
元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第13回 後編
第5戦カナダGP終了後、新システム「ADUO」(追加開発アップグレードの機会)の初の評価が行なわれた。その結果、もっとも優れたエンジンとして評価されたのはフォードと組んで自社製のパワーユニット(PU)を投入して戦うことになったレッドブルだった。
メルセデスは基準エンジンとなるレッドブルに対して性能が2〜4%下回ると評価され、追加の開発が許されることになった。フェラーリ、アウディ、ホンダの3メーカーはレッドブルよりも4%以上、性能が劣っていると評価されたようだが、各メーカーの具体的な数字は明らかにされていない。
ホンダは夏頃にはADUOに対応した新型PUを投入すると言われているが、開発のポイントは何か。アストンマーティン・ホンダはどこまで競争力を上げられるのか。元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。
【"やる・やらない"の取捨選択が重要】
私は2017年秋にホンダのPU開発責任者に正式に就任しましたが、その頃の開発現場では「できることはなんでもやれ!」と言われており、図面を書きまくり、部品を作りまくっていました。
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そこを、私は変えました。「できることはなんでもやる」というのはまっとうに聞こえますが、能力と時間は限られています。全部の部品をテストして評価する余裕がないことは明らかだったので、一回落ち着いて、開発の優先順位をつけて、「やる・やらない」の取捨選択をすることから始めました。
その頃はまだバジェットキャップがなく、ベンチテストの稼働時間にそこまで厳しい制限がかかっていませんでしたので、"下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる"ではありませんが、テスト回数や時間を増やすことができました。でも、現在のレギュレーションでそれをやってしまうと中途半端な"発散開発"となり、弱くなります。
予算もテストも時間も限られているのに、いろんなところに手をつけてしまったら、全部が薄っぺらになってしまう。そうではなく、やるべきことにお金とテスト時間を集中させないといけないのです。「これだ」という開発ポイントを絞らないといけないわけですが、それを当時のホンダの開発リーダーは苦手にしており、現場は混乱していました。
もし現在も当時と同じような状況に戻ってしまっていると、厳しいバジェットキャップが課されて、当時よりもお金と時間がもっと制限されているわけですから、これから挽回するのはなかなか厳しいと思います。
ADUOによって一時的に予算やテスト時間が追加されたとして、それをどこにどう使うかという戦略をしっかり立てることができなければ、バジェットキャップがなかった時よりも、もっとみじめなことになる可能性があります。
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【キーポイントはギアボックス】
アストンマーティン・ホンダは今、ギアボックスのトラブルを抱えています。彼らがギアボックスを自作するのは今年のマシンが初めてとなりますが、ここが活躍できるかどうかのキーポイントになると思っていました。
ホンダがギアボックスを作るのに協力するだけでなく、テストの仕方を含めて支援するようにと、私は辞める前、後輩たちに口を酸っぱくして言っていました。ホンダとアストンマーティンが一体化した開発体制をできるだけ早く構築しておくことは、のちのち必ず響いてくると感じていたからです。
本来は開幕前テストの半年くらい前には本当のPUを使って、ギアボックスや振動問題のテストをしなければならなかったとは思います。ワークスのアドバンテージはそういうところですよね。
特にPUやギアボックスは車体に搭載した時の影響を知るためにも、ワークスは早めにテストをして仕様を決めて、そのあとにカスタマーへ情報が伝えられます。つまりワークスはカスタマーよりも何カ月も前にPUやギアボックスに関する情報がわかり、早く開発に取りかかることができます。だからワークスは強いのです。
でも今のアストンマーティン・ホンダを見ると、ワークスのメリットをまったく生かせていないどころか、ワークスであることが弱みになっているように見えます。ホンダがカスタマーを持ってないうちに出し抜いてやろうとマシン設計を手がけるエイドリアン・ニューウェイさんは、そう思って開発をギリギリまで遅らせたのかもしれませんが、それをするためにはそれなりの開発計画を立てる能力が必要となります。
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結果論になりますが、そういう開発計画を立てるだけの経験やノウハウがアストンマーティンにはなかった。そこはホンダ側がアストンマーティンに協力して、しっかりとしたテスト計画を一緒になって立てなければならなかったと思います。レッドブル・ホンダ時代に、ワークスの仕事はこういうふうにしなければならないというのを、ホンダのスタッフは経験してきているのですから。
アストンマーティンとホンダは、さらなる上を目指して開幕ギリギリのタイミングまで開発にチャレンジしたけれどもうまくいかなかった、という言い方はできるかもしれません。でも私からすれば、それはプロの仕事ではない。
チャレンジしすぎ、というのはプロとしては失格です。自分の能力を把握して可能な範囲のチャレンジでないと。このまま突っ走るとまずい、破綻するかもしれない、という想像力が働かなかったのか......。
レッドブル時代のニューウェイさんはギリギリのタイミングまでマシン開発を行ない、なかなか仕様が決まらなかった。本番のテストやレース直前になって、マシンの「この部分をこう変えたい」という話が出てきたこともありました。
それがニューウェイさんのスタイルですが、それができたのはレッドブルだったからです。彼の仕事スタイルを許容するだけの能力がレッドブルのスタッフにあったからだと私は理解しています。
たとえば、あるパーツの設計変更をすれば競争力向上が見込めるというシミュレーション結果が出たとします。そうなったらスケジュール的に多少厳しかったとしても、レッドブルは無理をしてでもやってみようとなります。そして次のレースやテストの時までには、きちんとマシンに搭載してくる。それだけのチーム力がレッドブルにはありました。
ただし無理をする時には、もしうまくいかなかった場合のこともしっかりと考慮しています。二の矢、三の矢を用意して、どうすれば破綻することなく進んでいくことができるのかと、全部コントロールしているのです。そこがレッドブルのすごさです。
【中団グループに食い込めたら御の字】
ホンダが2021年シーズン限りでのF1撤退を発表したのは、2020年秋でした。その後、私はホンダの首脳陣に直談判し、新設計のPUを前倒しして投入することを決断しました。その時、レッドブルはすでに2021年型のマシン開発を始めており、スケジュール的にはギリギリのタイミングでしたが、彼らは「速くなるのだったらウェルカムだよ」と言ってくれました。
でも、レッドブルのスタッフは根性で何とかするわけじゃなくて、全部ある程度計算したうえでうまくやるだけの底力がある。もちろんホンダ側だって準備はしているわけです。当時の私も、ひょっとしたら開幕戦はうまくいかないかもしれないけれども、2〜3戦目には何とかなるという見込みはありました。
結果的には新しいPUは想定外に開幕からトラブルなく、好パフォーマンスを発揮したのですが、本来の性能が出るまでにはちょっと時間がかかるかもしれないことも想定して、水面下ではいろいろ準備をしていました。
そういう想定がアストンマーティンと組んだ今回もできていたのか。そこに関しては疑問に感じています。
ホンダはADUOに対応したPUを夏頃には投入すると言われていますが、それでメルセデス、フェラーリ、マクラーレン、レッドブルの後ろにつける中団グループに迫ることができれば、御の字だと思います。
もし夏のアップデートで進歩を感じることができなければ、今シーズン中に最後尾から抜け出すのは難しいかもしれません。中団から下位グループも進化していますし、トップグループはもっと逃げています。その差を埋めていくのは非常に難しくなっていくだろうなと感じています。
第14回につづく
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<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。
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