で練習し、夢に迫る。現在は「朝の5時半から練習施設に向かい、約2時間の練習やトリートメントなどをして夕方の5時くらいまで」と1日を紹介。「僕は蹴っているだけですけど」と笑わせながら「ルーキー全体で、常にファシリティー(施設)にいて、NFLについても学んでいる」と毎日12時間ほど憧れの“職場”に入り浸っている。
練習ではプロボウラー(オールスター)キッカーのマット・ゲイたちから教わりながら、競争していく。「縮こまっていたのか、スイングを力強く」とアドバイスも受けながら、定位置の確保をうかがう日々だ。
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その経歴は異色。千葉・幕張総合高までサッカー部で主将FWとして夏と冬に県8強。大学でも続けるはずが、受験に2年連続で失敗した。「どん底」。人生探しの短期旅行で渡米した19歳の秋、アメフトと出合う。運命か、当時オークランドが本拠だったレイダースの開幕戦を観戦した。
「初めて見ましたが、ファンの盛り上がりやスタジアムの雰囲気、外的な要因に刺激されて」NFLに入ると唐突に宣言。「そのチームに今、在籍している。縁を感じる。できる、できない、ではなく、自分はやるだけ」と笑顔を見せた。
8年前は、帰国するや楕円(だえん)球を買い、アルバイトしながら公園で蹴り込んだ。敵陣ポール間にボールを沈め、フィールドゴール(3点)などを狙う専門職。有名選手の動画をYouTubeで見て、独学でフォームを体得した。2年後の21年夏、オハイオ州の短大へ。22歳で初めてアメフトの実戦に出たところから、夢に近づいた。
自身の動画を売り込んでハワイ大に編入。25年の開幕戦から25本連続でFGを決め、NCAA(全米大学体育協会)1部の最上位カテゴリー記録に43年ぶりに並んだ。自負する「正確性」と「Tokyo Toe(東京のつま先)」の異名を米本土まで響かせ、契約を勝ち取った。
6月下旬までOTA(オフシーズンのチーム合同練習)があり、ふるいにかけられるキャンプやプレシーズンの試合を経て、約90人から53人の開幕ロースター(登録枠)に生き残れば、米4大プロスポーツで唯一不在のままの日本人NFL選手が初めて誕生する。「この1カ月だけでも伸びた実感がある。しっかりメンバーに残れるように、それだけでなく長くNFLでプレーし続けられる選手になりたい」と、さらに夢を膨らませていた。【木下淳】
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